カワセミ、慄き
執事である日向さんの、それが聞こえたのは、深夜一時過ぎのことだった。
くいなの懸命な処置のおかげで、私は助かった。くいなは繰り返し「ごめんなさい」と謝ってきて、私はどう返せば良いのか分からなかった。ただ母は、くいなのことが嫌いになってしまったのか、謝罪にも耳を貸さず、無視を決め込んでしまった。くいながわざとやったのではないことは、私も分かっている。だから怒ってはいないけれど、母が私を心配してくれたことを想えば、許すとか怒ってないなんて軽々しく言えなかった。
一人反省会というのだったか。頭の中で際限もなく、様々な観念や記憶が堂々巡りをし、私を苛んでいる。そのさなか、時折思い出したように、喉の息苦しさが再来する。早く寝なければ……悩む事に安寧から遠ざかっていく。
――焦っていた頭に、それは雷のように強くけたたましく響く。思わず悲鳴をあげそうになったが、そんな体力が体に残っていないらしい。口から漏れたのは、「あっ……」という掠れた音だけだった。
「――中庭で遺体発見――」
日向さんのそれが、僅かな休息さえ壊してしまった。
遺体とは誰のことだろう? 戦々恐々としつつ、母と一緒に中庭へたどり着いた。池の底や歩道のライトが目に眩しく、慣れるまで目が眩む。天井へ叩きつける雨音が恐ろしい。中庭には既に、日向さん、くいな、燕治伯父さんが居た。遺体はどこで――誰だろう?
「あれ、姉さんと先輩は……」
「まだです」
日向さんが、どこか渋い顔で答える。
「呼んだんじゃないんですか?」
「それが……」
「部屋に居なかったんだと」
日向さんが言い淀んだのを、燕治伯父さんがぶっきらぼうに答える。
「というか、遺体ってどなたのことよ。てっきりあの二人が死んだものと思ったのに、その様子だと違うみたいじゃない」
私が恐れていたことを、母はスラスラと言ってのける。中庭に見えない時点で、先輩か姉のどちらか、もしくは両者が遺体で発見されたのかもしれない、そんなことが頭をよぎっていた。
「……あら、遅れてしまったみたいね」
聞き覚えのある鈴のような声が響く。
姉と戸鞠先輩が、何食わぬ顔でぬっと現れていた。
「お前たち、どこにいたんだ」
「御手洗ですわ。この子は屋敷に詳しくありませんから、わたくしが共を」
「お前が他人のために動くとはな」
「他人ではありませんもの」
緋簾葦が言い切った横で、戸鞠先輩がニヤニヤしていた。先輩……。
「それにしても、わたくしの目の間違いかしら――全員揃っているように見えるのですけれど」
姉の目が一人一人をゆっくりと見渡す。私も目が合った。
「その事なのですが……見つかったのは、屋敷の人間ではないのです」
日向さんが厳かに答える。
「屋敷の人間ではない?」
「はい……ご覧になりたければ、あちらに」
日向さんが庭の一角をやんわりと示す。草葉の陰とは言うけれど、本当にそうらしい。
遺体が怖くて動けない私を除いて、伯父や姉たちはぞろぞろと移動する。母は私を気遣ってか遺体の元には向かわず、背中をさすってくれた。
「ママ……」
「屋敷の人間ではないならば、ひとまず安心だわ。もしかしたら爛道を殺そうとした犯人が死んだのかもしれない……屋敷の人間の中に毒殺犯がいるなんて、それこそ疑わしいと思っていたのよ」
確かに私も、家族の中に父を殺そうとした悪辣な人間がいるなんて、そんなことは考えたくなかった。外部の人間の犯行ならば、それに越したことはない。
「でもママ……だったら、遺体は……」
「自殺でもしたんじゃないの」
家族以外の不幸を心の底から願う。自らの醜さを突きつけられながら、私はそれを、間違っていると思うことすら出来ない。
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