2-7 鉱山の村
非常食や薬を補充して、山越えに備えて装備を整える。これから向かう山裾にある村は、鉱員とその家族がほとんどで、レンドールたちの村とは少々趣が違う。温泉が出るので旅人が立ち寄ることもあるけれど、ほとんどが湯治客だった。
背後にそびえる山には山道はあるものの、岩場や急こう配など難所も見受けられ、商人などは日数がかかっても北側から回りこんで行くことが多い。
西の行き止まりの村、というと鄙びた陰気な場所を思い浮かべがちだが、森を抜けて現れた集落は予想に反して活気に満ちていた。
数時間もあれば歩き尽くせてしまうような村だが、芝居小屋や的当て、大小の屋台も並んでいて、さながら祭りの最中のようだった。
「口、開いてますよ。ここの人たちは山から鉱石を採掘していて、なかなか他へ行けませんから。羽振りはいいので、入れ代わり立ち代わり色々な出店が出てるんです」
アロの説明に店先の品物を覗いてみれば、確かにどれも平均より高い値段がついている。楽しそうとは思えども、レンドールの給料ではそう何日も滞在できそうになかった。
鉱山では事故も多く、常駐している護国士の数は多い。彼らには特別手当がつくので、志願者は少なくないらしい。十名ほどが交代で任に当たるのだが、そのうちの一人が行方不明になっていた。
本来の目的を思い出して、レンドールはアロの案内で詰所に顔を出す。迎えてくれたのは屈強な中年男性だった。
ホビアルと名乗った男性と敬礼と握手で挨拶を交わし、ソファを勧められる。
「消息不明になっているのは、サディという男です。村の出で、護国士になって七年目。巫女の預言を受けて、魔物捜索に志願していました。積極的に村の外にも出ていたのですが、ぷつりと連絡が途絶えて……」
「士長に報告したのは連絡が途絶えてからどのくらいでしたか」
「朝夕に連絡を入れさせていましたが、朝の連絡が無かったので夕刻まで待ち、その後ですね」
何か異変があってから丸一日、レンドールたちがこの場所までやってくるのに三日、単純計算で四日前のことになる。
「……山や森の中に放置されたなら、獣に荒らされちまってるな」
ぼそりと呟いたレンドールの言葉に、その場にいた者はみなうつむいた。
「場所はわかんねーのか? ほら、俺を回収したときみたいに」
アロを見れば、彼はゆるく首を振った。
「あなたは救難信号を発信したでしょう?」
「してたのか。ちょっと曖昧なんだよなそこのところ」
アロは何か言いかけて、周囲に視線を走らせるとその口を閉じた。レンドールはホビアルに視線を戻して先を続ける。
「探してはいるんだろ? 身の隠せそうな小屋とか洞穴とかあるなら教えてくれ。見てくるよ」
「めぼしい場所は粗方確認したのですが……」
「他に確認したいこともあるんだ。連絡が途絶える前に子連れの……というか、兄妹? が村に立ち寄らなかったか? 兄は俺と同じくらい。妹は人見知りがひどくて、髪は紺か灰かみたいな」
ホビアルはしばし考え込んで、後ろにいる数人にも視線を投げた。
「屋台の方はいつも賑わってるからなぁ。いたといえばいたし……四、五日前の巡回担当は……ペルラだったか?」
「はい」
歯切れのいい返事をして立ち上がった女性が、レンドールたちの方へとやってくる。銅色の髪を束ね、勝気そうな瞳は淡い紫で、レンドールより五つほど年上だろうか。
「当時は金髪碧眼の男性に意識を割いていましたので、他は少し曖昧ですが、そういう組み合わせの旅人はいたような気がします」
「宿でも訊いてみよう。どこに向かったかはわからないよね?」
「すみません……」
悔しそうに視線を落とす護国士の姿に、レンドールは顔を上げろと手振りで示す。
「騒ぎを起こしたわけでもない客を疑えないよな? 戻られてるとちょっと厄介だけど、まあ、ないだろ。山をどっちに抜けたのかがわかるといいんだが。宿とさっき言った小屋なんかの場所を教えてくれよ」
「鉱山周りは坑道が入り組んでいて、落とし穴のように崩落している場所もあるから、むやみに歩かない方がいい。ペルラ、案内してやれ」
「はっ」
「ついでに士長がよこした彼に会ったら引き継いでおいてくれ」
ひとつ頷いてからホビアルに綺麗な敬礼をして、ペルラはレンドールたちに一礼したのだった。
宿に向かう途中、レンドールは前を行くペルラに並んだ。
「宿ってひとつだけ?」
「いいえ。湯治客が利用する宿は常連の長期滞在者が多いので、もう二軒あります。主な客は屋台の店主たちですが」
「……いつもそんな硬ぇの?」
ペルラはちらりとアロを振り返って、小声になった。
「政府の役人といて、アンタこそなんでそんなに緊張感ないのよ?!」
「俺、監視されてる側だもん。繕ってもしょうがねえ」
「監……?」
「逃げてんの、俺の相棒」
「…………!?」
寄せていた頭を弾かれたように上げて、ペルラはもう一度アロを振り返った。
「え……じゃあ、士長が寄越した人って……ていうか、友達を取り戻そう、とかいうつもり?」
「あいつの意思でしてることを邪魔するつもりはねーけど、護国士の職務は全うしなくちゃならんし、追うって約束したからな」
「約束? 役人と?」
「いや。あいつと。サディってペルラの恋人だった?」
「え? ただの仕事仲間だけど」
唐突な質問に訝しげな顔をしながら、ペルラは答えた。
「そう。あいつがやったんだったら、だいぶ強かったんだろうなって。手加減できないくらいに」
「まあ、そうかな。わりと、周りが見えなくなるタイプではあったけど」
「……なるほどね。追跡者にはうってつけの性格かもな。追われる方はウザイけど」
「そういう見方も? 思い込むと先走るから、チーム組んでやる仕事は結構大変だったな」
そんなことを話しているうちに宿に着いたようだった。
二階建ての、同じ造りの部屋が並ぶ構造。
「士長の寄越した人もここに泊ってるから、部屋取っちゃいなよ。どうせもうすぐ暗くなるし、宿回って話聞いて今日は休みな。明日朝一から山に入ろう。おかみさーん! 新規さん部屋ふたつ……」
「ひとつで」
玄関で声を張り上げたペルラを遮って、アロが黙っていた口を開いた。にこりと笑われて、ペルラがきょとんとしてる。
「狭いよ?」
「言ってるだろ? 監視されてんだよ」
肩をすくめたレンドールに、ペルラはやや同情の視線を向けた。
部屋に入ることもなく、一通りの話を聞いていく。屋台を出す者たちは家族連れで来ることもあるようで、似た組み合わせの兄妹が数組いたらしかった。
紺色の髪の兄妹。
灰色の髪の兄妹。
こげ茶の髪の兄妹。
「年代的に合いそうなのはそのくらいかねぇ。面倒見がいいなと思ったのは紺の髪の子たちかな。お兄ちゃんが優しくてねぇ。魔物? あのおとなしい子が? まさか」
長い前髪でうつむきがちな、兄の後ろに隠れている恥ずかしがり屋。
もう一つの宿のおかみさんはそう話してくれた。
湯治宿の方は収穫無しで、ただ温泉に浸からせてもらって戻ってくる。陽が傾き始めて薄暗くなり、まさに目の前で明かりのついた玄関口を開けると、小豆色の背中が立ち塞がっていた。
振り返った男と目が合う。
年の頃は四十手前といったところ。レンドールより頭一つ大きくて、がっしりとした体つき。制服も腰の剣も年季が入っていて、しかし手入れはきちんとされていた。
濃緑の髪と日に焼けた肌は天然の迷彩になりそうで、怖い顔つきではないが、力強さを感じる
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