第4話
馬車は大きな乗合馬車だった。途中、何度か止まり、人を乗せた。
最初に乗り込んできたのは男2人、女1人の3人組だった。武器を持っており、革の鎧らしきものを着込んでいた。乗り込む際、手に大きな袋を持っていたが、御者からそれを持って入ることはできないと言われ、渋々荷台のようなところに括り付けていた。荷物が重たいのかそれ以降馬車のスピードは遅くなった。
3人は冒険者という職業らしい。獲物を仕留めた帰りのようだ。あの荷物はなんらかの獣のようだ。彼らは何度も「冒険者の醍醐味」だとか「冒険者ならでは」という言葉を使っていた。トウは冒険者という言葉に興味を持った。冒険をする者だから冒険者なのだろうが、冒険をしてどうやってお金を稼ぐのか、非常に気になったのだ。
「…だからやっぱ追い込みかける時にもう1人アタッカーできるやつが欲しいすね~」
「バカだな、治療できるやつだろ? 今のままだと長期の依頼が受け難いんだよ」
「はあ…、そうっすね。ダイの兄貴はどう思います?」
「…そうだな。可能なら両方だな…。遠距離ももう1人いればジャニスの負担が減るし…」
「…そうっすね~」
「そんなわけでピート、今度の街では新メンバーを探すぞ」
「お! いいっすね、そうしましょう!」
どうやら3人は次の街で仲間を探すらしい。それからも冒険談を色々勝手に語ってくれた。特にピートという一番若い男の話は面白かった。
また馬車が止まり、今度は大柄な男2人が乗り込んできた。重そうだ。武器、ではなく木を切るための斧を担いでいた。いわゆる木こりだろう。2人は無口だったので何も情報がない。
次は若い女性2人組だ。2人は学生らしい。休み期間らしく、里帰りをしていたようだ。それも2人の会話からなんとなくわかった。学校の制服を着ており、それが身分証明になるようで、関所などはほとんど何も調べられずに通過していた。
「関所、多いわね~」
リルが面倒くさそうに語る。
「それだけ怪しい者が入れないようになっているんだよ。大したものだ」
「…だと良いけどね」
人前ではあまり言葉を発しないリルだが、こういった時の文句は積極的に口走る。周囲にはあまり聞こえていないようだが、リルのちょっとした行動がどうにも注目を集めてしまう。特に女学生2人は先ほどからちょくちょくリルを見ては2人でコソコソ話す、を繰り返している。
確かにリルは目を惹く存在だ。トウも前の村で散々言われたことを思い出す。「リルさんは綺麗だね~」「リルちゃんはお人形さんみたいだね」「どうしたらリルさんのような肌になれるのかね~」などなど。
その容姿はとてつもなく整っているらしい。透き通るような肌に、小さな顔と尖った顎。大きめの瞳の色は綺麗な青色だ。髪の色は金と白が混じったようでこれも透明感がある。
均整の取れた肢体は、その顔のあどけなさ、子供っぽさが残りつつ、すでに何らかの色香を放っている。男女問わず見る者の心を奪うには十分過ぎるのだろう。
トウは全くそういうのがわからないので他者の様子で判断するしかない。そんな風に考えていると、若い2人組の女学生がリルに話しかけてきた。
「あの~、どちらまで行かれるんですか?」
「2人はどんな関係なんでしょうか?」
こういうのは一つ一つゆっくり答えていくべきなのか、そう考えていると、
「…ちょっとあんたたち。いきなり失礼じゃない?」
と眉間に皺を寄せたリルがお怒りのご様子だった。
トウは急いで宥めようとするが、それよりも女学生たちの動きが早かった。
「良かったらこれ食べてもらえませんか?」
リルに差し出されたのは小さな袋に包まれたクッキーだった。
何度か見たことがあるのですぐにわかった。そしてリルはそれを見た瞬間、女学生2人の間に入り込み、しっかりとクッキーをもらって、2人に溶け込んでしまった。
「…だからさ、私がいつも言ってるわけ…」
「…そうなんですか、リルさんすごいです!」
「リルさんは可愛いだけじゃなくて賢いのですね、あ、これも食べます?」
リルは先ほどから2人の真ん中に入って、あちらからこちらから餌付けされている。
リルの話では自分は遠くの国からお忍びで来た姫でトウはその従者だそうだ。よくもまあペラペラというほどに滑らかに適当な物語を語っている。
「…では、リルさんはそんなに可愛いのにお強いのですか?」
「そうよ。本当は従者なんていらないんだから…」
「リルさん、この髪の毛はどうやって手入れしているのですか?」
「…え? これ? 特に何もしてないわよ」
「「え~! すごい!」」
2人同時に驚いている。
「そ、そう? アハハハ、ま、まあね…」
ただ、だんだんと女学生たちの圧力に押され始めており、時々リルがこちらに助けを求めているようにも見受けられる。
そろそろ助け船を出そうかとタイミングを図っていると、馬車が急に止まった。また誰かを乗せ込むのだろうか、と思ったが、様子が違う。いつも背中がチラチラとしか見えない御者が振り向いて声をかける。
「お客さん方、盗賊が出ましたぜ」
その声で一番最初に動いたのは冒険者3人組だ。
交渉役兼アタッカーとしてピートとダイの2人が外に出て、ジャニスが後衛で殲滅型の波動の準備。木こりの2人はいつでも出られるようにしてもらい、トウへの指示はジャニスや中の護衛とのことだ。
女学生2人も前衛を希望したが、こういう場合女性が複数人いることがバレない方が良いとのことで渋々中でジャニスの手伝いをすることになった。
リルは特にすることもなく、トウに小声で話しかけてくる。落ち着いたものだ。
「ねえねえ、どうせなんとかなるんでしょ? あんたの波動力ってさ、他にどんなことができるわけ? やっぱ村でやったみたいに水とか土を動かすの?」
こういう時にワクワクした目を向けないで欲しい、少し不謹慎ではないだろうか。
「リル、みんな緊張感を持って臨んでいるよ。そんな時に不謹慎だと思うぞ」
「うわっ…。何? ちょっと真面目?」
2人でなるべく小声で言い合っていると、外から怒鳴り声がする。
「よく聞け! 俺たちは銀狼の爪だ。命が惜しかったら、いいか? 中の奴らも含めてこちらの言うことを聞け!」
大きな声だった。その後ピートたちが何やら交渉を始める。
「銀狼の爪って有名な盗賊よね?」
「義賊って言ってたけど…」
馬車の中では女学生たちがヒソヒソ会話している。ただ距離が近いのでこちらにはダダ漏れだった。
「義賊って何でしょう?」
トウが突然話しかける。
「え? ああ、義賊ってのは、富裕層とか権力者たちのように持っている者からは奪うけど、貧しい者や弱い者からは何も奪わず、逆に分け与える感じの…」
「賛否あるんですが、正義の味方って言う人もいれば、偽善者って人もいて…」
女学生たちは一瞬驚くが、親切に知っていることを教えてくれた。
途中、2人の説明を聞いてリルが口を挟む。
「じゃあさ。私たちみたいな貧乏人の集まりには何もしないとか? それどころか何かくれるのかな?」
「う~ん、どうでしょうか? 最近は世知辛いって言いますし…」
「そうよね…」
ニコニコ顔のリルに比べ、女学生2人は浮かない顔だ。
「世知辛い…。税とか、ですか?」
トウが恐る恐る聞くと、女学生たちは黙り込む。その代わり、ジャニスという女性冒険者が返事をする。
「全部あの帝だとか東王のせいさ。巻き上げるだけ巻き上げて知らん顔だからね…」
「…」
ここでも世界の臍である孤独な王と東王は酷い言われようだ。一体どうなっているのだろうか。考え込む間もなく、
「あり金置いてけって言ってるんだろう!」
さっきの大声の盗賊の声が響き渡る。馬車内にも緊張が走る。
「いや、だからあり金全部じゃ生活できないって言ってるんすよ…」
ピートの声もする。交渉が上手く行ってないらしい。
「おい頭、こいつら分かってないみたいですぜ。1人2人殺せば言うこと聞くんじゃないすかね」
「だな。ちょっと舐められてるかもな」
盗賊たちの物騒な会話は筒抜けだ。義賊という話はどうなったのだろう。彼らもそこまで切羽詰まっているってことだろうか。
「なんか私、ムカついてきた!」
考えるより先に動くのがリルである。立ち上がったと思いきや、すでに馬車の外に飛び出して行った。
「え? リルさん?」「あ、ちょっと」
女学生2人は慌てて引き戻そうと馬車を降りてしまう。仕方なくトウも後に続く。木こりの2人はお互いにヒソヒソ話しているだけで動く気配はない。
「ちょっとあんたたち! 銀狼のなんちゃらってのは義賊とかいう正義の味方じゃなかったの?」
「ああん! なんだ手前ぇは?」
いきなり大声で怒鳴り込むリルに少しも怯まず盗賊の男が怒鳴り返す。
「ちょ、辞めなよ」「そうよリルちゃん、交渉ごとはプロに任せた方が良いって」
「あんたたちは黙ってて」
一方、女学生2人はなんとかリルを引っ込めようとするがリルは全く動く気配はない。
「だいたいこの馬車見ればわかるでしょ? こんなボロい馬車をわざわざ選んでるってことはお金がないってことじゃない。どう考えてもあんたらの稼ぎに合わないってことよ。わかったらさっさと帰りなさい」
「あ~、なんだこいつは?」
「…じょ、嬢ちゃん、悪いがここは引っ込んでくれないか、交渉は俺たちがするからさ…」
唖然としていたピートたちもリルに下がるように優しく伝える。というか少し必死だ。
「お頭、金になりそうな奴ら、居たじゃないすか~」
1人の盗賊がいやらしい目つきでリルと女学生たちを見て、他の仲間たちと一緒にリルに近づいてくる。全員がニヤニヤしていた。
「な、なによ」
ここにきてようやくリルは怖くなったらしい。後退るが時すでに遅し。腕を掴まれる。
「お頭! こいつ上玉ですぜ~、肌とか白くてスベスベじゃねえか」
盗賊の掴む手が腕を締め上げている。
「痛っ! 離しなさいよ、痛い痛い」
他の盗賊たちは女学生たちにも狙いを定める。
「こっちは学生だぜ。間違いなく良い値がつくぞ」
女学生たちは2人ともブルブル震えており動けない。盗賊たちは2人を引き剥がす。女学生たちは顔面蒼白で抵抗する気も起きないらしい。
「ちょ、やめなさいよ。その子たちが何したって言うの?」
リルだけは気丈に振る舞っているが、
「ちょっと黙ってろ」
ナイフのようなものを首筋に当てられ黙るしかなくなった。
「待ってくれ。学生たちは離してくれないか」
今までピートに任していたダイも交渉に参加する。
「その制服をよく見ろ。その子たちに何かあると学園が動くぞ。あそこは国直轄で貴族も大勢通っている。下手するとそちらの組織の存続の問題に関わるぞ?」
「くっ…。まあな、でもここにいる奴らを皆殺しにすれば証拠は残らないし、俺らはその後適当に姿を隠すぜ、へへへ」
「…」
交渉の余地はあまりないようだ。
ここに来てトウはやっと語りかける。
「…あの~、少し聞きたいのですが…」
「…なんだ? 次から次へと、やっぱり1人ぐらい殺しておくか…」
「あなたたちは生活が苦しいからこんなことをしているのですか?」
「…はあ? なんだ、コイツは…」
リルの首にナイフを向けたまま、盗賊の頭は周囲の仲間たちに声をかける。
「ちょっとイカれているとかじゃないすかね」
「ビビっているだけとか…」
「おいお前、何が言いたいんだ?」
頭はリルの腕をさらにきつく掴みトウに向かって低い声を出す。リルの表情はさらに苦痛に歪む。
「ですから、義賊とか言われていたあなたたちがここまでするのって何か事情があるのかと思いまして…」
「ああん? バカなのかお前。俺らは元々こういう感じだぞ? 義賊なんて言うのは、大きい稼ぎのためのカムフラージュさ。ハハハ」
「おい下がってくれ。お嬢さんたちが犠牲になるが、こいつら殲滅するしかない」
今度はダイがいつの間にかジャニスを引っ張り出し、何やら波動を巻き起こそうとしている。風が集まっているのでおそらく風の波動でなんらかの攻撃を仕掛けようとしているらしい。
「え? 何を言って…。危ないですよ。彼女たちが捕まったままで…」
「どけ!」
今度はピートから突き飛ばされた。トウは訳わからず倒れ込む。このままだと盗賊だけでなく学生たちも無事で済まない。
「…トウ、これが人族よ。よくわかったでしょ?」
「…リル…」
「…ほんと、何も変わらないのね…。ふぅ~」
リルが深く息をする。ただそれだけだが周囲の波動に変化が起きる。
「なっ…」
「え? どういうこと?」
盗賊の頭は周囲の波動が変わったことに驚き、ジャニスは自分の波動がかき消されていくことに驚く。
トウはただじっと見ていた。淡く光るリルから目が離せなくなる。一番近くの頭ですらリルの光っていく様子をただ見ていた。そして、
「ゆらげ」
リルのその一言で、盗賊の頭が、急に心臓を抑え蹲る。
「か、カシラ!」「うぅ…」「な、なんだ」
その場の誰もが胸を抑えている。馬車の客たちも御者ですら同じだ。ピートもダイも、女学生たちも倒れ込んでしまう。ただ1人、トウを除いて…。
時間にして30秒もかかっていないと思う。その場で蹲って倒れ込んだ人たちは全員虫の息だ。
「…リル、もう止めよう。な、リル」
1人だけ何事もなかったトウが優しく問いかける。
「…あなたはなんともないの?」
「そうだね…。これは全ての揺らぎを止めているんだね…」
「そうよ。私は死を司るの…」
「今なら誰も死なずに済むよ」
「そう? でも私は死を司るからこれでいいの」
「そんなに悲しそうなのに?」
「…」
リルの瞳から涙が溢れる。そしてリルが周囲の光を分散させると、
「ゲホゲホ」「うぅ」「はあはあ」…。
全員が動き出そうともがく。ただ、誰も立ち上がれない。
仕方なくトウは全員を騙すことにした。
「みなさん、そのままで構いませんのでよく聞いてください。みなさんは今、生死の境目にいます。ここは、世界の臍に座す御柱の帝の影響がある地域です。ここで殺生など起こすことは許されません。もしこれ以上、ここで生命への冒涜を繰り返すのならば、間違いなく災いが降り注ぐでしょう…」
普通ならこんな言葉に騙される人はいないだろう。だがトウは同時に地面を揺らし、地震のような状況を作り出し、雨雲も作り出した。太陽を隠し、辺りを暗くした。まるでその地が怒っているかのように演出したのだ。
たったそれだけのことだったが、盗賊も馬車の人たちもトウの言うことを受け入れた。触れてはいけないものに触れてしまったと頭を抱える者もいた。
トウは考える。
悪事は働くが、生命に関わることがあると、奥底に眠っている信心深さが首をもたげ、突然自らを顧みるようになる、それは人の根本が悪になれない、ということだろう、と納得した。
泣いているリルを抱き寄せ、歩いてその場から離れることにした。せっかくあの親切な村で用意してもらった馬車だが、諦めた。これ以上一緒に旅をするのは、お互いに気まずいかもしれないと考えたからだ。しばらく歩いてたまに振り返ってみたが、盗賊はいつの間にかいなくなっていた。馬車はなかなか動き出さなかったが、いずれ元のようにゆっくり動き出すだろう。
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