再会の章

4-1 ひとつ目の再会

「悪いねぇ。こっちまで手伝ってもろて」


 日に焼けた、深い笑い皺を刻んだ顔がレンドールを見上げる。腰はまっすぐにならないようだが、足も声もしっかりとしていて、麦を刈るスピードなどレンドールの倍近い。


「邪魔になってないなら、よかった。ほら、害獣駆除が思ったより早く済んじまったからさ。手持無沙汰で」

「なぁに、んなら、ゆっくり釣りでも昼寝でもすればええのに」

「待つだけは性に合わないんだよな」

「ほぅかい。わいといっしょだぁね」


 からからと笑って、その年配の女性は「休憩すんべ」とレンドールを誘った。

 冷やした茶と、練った生地を揚げて砂糖をまぶしたおやつを木陰でのんびりといただく。孫の話に適当に相槌を打ちながら、レンドールは落ち合う予定の人物はどの辺りだろうかと、正面の山に目を向けた。




 魔物を追い払った者として、レンドールの名はそこそこ有名になっていた。

 昇任の話もあるにはあったのだが、役職がつくと自由に動けなくなるからと断って、相変わらずの気ままな放浪を続けている。

 魔物とエラリオが渓谷に落ちてから、しばらくは魔化獣まかじゅうの発生が少なくなった。彼らを追う護国士ごこくしたちがその過程で出会う魔化獣を狩ったからなのだろうが、世間では魔物がいなくなったからだとまことしやかに囁かれている。だから、複数人指定の退治依頼に当たるのは久しぶりで、レンドールは悩んだ末に応援を呼ぶことにしたのだ。


 全く知らない人よりは、と、ダメ元で指名してみたのだが、少し移動に時間がかかるということで、近くの村で害獣駆除の依頼を受けつつ、待機している次第。

 宿もないような小さな集落だが、快く滞在させてくれているのでありがたかった。

 さて、そろそろ作業に戻ろうかと腰を上げたところで、レンドールの目の端を白いものが横切った。

 わき目もふらず、真直ぐに飛んでいく伝書鳥パッハロを目で追えば、女性も手を額にかざしてそれを見上げた。


「連絡が来たんじゃないかねぇ。気になるなら行ってくるとええ」

「いや。移動するなら明日になる。後でいいよ。やっちまおう」

「ほぅかい? わいは助かるけんど」


 慣れてきたのか、連絡が気になったのか、レンドールも少し動きが速くなる。日が傾く前には、大方の作業を終えることができた。

 伝書鳥パッハロの運んできた連絡は、夕食の頃に村常駐の護国士が届けてくれた。

 『何事も無ければ明日中には着く』

 と、思っていたよりも綺麗な字で、レンドールは自分も少し気をつけて書こうと反省したりもした。


 町まで戻り、宿を据えて待つ。護国士の連絡所にあれこれを託してあるので、部屋に居なければいけないということもない。夕方、細かい買い出しから戻れば、受付で緑の髪を一括りにした大柄な男が話していた。


「リンセ」


 レンドールが声をかければ、男は振り向いた。朱の瞳が細まり、ニッと笑う。


「よぅ。元気そうだな。国に大目玉くらったって?」

「なんで知ってるんだよ。単独活動多いんじゃないのかよ」

「俺もお小言もらう側だからな。士長とはなんだよ。今回もわざわざ個別で釘刺されたわ」


 リンセは、そこで受付の男に差し出された鍵を受け取ってレンドールに振ってみせる。


「部屋、ひとつにしてもらったぞ。今までの顛末聞かせろよ」


 レンドールは苦笑しながらも少しほっとしていた。わずかなあいだ一緒に行動していただけで、連絡をやり取りしていたわけでもなく、急な指名は迷惑だったんじゃないかとレンドールなりに心配していたのだ。


「んじゃ、まずはカードで一勝負してからだな。負けを取り返さないと」

「いつの話だよ? もう手加減はしないぞ?」

「あの時だってしてなかっただろ」


 ごちゃごちゃと益体もないことを言いながら、新しい部屋へと荷物を移す。

 ふと、エラリオを追っていた日々が戻ってきたようで、レンドールは少しだけ目を伏せた。


 あの日々から六年が過ぎようとしていた。

 ひどく長かったようにも思うし、あっという間だった気もする。その間、レンドールはずっと渓谷の底に下りる方法を模索していた。

 二年目の秋、単独で降下を試みて見事に失敗。途中の岩棚に引っかかって命は繋いだのだが、下りるも登るも出来なくなって救難信号を発信し、どうにか救出された。

 リンセが言っているのは、この時のことだろう。


「士長と国の役員だっていうおっさんにこってり絞られてさ、二年くらい減給されてたかな」

「あれを下りようなんて、よくやるな。ちゅーか、よく動いてくれたな? 救出依頼とは言え、渓谷案件は国は渋るだろう?」

「そうだな。面白いくらいに却下されるもんな」

「前に一緒してたアロって人が口きいてくれたんかな?」

「さあ……あれ以来会ってねーし」


 彼はアロとしても、ラーロとしても、レンドールの前に姿を見せることはなかった。こちらから会いに行くようなこともないし、そんなもんだろうとレンドールは思っている。

 渓谷を調査しようという試みは、歴史的に見れば何度か行われていた。が、そのことごとくが失敗に終わり、現在ではすっかり凍結されてしまっている。国が諦めたことを個人でどうにかしようとは、確かに無謀だった。

 とはいえ、それでレンドールが諦めたのかと言えば、そうでもない。

 今は資金を貯めるべきと割り切って、少しでも下りやすそうな場所を探し歩いているという感じだ。


「入ってこれるんだから、出られる場所もあると思うんだけどな……」


 レンドールの呟きにリンセは苦笑する。


「ホント、諦め悪ぃな」

「諦める必要なんてないだろ。ほら、俺の勝ち! 取り返したぜ」


 場に開いたカードを見て、リンセが天を仰ぐ。


「カードも若者の味方かよ」

「へへ。一緒に仕事するんだから、どっちの味方でもいいじゃん」

「くっそ。やる気なくすなぁ」

「手加減しようか? 


 リンセの小突きを避けずに受けて、レンドールは久々に軽やかに笑った。


「で。仕事の方はどうだって?」

「ああ」


 ゲームよりも酒に手が伸びる方が多くなってきてから、ついでのようにリンセは訊いた。


「三、四人推奨で出てた依頼なんだけど、リンセとなら二人でもなんとかなるかなって。黒化の出た大蛇らしい。夜行性で頭が良く、今のところ集落までは降りてこないが、峠は立入禁止になってる。単独で挑んだ数人が戻ってないそうだ」

「蛇かぁ……」

「もう一人、連れてくか?」


 黙って無精に伸びた髭のある顎をさすって、リンセはにやりと笑った。


「……いや。二人の方がいいな」

「だろ」


 レンドールは待ってましたとばかりに地図を広げた。

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