秋④
次の日、僕は約束通りに二人で佐藤家の墓を訪れた。磨かれた墓石の前で、湖凪さんは「二十歳になったよ」と言った。そのあと「もう少しでそっちで会えると思うよ。その時は、大事な男の子を紹介するよ」と言った。
どこからか視線を感じて、居住まいを正した。
「初めまして。詳しいことは天国で話すとして、一つだけ」
僕は手に持った花束を墓前に備えると、深く礼をした。
「湖凪さんを育んでくれて、ありがとうございます」
その家族からは、金木犀の香りがした。もうすぐ、誰もこの世に居なくなってしまう家族。それでもきっと、誰かが秋が来るたびに思い出す。
誰かの棚の奥に仕舞われた思い出が秋を告げれば、涙や笑顔と共に思い出す。
十一月。彼女が起きていられる時間は終ぞ、二時間。それでも僕たちはアドベントカレンダーを開いては、紙の代わりに思い出を詰め込んだ。
紅葉を見た。舞い散る落ち葉を見て、僕らの行く末を思い浮かべた。傍のベンチで、寄り添いながら、ただそれを見ていた。
焼き芋を食べた。あなたが嬉しそうに頬張るから、真似をしたら舌を火傷した。焼き芋を売っているおじちゃんに笑われたのは不服だけれど、あなたが笑っているならそれで良かった。
常に日常には、あなたの匂いと混ざり合った匂いがあった。僕はそれを幸せの匂いだと思った。あなたの目印を、決して忘れぬように近くに居続けた。
十一月二十五日が訪れて、あなたが起きていられる時間は一時間ぽっちになった。次に減る時には、ゼロになる。
藤井先生は、とても悔しそうにしていたけれど、僕らの顔は曇らなかった。眠り姫というのはあだ名で、キスでなんとかなるような神の差配がないのが現実だと知っていたから。
王子でも姫でもない僕らは、ただ今日を精一杯に生きた。
十二月になった。また、冬がきた。あなたと出会った季節。命が枯れていく、別れの季節。あなたと過ごす、最後の季節。
ホワイトシチューを僕が作って食べた。思い出の味らしくて、僕の家で目覚め、寝起きに熱々を食べた彼女は時間いっぱい家族の思い出を話した。湖凪さんが来る時のためにコタツを買ったのは正解だったかもしれない。
天体観測をした。もういいやと思って、結構高い望遠鏡を買って病室に持ち込んだ。冬の澄んだ空には、星がよく見えた。僕らもこれの一部になるのだろうかだとか、天国はどれかだとか、そんな話をした。たとえ惑星が幾つあろうとも、見つけてみせると湖凪さんを抱きしめた。
寒さが堪えない冬は初めてだった。
日々を彩っていく、自分達の足で彩っていく。何をしていようとも、互いが互いの視界に入ればそれで良かった。
徐々に色づき始めた街の様子など目に入らないほど、僕たちは素直に生きている。
自作ではない、市販のアドベントカレンダーが街に並ぶ季節。僕らのカレンダーも、一日一日と穴が開いていく。
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