2-16 張り込み

 旧孤児院の入り口が見える目立たない位置に陣取って、レンドールとリンセは糧食を齧っていた。

 この時間には来ないだろうということもレンドールは話していたが、リンセは律儀に付き合ってくれるらしい。


「仕事だからってぇのもあるが、レンの相棒を拝んでみたいしな。お前さんの話しようだと、そんな大それたことをする感じには聞こえねぇんだよな」

「そうかもな。『』の試験だって、俺が無理に誘わなきゃ受けなかっただろうし」

「そうなのか? 武より頭脳派か?」

「そんなこともないよ。俺がエラリオに完勝した記憶はない」

「……へぇ」

「まあ、でも、俺より勉強ができるのはそうだけどな」


 リンセは肩をすくめるレンドールを見て、笑った。

 それから、真顔になる。


「本当に、できんのか?」

「やるさ。だから、俺がしくじるまで前に出ないでくれ」

「時と場合によるなぁ。まあ、この目で確認してから決めるわ」


 レンドールはただ頷いた。

 ぽつりぽつりと話したり、座り込んで順番に仮眠を取ったり、そのうちアロもやってきた。アロはご機嫌斜めで、何故起こさなかったのかとレンドールに食って掛かる。


「昨夜遅かったから、気遣いだろ」

「そうなのか?」

「要らない気遣いだから!」

「っていっても、結局今まで寝てたんだろ?」

「そんなことあるわけないでしょ。一仕事してきましたよ」


 アロは口の端を持ち上げた。


「隠居している『ツカサ』の中で町から離れたところに暮らしている人をピックアップして、午後から直接確認に行くよう手配しました。町に出てくるなら、今くらいから午後の早いうちにするでしょうから」

「……残されてる魔物を狙うのか」


 怯えて涙で潤む瞳を思い出して、レンドールの胃の奥が重くなる。

 まだ何もしていないのに。でも、何かしでかしてからでは遅いというのも判る。信用も権力もない現状のレンドールには、少女を見つけた者がエラリオやレンドールと同じ思いを抱いて、捕まえるに留めておいてくれることを願うしかない。

 それからふと自嘲する。自分は、斬り殺そうとしたのだったなと。そしてたぶん、この先、エラリオを斬った後に彼女も斬らねばならない。ほんの十日ばかりでは、エラリオだって彼女に何かを教えることもままならなかっただろうから。

 それが、エラリオの手を取らなかった護国士自分の仕事だ。

 ぎゅっと力の入ったこぶしに視線を落としたレンドールの肩を、リンセが叩いた。


「『司』が来たぞ」


 複雑な心境は一旦置いておいて、レンドールは顔を上げる。『士』ほどではないが、大きな町で『司』とすれ違うことは珍しくない。

 一目見て、レンドールは首を横に振った。


「違う」


 ゆっくりと歩いてきた『司』はそのまま元孤児院の前を通り過ぎていく。


「この距離で、フードも被っている『司』を判別できるんですか? 本当に声をかけなくても?」


 アロは眉間に皺を寄せたまま、通り過ぎた『司』の背中を視線で追っていた。


「心配なら声をかけて来いよ。エラリオの顔は把握してるんだろ。まあ、今の人は背が高いし、歩き方も違うけどな」


 アロは納得いかなそうな顔をしながらも、その場を動こうとはしなかった。

 昼を過ぎ、もう一人反対側からやってきた『司』も、レンドールは違うと断じた。

 元々懐疑的だったアロは焦れてきているし、リンセは飽きたのか、あくびを隠そうともしない。レンドールだけがまだ緊張した面持ちで元孤児院を見つめ続けていた。




 リンセが昼食を買い出しに行っている間に、元孤児院に訪れた子供がいた。姉妹のような二人で、上の子は白い花を売っていた少女に似ているなと、レンドールは思った。下の子はまだ本当に幼くて、ボロボロのうさぎビートのぬいぐるみを抱えている。

 片手で食べられるホットドックのようなものを適当に腹に詰め込んだ後は、通りも眠たくなる時間を迎えていた。

 レンドールがリンセの目が半分閉じているのに苦笑して、自分の頬も刺激しようと手を上げた時だった。孤児院の裏手から荒れ始めた前庭に出てきた者がいる。白っぽい服装のその人物をよく見ようと、レンドールは動きを止めた。


 庭木に遮られ、全体像は把握しづらいが、辺りを警戒するような怪しい雰囲気はなく、増え始めている雑草をどうにかしなければと思案するようにゆっくりと足を運んでいる。緊張と期待とに高鳴り始める心臓を落ち着かせようと、レンドールは意識して深く息を吸った。

 その息を吐ききる前に、フードを被った護国司が入り口前まで出てきた。中には入らず、そのまま門の方へと向かってくる。若草色の切り替えのある法衣に、目元を隠す白い面をつけていて、どこからどう見ても普通の『司』だ。


 レンドールは思わず口元に笑みを浮かべながらその場を飛び出した。道路を渡り切る前に、その人物もレンドールに気付いた。見間違いでなければ、彼も笑っていたと思う。素早く身を翻すと、孤児院の中へと入っていく。

 一拍遅れてついてきているであろうリンセとアロに、レンドールは大声を上げた。


「礼拝堂に子供がいる!」


 子供たちを心配したのではない。エラリオは子供に危害など加えないとレンドールは知っている。どちらかと言えば、エラリオと言葉を交わせる程度の時間が欲しかったのだ。

 閉まりかけるドアを壊しそうな勢いで開き、礼拝堂に続く廊下を注視する。クリーム色の法衣が(正しくは、マントの裾が)階段を上っていくのが見えた。


(上へ?)


 こんな場所で決着をつけるつもりなのかと、レンドールは僅かに眉を寄せる。魔物を連れている様子もないし、実はエラリオではない別の人間の可能性もあるだろうかと、少しだけ自信が揺らいだ。

 レンドールが階段を上り切る前に、ドアの閉まる音が響いた。並んだドアのどれに入ったのか。下の階にはあった廊下の埃だが、二階はご丁寧に掃除されていて、ひと目では判らない。一度足を止めて、身をかがめる。僅かに落ちている草の切れ端と土の欠片に目を凝らして、目星をつけた。


「……レン! どこだ!」


 リンセの声が下から響いてくるが、応えてはいられない。ドアの向こうに何が仕掛けられているかも判らないのに。

 レンドールは一息整えて、ドアノブを何度か握り直す。ドアの陰になるように位置取りをしてから、勢いよくそれを開けた。

 矢が三本向かいの壁に突き刺さった。その音でリンセも気付くだろう。

 身を低くしたまま部屋へと滑り込む。窓際に護国司が立っていた。しばし二人は見つめ合うが、階段を上る足音に『司』が口を開いた。


「遅かったね」


 その声で、レンドールはようやく自分が間違っていなかったことに安堵した。


「いや……レンにしては、早かったかな」

「あんだけヒント出されりゃ。魔物はどうしたよ? その服は……」


 皆まで聞く前に、リンセが飛び込んできた。

 どこに持っていたのか、エラリオは素早く剣を取り出して切り結ぶ。僅かな差で避けられたリンセの剣先がエラリオのフードに引っかかって、彼の金髪があらわになった。

 どうしてか、リンセは次の攻撃をためらった。エラリオがその隙を見逃すはずがない。あっという間に押し返され、体勢を崩したリンセに振り下ろされる一刀を、レンドールが代わりに受けた。

 ずっと笑んでいたエラリオの口から、小さな笑い声が漏れる。


「この二人を相手だと、ちょっと厳しいなぁ」


 踏み込んだレンドールと同じタイミングで下がり、しかし、エラリオの方が先に仕掛けてきた。リンセが回り込もうとしたのを目にすると、レンドールを盾にするように立ち位置を変える。

 かと思えば、急に激しく剣を振り、レンドールを下がらせた。


「頃合いかな」


 重たい一閃は、来ると判って受け止めてもレンドールの身体を浮き上がらせる。

 エラリオはレンドールの横合いからエラリオを狙っていたリンセに向かって、器用にその身体を蹴り飛ばした。

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