三時のおやつは策謀の前に
三時のおやつは無いはずだと、緋簾葦は言った。しかし事情が変わった。
例によって例のごとく集まっている会食ホール。その重厚な長机に並ぶのは、銀食器に乗った喫茶風プリンとフルーツの盛り合わせである。見ているだけでも至福な光景だ。カンテラが吊り下がったような薄暗い照明も、スイーツを引き立てる雰囲気が出ていて好い。全てが心地よく輝いて見える。
「全部、僕のものだ……」
「お馬鹿」
間髪を入れずに緋簾葦が突っ込んできた。ちょっと浮かれただけなのに、酷い。
「ふふ、気に入っていただけて何よりです」
くいなが後ろからぬっと現れて言った。ほんの半日ほど見ていなかっただけなのに、なんだかひどく久々に感じる顔である。
「くいなさんが作ったんですね。このカラメルプリン」
「そうですよ〜。お取り寄せだとでも思いましたか? まあ自信作ですからね〜。そう思っても不思議じゃないですが〜」
「いやぁ、ほんとさすがです。僕もたまにプリン作りますけど、どうしても昔ながらの卵プリンは気泡が入っちゃったり、キシキシしちゃったりして。それになんとなく物足りなく感じたりとか……」
「あらら、その道のプロでいらっしゃいましたか。これはちょっとピンチです。気に入っていただけるか不安になってきましたね」
「いやいや、見た目からしてすごい――」
「馴れ合いはいいから。お菓子作りの話なら、わたくしの居ない時にしてちょうだい」
緋簾葦が不満そうに言う。話についていけなかったのが、余程気に入らないのだろう。可愛いところもある。
なんて思っていたが、どうも緋簾葦が目を細めて何かを考えている。何か心配事だろうか。父親が倒れても大概冷静でいたのに。
「どうした緋簾葦」
「いえ、大したことではないのだけれど――くいな、ちょっといいかしら」
話を急に振られたくいなが、対応しかねたのか「へ?」と、らしくない返答をする。
「へじゃないわ……麻衣華さんたちの姿が見えないけれど。それに燕治叔父さまも」
くいなが苦い顔をして「ああ……」と呟く。確かに、せっかく並んだプリンだが、いくつか主の見当たらないものがある。空っぽの椅子は頭上の明かりを鈍く広い受け、ぼんやりと反射し、いつもの主の不在を嘆いている。
「麻衣華親子に燕治は、出席を拒否したのだ。甘いものは要らないとな。今はそれぞれの部屋で休んでいる」
話を聞いていたのか、九郎がくいなに代わって言った。
「出席拒否なんて、九郎伯父さまはお許しになられたの?」
「屋敷から出たわけでもない。それに夕食には全員必ず集まるだろう」
「一度許せば、次からも支障が出るんじゃないかしら」
「かと言って、全てを縛れば一気に決壊するかもしれない……今回のような状況では特にね」
カツン、と、九郎がプリンをスプーンですくう音が響いた。遅れて緋簾葦が「確かにそうですわね」と答える。朝食の場での問答もそうだったが、彼女が人から意見されて言い返さないなんて珍しい。
それにしても――これは僥倖かもしれない。
「じゃあ残ったプリン、僕が貰っていいかな」
「食べ過ぎでしょ」
「私は構いませんが……」
くいなが困ったように九郎を見た。九郎はカラメルの付着した口髭をハンカチで拭い、微笑む。
「若者は食欲旺盛で素晴らしい。翠華くんは分からないが、麻衣華さんと燕治は恐らく手もつけないだろう。そのままだと捨てることになるね」
「じゃあ、翠華以外のは食べちゃっていいんですね??」
興奮気味に尋ねた戸鞠を、九郎は今日で一番楽しげに笑う。
「はっはっは。君もなかなか変わった人のようだね」
九郎はそう言うと、よっこいしょと立ち上がった。
「楽しいお食事を邪魔してもいかんからね。年寄りは退散するとしよう……くいな、美味しいデザートだった。ありがとう」
「九郎さまにそう言っていただけるなんて、ありがとうございます」
これがよく言う好々爺か。これが燕治あたりなら礼も言わずにどかどか歩き去るに違いない。あの人は店員にどなり散らすタイプだ。同じ境遇で育った兄弟であろうに、ここまで違うとは。
九郎が立ち去る。扉が閉まったのを確認して、緋簾葦が口を開いた。
「くいな、わたくしたちに情報提供をする気は無いかしら?」
「えっ?」
くいなが驚くのを尻目に、戸鞠は机上のスイーツをせっせと回収する。全部僕のものだ……。
「別にスパイをしろとは言っていないわ。わたくしの質問に答えて欲しいだけ」
「質問……うーん、まあ緋簾葦さまの頼みであれば……」
渋々といった具合にくいなが了承する。プリンは旨い。スプーンが小さく、だくだくのカラメルをすくうのがちょっと面倒なのはマイナス点だけれど、それはスイーツのせいじゃない。
「ありがとう。それじゃあ、麻衣華さんに燕治伯父さまの動きを教えてもらえる?」
「それスパイじゃないですか!」
「あの二人、どうにも怪しいわ。ただ甘味をボイコットしただけとは思えない」
「……と言うと?」
「わたくしや九朗伯父さまがここに釘付けになっている間に、二人で手を組んでいるんじゃないかってことよ。今、この瞬間にも」
くいながハッとした面持ちになって、扉の向こうを見やる。その頭は、麻衣華と燕治が手を結んでいる場面を想像しているに違いなかった。このイチゴ、恐らく冷凍だな。シャリシャリしている。桃もか。まあ冷凍保存以外に選択肢も無かろうし仕方ないか。
「しかし、それもまあ仕方のないことでは? あの二人は……言わば最も怪しまれやすい方々ですから。孤立無援では心もとないのでしょう」
「それはそうでしょうね……くいなは、誰が一番怪しいと思う?」
「え、それ私に聞きますか。やだなあ」
「なら、爛道が倒れる直前の皆の動きは? 昨夜の様子も」
「えー、別に変わったこととか無かったですよぅ。皆さま、それぞれの部屋でお休みになられていたと思います。屋敷内にはカメラとか無いので、完璧な把握はしていませんけど。だから……アリバイ? みたいなのも確認しようが無くって、みんな怪しいぞ〜ってなってるんじゃないですか」
緋簾葦がふむと顎を撫でる。彼女はプリンに手をつけていない。もしかして、緋簾葦の分も食べられたりするだろうか……?
「それぞれの客室の位置関係は?」
「えー、客室は二階に固まってますね。一階はホールとか調理室とか談話室とか、そういうのなので。緋簾葦さまたちが南館、麻衣華さまに翠華さまは北館の隣り合った客室にお泊りになられていて、九朗さまと芧鏡教授、それに燕治さまは一部屋ずつ空けて、東館ですよ。西館は現在、ほとんどの部屋が倉庫となっています。ここお山のてっぺんなので、西日がキツイいんですよね。朝陽は向こうの小山に隠れてなんとかなってるんですけど」
「西館の部屋は全て、鍵がかかっていたわね」
「どうしてご存知なんですかね……というのは置いといて、間違って誰かがお入りになっても困りますから、鍵をかけて、外からしか入れないようにしているんです」
「外……ああ、調理室直通の階段ね。なるほど」
「西館の部屋なんですけど、何年か前に食料庫として全部リフォームしたそうですよ。一階だとネズミとか怖くて、なら空いてる二階の西館に食料庫を作って、なんなら階段もつけちゃおーっ話で」
「新たにカメラを増設するとかはしていないの?」
「いやいや、それ大変な作業ですよ。私は電気業者じゃないんですから。お父さんも最近は歳ですしね」
「言うほどじゃないでしょう」
「もう五十過ぎてるんですよ? この間なんかぎっくり腰起こしかけて」
「大変ね。何はともあれ、これからも行動の把握は難しそう。道なんてどこを通っても良いのだし」
「ここ、学校みたいだもんな」
プリンを食べながら口を挟むと、緋簾葦がきっと睨んだ。はしたない、という単語が脳内をリフレインする。
「そうですね――あ、でも、爛道さまの居室は、東西の二つの階段からしか行けないんですよ。最上階なので広めに作られていて、通路自体が存在しないので」
「そういえばそうね」
緋簾葦は難なく頷いているが、戸鞠には少し、意味がわからなかった。
「最上階の居室だと、どうして通路が無いんです? だって屋敷は、中庭を型どるように作られているはずですね?」
言うなれば口の字に、真ん中はポッカリと穴が空いている。広めに作られている、というのもよく分からない。
「あなた、中庭に出た時に空を見あげなかったの?」
緋簾葦がやれやれと頭を振る。更には「観察眼が無い」とまで言い出したので、戸鞠も少しカチンと来た……確かに見ていないけれども。
「空に何かあったっけ?」
「中庭には天井があるのですよ。鳥対策で」
「鳥対策? え、いや天井なんてありましたっけ」
さすがにそんなものがあれば気づくような。本格的に脳みそがこんがらがってきて、戸鞠は慌てて咀嚼をやめた。思考に全てのリソースを振り分ける。
「最上階は実の所、天井裏なのです。天井裏と言っても、狭くもなく、むしろ最も広いのですけど」
正直に言って、よく分からない。第一、そういう空間把握能力的なものが問われる問題は苦手なのだ。どうも立体が脳内で像を結ばないとでも言おうか。ともかく、ぼやぼやして、何が何だか。
「水族館みたいなものよ。ガラス張りの天井や床、それに壁。全てではないけれどね。爛道の部屋は特別製ってこと」
緋簾葦が意味ありげに肩をすくめる。続けて、くいなが説明を付け足す。
「池の水源なのですが、天水と言って、自然からの供給を利用しているんです。雨とか雪とか。だから屋内でやるより屋外、つまりは雨ざらしの場所の方がいいのですけど、そうすると今度は鳥獣害の被害にあうかもしれなくて」
あの池の鯉は一匹が数億とか言う代物だ。獣ごときに傷つけられては、堪ったものじゃないだろう。
「ですから、館上部は一部が可動式になっています。中央に向かって四方から天井が伸びる感じですね、ぐいーんと。雨天時は広く解放したり、あとはお客様が来られた時も、空がたくさん見えたほうが、なんかいい感じじゃないですか」
「はあ、まあ」
ぬるい返事をしてから、戸鞠は尋ねる。
「僕が見た時は、天井はどうだったんです?」
「ほとんど閉じられていたと思いますよ。動かすの時間かかっちゃいますし。それやるの、私かお父さんじゃないですか」
まあそういう雑務は執事やメイドの仕事になるのだろう。大がかりな仕掛けのようだし、普段はあまり動かさないのかもしれない。野球とかサッカーの観戦場みたいなものか。
不意に、緋簾葦が肘で小突いて来た。
「どう? 新しい情報は役に立ちそう?」
「今のところは……」
分からないという意味を込めて、戸鞠は横に首を振る。中庭の天井が動くからって、爛道の毒水に何か関係があるのだろうか? まさか開いた天上の隙間から爛道の部屋へ、鳥のように飛んで侵入できるわけもあるまい。
「お! お二人はなんです? 結構積極的に動いていらっしゃる感じですか」
「別に。降りかかる火の粉を払おうってだけ」
緋簾葦はつれなく言うと、席から立ち上がった。いつの間に、銀食器が空になっている。
「うわ、食べるのはや」
「早くないし。あなたが会話に夢中になっていただけ……悪くなかったわ」
「つまりは最高だったってことですね、緋簾葦さま」
緋簾葦が不満そうに眉根を思い切り寄せる。くいなからの扱いもこうらしい。
九郎の言っていた「全員必ず集まる」が何らかのフラグになりはしないかとも思ったが、無事に全員集まったようだ。いつも通りの面々を見て、戸鞠は静かに肩を下ろす。メインディッシュのローストチキンが早くも食べられるのを待っているみたいだ。注がれたワインも、深い赤色を呈している。
「こんな時に酒なんて」
燕治がそんなことを言いながらグラスを呷る。飲みたいんだか飲みたくないんだか。この人は矛盾した行動が多い。そもそも、まだいただきますの挨拶もしていないのだが。
ふと、また視線を感じた。見ると、翠華――ではなく、母親の麻衣華が、戸鞠と緋簾葦の両方を見ている。
何か企んでいる。そう直感するには、充分すぎる邪悪さを孕んだ目だ。何かつついてくるに違いないが、果たして言い返せるだろうか。緋簾葦はともかく、戸鞠はそういう言い合いみたいなのが昔から苦手だった。静かな場所でじっくり考えて答えを出すのが、戸鞠の性には合っている。頭の回転は、いつも緋簾葦に適わない。
「わたくし、考えたのです」
麻衣華が名乗りをあげるようにポンと言った。
「何を考えたのかね、麻衣華さん」
九郎――ではなく、なんと燕治が相槌を打った。
これは、緋簾葦の言った通りのことが起きている。きっとそうだ。
「爛道殺害未遂の犯人についてです、燕治義兄さん」
「ほう。ならば食事の前に言ってみたらどうかね。今のままでは皆、気になって気持ち悪いて」
下手な芝居がかっていて、気持ち悪いやり取りだ。それでいて子慣れた感じもしないでもない。
「わたくし、緋簾葦さんが怪しいと思います」
麻衣華が真っ直ぐに緋簾葦を見据えて言う。
「……ふふ」
緋簾葦は、くぐもった笑い声を漏らした。
「根拠は?」
「緋簾葦さん、おっしゃいましたわよね。ご自分を『爛道の跡を継ぐもの』だと。あなたはご自分を後継者だと自負していらっしゃる。だから、先代――失礼、まだ死んでおりませんわね――父親を邪魔に思われたのでは?」
「ふーん……つまりは、わたくしの過去の発言が気になるとおっしゃるのね。それが殺害の動機……ふふ」
緋簾葦がまた笑う。
戸鞠には分かる。これは勝利の笑みだ。
「麻衣華さん、こういう推理においてはね、普通は物証を提示するものなのです。あるいは傍証でも、一歩譲って構わないけれど。ともかくとして、過去の発言なんてなんの証拠能力もありませんのよ。ただの言葉だもの」
「だが、疑わしきを放っておくは愚行ではないかね。我々は、誰かも分からぬ殺人犯と同じ屋根の下で過ごさざるを得ないのだ。それがどんなに恐ろしいことか――犯人には、被害者の気持ちなど分からないだろうが」
燕治が滔々と語る。
「なに、我々とて証拠も無く警察につき出そうとは考えていない。物証が必要というのも尤もな意見だ。よって……」
燕治の鋭い目が緋簾葦を射抜く。緋簾葦が若干眉を顰めるのを、戸鞠は横から見ていた。
「一度、緋簾葦と、その連れの使っている部屋を皆で捜索するのはどうかね。犯人が使ったのは毒だ。残りが、まだ犯人の部屋に残っているかもしれない」
「部屋の捜索ですか。それは御尤もですわ。なぜわたくしたちだけなのかは大いに疑問ですけれど」
確かに、こうなってはもっと早くに荷物検査を受けているべきではあった。だが毒なんて犯人ならとっくに処分しているだろうし、今更すぎる提案だ。
「なぜって……君たち以外の我々は皆、その検査を受けているからだ」
「……なんですって」
「受けているのだよ、もう。だが、誰の荷物からも危険物は見つからなかった――お前たちが最後だ」
燕治が勝ち誇ったように言う。緋簾葦が目を数度瞬いて、くいなや九郎に顔を向けた。戸鞠にも事態が掴めない。これはどういうことなのだろう?
「くいな、わたくしたち以外の全員が荷物検査を受けたとは本当ですの? わたくし初耳ですわ」
くいなが狼狽した様子で答える。
「ええと、それは……」
「くいなは夕食の準備で忙しかったから、あまり詳しく知らないだろう」
九郎が助け舟を出すように言う。くいなも頷いた。
「なら九郎伯父さまはご存知なの?」
「ああ……だが、君たちがまだ受けていないとは知らなかった。確か四時に、一部屋ずつ確認しようと燕治が言い出してね。私も賛同した。皆あまり大荷物ではないから、大した時間もかからなかったのだが……」
困ったように、九郎が燕治を見る。燕治はワインをもう一口呷った。
「単純に、緋簾葦たちの出番が来る前に夕食の徴収がかかっただけのことだ。別にいつ検査をしても問題はあるまい。隠し事が無いならな」
確かにその通りだ――だが、燕治の自信満々な様子が気になる。それに麻衣華もだ。
まさか、部屋に細工でもされたか?
例えば、毒物を隠されたとか。
この会話自体、証拠がどうという結論に落としたかったのは、今となっては自明の理だ。麻衣華の最初の話から、その流れを構築するものだとしたら、緋簾葦は二人がかりで嵌められたのではないだろうか? 証拠の話を持ち出したのは緋簾葦なのだし、皆が受けている以上検査の話は断れない。
「――なるほど。事情は理解しました」
緋簾葦が落ち着いた様子で言う。
「部屋と荷物の検査、お受けいたしますわ」
「フン、楽しみだな」
もはや勝ち誇ったように燕治が言い放った。まるで、あと数メートルでうさぎを捕らえんとするワシみたいな残忍な様子だ。
それにしても、緋簾葦はどうする気だろう? 不安でローストチキンが喉を通りそうにない。クソっ、こんなことになるなら食事後に話してくれればよかったのに。せめてシャバでの最後の晩餐(仮)くらい、心の底から美味しくいただきたかった。足りなければデザートも追加で作ってくれるというくいなとの約束もきっとパァだ。最悪だ。最悪だ最悪だ。
不安に思っていると、机の下でペタリと足を踏まれた。右足、緋簾葦の側の足だ。
彼女が横目で戸鞠を見る。その左目がパチリと瞬き、ウインクする。
何か秘策でもあるんだろうか?
「それにしても、この夕食、毒は入っていないでしょうね?」
麻衣華が部屋中に響くような声で言った。この人は空気を読めないというか、読む気が無い。緋簾葦のことはもう片付けた気でいるのか、能天気ですらある。
「全て私一人で作りましたから。安心してください、奥さま」
「あなた一人が作ったことがなんの保証になるのよ」
麻衣華が舐めるように夕食の皿を一枚一枚睨めつける。文句を言うなら自分で作ればいいのに……という文句こそ、生粋の箱庭育ち夫人には通じないのだろう。
「はぁ、こんな山奥で、こんな悪夢みたいな目に遭うなんて。お肌も髪もボロボロよ。帰ったら美容院の予約入れなきゃならないわ。ああでも、その前にマッサージでもしていこうかしら……ちょっと、あなた」
麻衣華が愚痴っぽく、くいなに声をかける。
「……えと、私でございますか?」
「そうに決まってるでしょ。後でわたくしの部屋に来て。ここに滞在し始めてから、あちこち調子が悪いの。わたくしたちの世話は、あなたの仕事でしょ」
「ええーとー……でも私、後片付けとか色々しなくちゃいけなくて……」
「何よ。やりたくないってこと? 父親と違って使えないわねぇ……」
「麻衣華さん、そろそろよさないか」
九郎が仲裁に入る。さすがに言葉がすぎたのか、あるいは九郎のストレスも高まってきたのか、少し怒っているようだ。
「大変なのは皆同じだ。くいなに当たるな」
「……何よ。ちょっと頼みを言っただけじゃない……」
「麻衣華さん」
「分かったって、分かっておりますわ」
そうか、と九郎が低い声で言い、続けて挨拶を述べる。夕食の始まりだ。
厳かに始まった夕食に、緋簾葦はもはや馴染んだ様子だ。彼女の手の中のフォークが美しく輝き、食材とのパドドゥに興じている。ローストチキンに彩り豊かな野菜……。
何が起こるのか分からない。とりあえずローストチキンは美味しくいただくことにする。
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