夏⑫

 それからどのくらい経ったのだろう。夏の夜といっても、服を着たまま水に浸かっていれば、当然体は冷える。それを誤魔化すように、お互いの体温を貪るように、ずっと抱きしめ合っていた。


 どちらのくしゃみだったのか、一つのそれをきっかけに抱擁が終わる。どちらともなく、体が離れる。ひたすらに、名残惜しかった。


「上がろっか」


「そうだね」


 服の重さが予想以上で、プールから出るのに随分と手間取った。僕のシャツも、湖凪さんの半袖パーカーも、ひどい有様だった。


「…乾くまで、寝転ぶ?」


「風邪ひいちゃうよ」


「大丈夫。私、この身体になった時からひかないように出来てるの」


「僕は普通にひくんだけど…」


 結局、ずぶ濡れのまま僕の家まで帰ることにした。夜中だし、誰にも見られないことを祈りながら。二人並んだ道筋に、水でできた跡を残しながら。


 家の前に着く頃には夜風が僕らの服を乾かして、体の方はすっかり冷やしてしまっていた。エントランスをずぶ濡れにして怒られるよりはマシだったけれど。


「あーーーー!!!」


 僕が家の鍵をポケットから出そうとした時、湖凪さんが大声を出した。驚いて、鍵を開けるのに少し手間取る。近所迷惑だし。


「どうしたの?」


 扉を開けて、先に入るように促しながらそう聞くと、湖凪さんはジトっとした目で僕を睨んでいた。


「どうしたのじゃない!色々あって忘れてたけど、サラッとキスしたでしょ!」


「ああ、うん」


「ああ、うん!?」


 そういえば、もう一つ大事なことを伝えるのを忘れていた。僕は湖凪さんを抱き寄せるように扉の内側に誘い込むと、耳元に口を近づけた。


「そういえば、伝え忘れてた」


 そっと、一つ息を吸い込む。


「世界で一番、あなたが好きですよ」


 ギシっと音を立てて、扉が閉まった。夏が、終わった。

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