2-3 手がかり
女性の営む食堂は、レンドールたちが出てきたという酒場よりも、もう少しだけ中心街の方に寄ったところにあった。旦那さんが川で魚を捕ったり、二人で山に山菜を採りに行ったり、地元の猟師に山豚や鬼鹿を分けてもらうこともあるという。
酒場が近いこともあり、早朝から夕方までの営業なんだと、手を休めずにおかみさんは言った。
「あんたたちみたいに、夜中に酒場を追い出されて朝まで道で寝てるバカもいるからさ。たまに声かけるんだけど。大概はお茶か水くらいしか口にしないねぇ」
仕事前に朝食を食べに来る者はそこそこいるらしい。
仕事中に一服しに来る者も。
さっき畑で採ってきたばかりのみずみずしいトママたっぷりのサラダ。産み落とされたばかりの卵は黄味が二つで、ベーコンはカリカリ。
硬めのパンはミルクスープに浸って出てきた。レンドールの分だけ。
「少しは胃に優しくしてやらないとね」
「食った気がしねぇよ」
ぼやきながらも綺麗に平らげるレンドールをおかみさんは満足そうに見ていた。
「でさ。噂のこと聞きたいんだけど」
「魔物のことかい?」
「それそれ。誰か魔物見たって?」
「見たとは言ってなかったねぇ。宿の主人もそれらしい子供を連れた客は泊めたけど、来た時は眠っていて、早朝に出て行ったらしくて、確認したわけじゃないってさ」
「連れの男が何買ったかとかいう話はない?」
「それが、買い物するときは子連れじゃなかったらしくてね。あんまりみんな覚えてないんだよ。ただ、濃紺の毛糸をそこそこ買った旅人はいるらしくて、それは、ほら、季節外れだろ? これから暑くなるし。残り物を安く売ってたっていうのもあるとは思うけど」
「毛糸?」と、アロは眉を顰めた。
レンドールは掘り下げることもなく、話題を変える。
「ふうん。あと、山とか森の様子に異変はない?」
「そうだねぇ。立ち入ってる範囲ではないけど……町や村を回ってくる
「あれ。この辺は護国士の派遣も多いから、駆除は早い段階でされてると思うけど……」
レンドールがアロに視線を移せば、彼はコクリと頷いた。
「もちろん、魔物の追跡だけをさせているわけではありませんから」
「遭遇した話は聞いてないから、きっとちゃんと駆除されてるんだよね。今度聞いたらそう教えとくよ!」
ほっとしたように笑ったおかみさんは、食後のお茶を淹れてくれた。
そうこうしているうちにぽつりぽつりと客も来始めた。忙しくなる気配を感じて、二人は腰を上げる。
もう一度礼を言って食堂を出れば、アロが難しい顔でレンドールを見上げてきた。
「毛糸、彼でしょうか? 上がってきた報告にはなかったような……北に向かうから? 単に冬に向けての準備を? それとも標高の高い山に籠るとか」
レンドールはにやりと笑って、南の方を指差した。
「まあ、もう一つ確認してからだ。身包み剥がされたやつらが放置されてた山に行ってみよう」
「一通りは調べてますよ? まさか戻ってきて潜伏してるとか言うんじゃないでしょうね?」
「さすがにねぇだろうな。剥いだ後は即退散してるだろうし」
「無駄足な気もしますが」
「通ってくる予定だったのをすっ飛ばしたのそっちだからな。別に、ここに残っててもいいぜ」
アロは言葉に詰まると、頬を膨らませて一歩先に出た。レンドールは笑いをこらえながら、その後に続いたのだった。
◇ ◇ ◇
素直に道を行くなら、そう苦労もない比較的なだらかな山だ。
峠を越えたと思って油断すると、もう一度上りが待っていて騙された気分になるのだが。
その、へこんだ部分から南東に連なる山の方に分け入っていく。山菜を採りに入る者があるのか、獣道のようなものがしばらく続いて、それもやがてわからなくなると、アロが何やら取り出した。
灰色で黒っぽいまだらのある磨かれた石で、掌に置いて差し出すようにすれば、司令室で見たような地図が宙に浮きあがった。あれよりはだいぶ小さいが、どういう原理なのかぐるぐると方向や角度を変え、アロは真剣に見入っていた。
「二人が放置された場所まで行きますか?」
「そうだな。すごく助かる……が」
興味津々のレンドールの顔を見て、アロはちょっと得意気な顔をした。
「ふふん。レンには扱えませんよ」
「なんだよ。それも『
「まあそうです。記録するのと、取り出すのはまた別の能力ですが」
「不用意に漏らすなって言われてんじゃないのかよ」
「そうですね。でも、安全省での移動や会議室等での投影は、ラーロの能力の応用で作られていますので、知っている人は知っていますから……だからといって吹聴されるのは歓迎しませんよ?」
にぃ、と笑う様は、歓迎どころか口封じされそうな雰囲気で、レンドールは一度背筋を震わせた。
「……『司』が顔隠してる意味が解った気がするわ」
「でしょう? 不用意に犯罪に巻き込まれないためですよ。こうして髪を染めて面を外せば、民に溶け込めますから」
「俺がアロをアロだと信じてたら能力は使わなかったのかよ」
「何か一つに絞ったでしょうね。そういう意味ではよかったのかもしれません。僕も楽ですから!」
今度の笑顔は少年らしく、レンドールは微妙な気分になる。気づかないふりをした方がよかったのかもしれないなと。
味方なら便利なだけだが、見張りとなると居心地が悪い。
あまり深く考えないようにして、レンドールはアロの先導に従った。
到着した先は、ちょっとした谷間にある小さな洞だった。
雨風がしのげて、少し下れば小さな川が流れている。
エラリオらしいなと思いながら、レンドールはカンテラに火を入れた。深くはないが、隅々まで丁寧に見ていく。
「何もなかったですよ?」
アロの呆れたような声にも返事をせずに、見落としがないか目を凝らす。残念ながら、洞の中には枯れた草が散らばっている他は、
くるくると指先で羽根を回しながら戻ってきたレンドールに、アロは怪訝そうに首を傾げた。
「それが、何か?」
「これ自体は別に。この辺にコイツの巣がないか探してくれよ」
「巣?」
アロは目線を上げて、ぐるりと見渡す。
レンドールは洞の周辺を、草を掻き分けながら見て歩いていた。
「いくつかあるようですが……」
アロの指差す巣のかかっている木を確認して、「よしっ」と気合を入れる。手袋を取り出して嵌めたかと思うと、レンドールはするすると木に登っていった。
巣の中を確認して下りてくること三回。
呆気にとられていたアロの目の前に、黒っぽくてもじゃっとしたものを突き付けた。
「……なんですか?」
「だいぶほぐされちまってるけどな」
レンドールは手の中でそれを
「毛糸?」
薄汚れて黒ずんでいるけれど、よく見れば濃紺の毛糸に見える。
エラリオが毛糸を買ったかもしれないという情報はあれども、アロには青鴉の巣にある物との繋がりが見えてこない。眉を顰めているアロに、レンドールはちょっと笑った。
「エラリオは手先が器用だって言っただろ。ここまで戻ってきたあいつは、子供を連れてなかったんだよ」
「そんなはずは。二人の証言でも、黒髪の子供を背負った護国士を見つけて追いかけた、って」
レンドールは先ほどの青鴉の羽根をポケットから取り出した。
「青鴉ってさ、一見黒に見えるんだよね。陽が当たると、青く反射して綺麗だけど」
木漏れ日に羽根を差し出して、角度を変えて見せる。
魔の使いと言われることはあっても討伐の対象にならないのは、この羽の色のためだ。
反対の手に持った毛糸と並べて見せれば、アロは半分ほど分かった顔をした。
「汚れたり、濡れたりしていれば、毛糸の方が黒に近く見える。黒の糸は売ってないから……」
レンドールは頷いた。
「エラリオは人形を背負っていたんだ」
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