第3話
時間は昼過ぎだった。村の麓まで到着すると、村人の何人かが物珍しそうにトウたちを出迎えてくれた。リルはいつの間にか羽が見えないようになっていた。隠すことができるらしい。
「いや~、驚いた。森から人が来るなんて~」
「あんたら、どこから来たんで?」
「この村は最果てと言われてるんだがな」
口々に村人たちが問いかけてくる。さすがのリルもここまで声をかけられるとは思わず、トウの後ろに隠れてしまう。少し怖いのか、震えているようだ。
トウは緊張しつつ、声を発する。
「…あの、私は森で迷子になってしまい、適当に歩いていたらここに着いたんです…」
あらかじめリルと打ち合わせておいた内容だ。
村人たちは一瞬呆けたようで、次の瞬間、
「ほなら、あんたもしかすると違う国から来たんでねえか?」
「北か南か?」
「そういや肌の色が少し違うかな~」
一斉に喋り始めたのだった。
「…い、いや、私、は…」
きちんと返答をしようと思うのだが、一度に色々聞かれてしまい、ついには口篭ってしまう。
「お前たち、いい加減にしなされ。旅人さんが困っておいでだぞ」
そこに他の人よりも少しだけ身なりの良い壮年の男性が声をかけてきた。
「おお、村長。旅人さん、迷子らしいぞ」
壮年の男性はトウたちを見てそのボロボロの装いを哀れに思ったのか、
「…村の者が申し訳ありません。ここは最果ての村、と言われておりまして、旅人が珍しいんです。もし差し支えなければ場所を提供しますのでお泊りください。目的地がわかれば何か手助けできるかもしれませんよ…」
「おお。それはありがたい。ぜひお願いしたい」
トウは村長の申し出を素直に喜んだ。村の人々と触れ合えるかもしれないチャンスを逃す手はないと思った。
夕刻、ささやかな宴が催された。
本当に人が来るのが珍しかったらしく、村のほぼ全員が村長の家に集まっていた。村人たちは楽しそうに歌い、踊り、トウやリルを歓迎した。たまに村特有の料理などを運んでくれるのが嬉しくてついおかわりを要求してしまうものもあった。
「これは…」
ある料理を口にしてトウはとても驚いた。
「どうしました? 口に合わなかったですか?」
「なんと優しい…。素晴らしい味付けですね。これはもしかすると有名な料理人が調理したものですか?」
「え?」
一瞬驚いた村長だが、すぐに他の誰からか、
「ぷっ、くくくく」「フフフフフフ」「アハハハハ」
と笑い出してしまい、なんとも和やかな雰囲気になる。
「おいおい旅人さん、これはうちの女房が片手間に作った和物だぜ。そんな高級料理みたいな感想言われてもな…」
「何言ってるんだい! 片手間でも年季の入り方が違うんだよ。きっと旅人さんは違いがわかるんだね。ねえ、良かったらもっと食べな」
「…普段どんなもの食べてるんだか…」
リルが一言つぶやくが誰も聞いていない。
ゴーレムなので本来食べ物を食べる必要がない。だが、味覚が備わっているし、食べ物を消化でなく分解することが可能だ。
食を楽しむ、という行為ができないわけではない。素朴だが、素材の味を引き立たせ、優しく、包み込むような絶妙な味わいに仕上げてあるのがわかる。実は、同じものをトウ自身の城で食べたことがあるのだが、明らかにこちらの方が味わい深かった。
そのうちに村長だけでなく、村の重鎮たちや老人たちがトウたちの近くで村の近況を語り合う。内容が興味深かったのでつい聞いてしまい、口を挟んでしまう。
どうやら村の作物の出来高が少ないらしい。
「何か自然災害などあったんですか?」
「いやいや今までの作物は例年よりよく獲れるほどじゃよ」
1人の老人がそう語る。
「だがな、税を納める分がどうしても足らなくて…」
「畑はたくさんあるんだが、水が引けないんだよ」
他の村人たちも口々に語り合う。
「…水不足、ですか?」
「ああ、そうじゃよ。でも日照りというほどではないが、新しい領主に税として持っていかれる分の作物が…。こうも増えるとな…」
「それは減らしてもらえないのですか?」
「…う~ん、何回かお願いしているんだがね」
村の長老は考え込んでしまう。本当に困っているようだ。
そこに他の年長者が割り込んでくる。
「なんでも世界の臍にいる御柱の帝への貢物らしい…」
それはトウもよく知っているあの方のことだろう。だがおかしい。
「…それはない、と思いますよ。そんな大量の貢物、必要とするわけが…」
「なんでも東王がそう仰せだとか…。困ったもんだ…」
トウは驚く。自分はそんなことを為政者たちにお願いしたことなどない。いつも何か困ったことがないか聞くだけだ。それに作物などの貢物は、我々に必要のないものだ。
万物の波動を操る我らが必要とするのは、木々の揺らぎが運んでくる霞のような波動の元だけである。先ほど言ったように、そもそもゴーレムには消化器官がなく、咀嚼後はただ分解されるだけだ。
「何かの間違いということは?」
「トウ、その辺にしておいたら。村の人困っているのよ。色々聞いてしまうのは可哀想だわ」
「…う」
リルがそう言うと、村人たちは無理に笑顔を作り、
「そうじゃ、そうじゃ。せっかく旅人さんが珍しくこんな村に来てくれたんだ」
「楽しまねば、楽しまねば」
「これこれ、お主は酒が飲めればなんでも良いのだろ」
「あはははは、その通り!」
「ワハハハハハ…」
そうやって皆で賑やかに騒ぐ。トウはその様子に戸惑うが、リルがそっと、
「皆、気を遣ってくれたのよ。優しい人たちだね…」
と耳元で囁くので、まだ聞きたいことはあったが、そういうものか、とその場は引き下がった。だが、税の取り立てについては気になって仕方ない。
宴が終わり、小さいが清潔な部屋に案内された後、ベッドに転がりながら先ほどの話について考える。すると同室のリルが話しかけてくる。
「ねえ、さっきの話…」
「…ああ、全くもって不思議だ。為政者たちは何をしているのだろうか? こういった村は他にもあるんだろ? みんな困っているんじゃないかな? それともここだけなのか…」
後半はぶつぶつとつぶやく感じだったが、リルは、
「…帝や東王の御心なんてわからないものね…。でもね、これって多分東王とか関係ないわよ」
「え?」
「為政者って階級があるんだけど、途中で何か悪いことしてる人がいるのかな…」
「そんな、まさか…」
「信じられない?」
「…」
信じたくない、と言った方が良いだろう。トウは何も言えず、黙り込んでしまった。
「トウもさ、人について少しずつわかっていけば良いよ」
それでもまだ、と人を諦めきれずにいるトウは、そのまま眠りにつく。
次の日、トウは皆にお礼を言うため、1人ずつ挨拶しようと考えていたが、村の中心付近の広場にちょうど人が集まっていた。
「やあ旅人さん、よく眠れましたか?」
昨日たくさんお酒を飲んでいた御仁が今日はしっかりした口調で話しかけてくる。
「ええ。とてもよく眠れました。本当にありがとうございます。で、どうしたんですか? みなさん難しい顔をされてますが…」
「ああ、昨夜の話ですよ…」
村人曰く、税のノルマを果たすためにどうしても畑を増やす必要があるらしく、ただ増やすだけならなんとかなるらしいが、そのために必要な水が貯水庫の水だけではどうしても足らないとのことだ。
「やはり水、ですか…」
畑はたくさんある。特に日照りというわけではないが、水がない。作物を作る面積に対し、水が圧倒的に足りてないらしい。ちなみにここではトウモロコシを多く栽培している。この作物は水分が不足すると、商品にならないそうだ。
トウは考える。
ここに来る途中、何度も川を渡り、豊富な水資源をこの目で見てきた。雨もよく降るからこそ森は緑が生い茂っているのだ。
「皆さん、ここで起きた出来事は絶対に内緒にしてもらえないでしょうか」
トウは突然そんなことを言い、静止を振り切って森の中に入っていった。突然のことにリルも呆れていた。
それから30分ぐらいして、地面が揺れ、森から、ゴゴゴゴゴゴっと凄まじい音がした。同時に森の方から、
「お~い!」
と声がする。トウだった。
さらに地面が揺れる。その後しばらくすると、崖になっていた一部から水が流れ落ちてくる。地面はまだ揺れている。いつの間にかトウは崖から下に降りており、水が流れ落ちる場所に手をかざす。
そこはただ荒れた土地があり何も無かった場所だ。ズズズズと音がしたかと思うと、大きな穴が開く。水はそこに流れていった。
しばらく村人たちは呆然と見守っており、そのうち、
「滝だ!」「滝壺が…」「水だ、水だぞ」「滝がなんで?」
と思い思いを口にする。
トウは森の奥の川から水を引き、ここに滝と滝壺を作り上げたのだ。
「神の御技だ」「すごい!」「奇跡だ」
村人たちは感動して騒ぎ立てる。
「あの~、トウ殿? あなたが全てこれを?」
村長が呆然としつつもトウに話しかけた。
「え? いえいえまさかまさか。私は川の水が氾濫している場所を知っていたので、通り道を作ってここまで誘導しただけですよ」
「…でも、誘導って…。それに滝壺まで…」
「たまたま地面が柔らかくなっていたんですね。アハハハ」
「いや、それでも…。アハハハ」
「万物には波という一面もあるんです。揺れているってことですね。その揺れを少しばかり自身に都合の良いように動かすだけなんですよ…」
「それって波動力ってことですよね? こんな大規模な力は見たことが…」
「…ハハハ、とにかく内緒にしておいてくださいね」
「ハハハハ…」
もはや村長も乾いた笑いしか出て来ないようだ。
しばらく文字通り降って沸いた水に感激していた村人たちだが、それぞれの畑への効率的な引き方などを研究し、すぐに工事に取り掛かっていた。
トウとリルは邪魔にならないようにその様子を見守っていた。
「トウ、あんた本当にすごいわね」
「え? 私は大したことはしてないよ」
「まあいいわ、そういうことにしておく」
「みんな喜んでいるね」
「…これ、本当に良かったのかしら?」
「どうして?」
「…無理なことを言ってきている領主さんとやらがこのことを知ったらもっと税を寄越せって言っているかもよ」
「まさか…」
「…だと良いけどね…」
リルの言葉を極端だと笑いながら否定する。一抹の不安を胸に抱きながら…。
それから散々村人たちから感謝された。これから東の街に行き、さらに首都を目指すと伝えたところ、「何も持たなければ入ることすらできない街もある」と教えられ、道中の路銀まで恵んでくれた。本当によくしてもらった。
次の街へは馬車を利用することにした。あまり本数はないが歩いていくと何日もかかってしまうのでぜひ乗っていくように言われた。馬車の費用も村人が出してくれた。ついでに次の街に入るための手続きもやってくれたようだ。至れり尽せりだ。トウは感謝することしかできなかった。
村の出口では、ほぼ全ての村人が集まり、トウとリルを見送ってくれた。たった数日だったが、温かな人たちばかりで感動したトウは、自身の中で「やはり人は素晴らしい」と思うに至った。
馬車が動き出した。
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