2-8 もう一人の同行者

「リンセさん。ちょうどよかった! 班長から頼まれてたんです。こちら、中央から来たアロさんとレンドールさん。合流するというのは彼らですよね?」


 ここまで案内してくれたペルラが弾んだ声を上げる。


「ああ……」


 そう言ったきり、リンセと呼ばれた男はしげしげとアロを眺めていた。

 レンドールはレンドールで「大山猫リンセ」とは言い得て妙だな、と変な納得の仕方をしていた。括れるほどではない半端な長さのあちこち跳ねた髪が、よりそう思わせたのかもしれない。

 挨拶をするでもない男たちを交互に眺めて、ペルラはわざとらしく手を打った。


「しょ、食事に行きましょう! みなさん、お腹空いてますよね?」


 そう言って連れられて行ったのは、駐屯する護国士たちの行きつけの店のようだった。看板も無く、旅の者なら民家と思うことだろう。出てくる料理も洒落たものではないが、肉中心のボリュームのあるもので、何より酒が豊富のようだった。

 少し変わった、アルコールに溶ける石を使った酒で乾杯する。鉱石に混じって採れるもので、地元でしか味わえないらしい。

 ようやく自己紹介のようなものを交わして、料理をつつき始める。


「いや、政務官とは聞いていたんだが。もっとこう……見かけだけでもデカいやつかと。ここまで大丈夫だったんなら、俺は要らないかとも思ったんだが……」


 言外に監視対象よりも心配だと言われて、アロは不機嫌そうに杯を空けた。


「心配いりませんよ? 士長さんは心配性なんですね?」

「リンセさんと行くから、アロはここで帰ってもいいんじゃね?」


 どさくさに紛れてレンドールがそんなことを言えば、アロはレンドールをキッと睨みつけた。


「そんなことを言って、彼をうまく丸め込もうという算段ですか? 帰りませんよ」

「親切心だろー」

「こちらだって仕事なんですから」


 レンドールはそうだろうか、と思ったけれども、口に出すのはやめた。リンセの目があれば、少なくとも妙な力をあれこれと使うことはなくなるだろう。レンドールの心の平穏が保たれる。


「ところで、リンセさんというのは本名ですか?」

「ああ、いや。本名を名乗っても覚えてもらえなくて。そっちの方が通りがいいからそれで通してる。仮名登録もしてるが、不都合か?」

「ですか。いえ。それでちゃんと連絡がつくのなら問題ありません」

「ああ。よろしく頼む。んで、明日はどうするって?」


 先のくるんと巻いた山菜のおひたしを咥えながら、リンセはレンドールに話を向けた。


「ペルラさんに身の隠せそうな小屋とか洞穴とかを案内してもらおうかと」

「山小屋は回ってきたぞ。最近使われた形跡も、特に手がかりになりそうなものもなかった」

「そっか。手間が省けたな。じゃあ、山向こうに出るのに、北側のプラデラと南側のプライアに抜ける道が分かれてるよな? より使われてないのはどっちっすかね?」

「南側に抜ける道だな」

「南の方ね」


 リンセとペルラの声が揃った。

 プライア村はその南にある湖を挟んで中央都市が望める立地なのだが、湖の南側にある町の方がより条件が良く栄えている。湖を渡る船があるのと、東側を流れる川を使って木材を運搬しているので住むには困らないが、外から来る人は少ないのだ。


「南は獣も出やすいから、プラデラに抜けてから平地を行く人が多いのよね」

「んじゃ、そっちの方を確認しながら進もう」

「人目につかない方を選んで逃げているということですか?」

「逆。人を隠すなら人の中だ。小さな村より活気ある町の方が見つけにくい。だから、プラデラに行ったのは間違いない」


 アロが呆れた顔をした。


「最短で追いつくのではなかったのですか?」

「見つかってない『』が気になるだろ。そいつに手がかりがあるかもしれねぇ。獣に荒らされてなければだから、見つからなくても先には進むけど。『士』が三人いることだし、大変でもないだろ」

「俺はどうでもいいぜ。ついてくだけだ」


 ペルラもそれでいいと頷いたので、方針は決まった。

 飲みすぎないうちにと引き上げて、狭いと言われた部屋に戻ったレンドールは思わず笑った。

 ベッドなら二つは入らない部屋に薄い敷物が畳んで置いてあり、広げてみればどう頑張っても重なる。リンセならひとりでぎゅうぎゅうかもしれない。顔をつき合わせて眠るのも妙な気分で、二人はどちらともなく背を向けた。



 ◇ ◇ ◇



 レンドールはエラリオと一つのベッドでお互いを蹴り合いながら寝たこともあるので、どうということはなかったけれど、アロはどうだったのか。あくびをしながら身支度を整える様子を見て、レンドールは口元だけで笑う。


寝ればよかったんじゃないか?」

「……今度はそうします」


 ぼそりとした答えは本気かどうかも判らないテンションだった。

 用意してもらった朝食を食べているうちにリンセもペルラもやってきた。ペルラの持ってきた地図で、一応歩くルートを確認してから出発する。


「地形的な洞穴などは把握していますが、動物の巣穴などは完全にとは言い難く……」

「それは言い始めたらキリがないからな。まあ、見つけられる範囲で」


 天気は薄曇り。風のないのは地形ゆえなのか、少し蒸し暑いくらいだった。

 一本道だった山道は途中で二手に分かれている。木製の標識が立っていて、町の名前と矢印が記されていた。この段階でプラデラへ続く右の道は広めに踏み固められているのに、プライア村への道は細く、道の両端から雑草が覆いかぶさるように生えていた。

 リンセが先に行き、飛び出す小枝などを払っていく。


「ずいぶん手慣れてんな。こういう仕事多いのか?」

「まあな。街仕事よか、多いかな」

「へぇ。じゃあ、魔物も追ってたんじゃねーの?」


 ちらりと振り返って、リンセはすぐにまた前を向いた。


「見つけたら追いかけようとは思ってたが」

「積極的に探す気はなかったと?」


 その口ぶりにアロが口を挟む。リンセは軽く肩をすくめただけで否定も肯定もしなかった。


「まあ、普段から魔化獣まかじゅうだの暴れ牛だのに駆り出されてるから、そのうち行き会う気はしてたんだが。こういう方面で声がかかったのはちょっと意外だったかな。レンドール君は何をしてて見つけたんだ?」

「レンでいいよ。似たようなもんだ。辺境を回って魔化獣や凶暴化した獣を討伐してた。受かってから二年くらい村に帰ってなかったんで、いったん帰ろうってその帰り道で偶然」

「そういうもんだよなぁ。ああ、俺もリンセでいいぜ。監視役のお役人を呼び捨てにしてる度胸ある奴にさん付けで呼ばれるとか、背中がかゆくなる」

「ん。じゃあ、遠慮なく」


 へへへ、と笑い合う男二人に呆れた表情になったアロが、ペルラに視線を向けたので、ペルラは愛想笑いを浮かべながら左の方を指差した。


「えっと……もう少し先を左手に入ります」


 案内通り道を外れると、とたんに足元が悪くなる。足を滑らせそうになるアロをサポートしつつ先に進めば、岩屋のような場所に出た。奥に深いわけでもなく、枯葉が溜まり、蜘蛛の巣がかかっている。

 周囲に土を掘り返したような跡があったので、山犬や狼系の獣がいるのは間違いなさそうだ。

 ざっと確認して四人は違うコースで元の山道の方へと戻る。山道には入らず横切って、今度は反対側へと分け入っていった。山が深くなるにつれ、木の幹に傷があったり、樹皮が剥がれかけているものが増えていく。根元から折れて倒れている木もあり、土が掘り返されたような場所もいくつか。レンドールとリンセは視線だけで会話をして、アロとペルラを挟むように隊列を変えた。


 崩れて埋まっていた洞窟も、大木の洞にも手がかりらしいものはなく、地図に記されているのは次が最後となった。まだ陽は高いはずだが、辺りは薄暗い。リンセがぐいと伸びをして「トイレ」と茂みの裏手へと回っていった。

 一応の警戒をしながら待っていたレンドールを、茂みの向こうからリンセが小さく呼ぶ。


「なんすか? 紙でも必要に……?」


 アロとペルラを置いて茂みを掻き分けて行けば、地面を睨みつけるリンセが目に飛び込んできた。

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