1-7 千里の道も一歩から
地図には複数の赤い点がつき、そのうちのいくつかが点滅している。
レンドールが予想した、エラリオが立ち寄った町の点も点滅していた。
「逃走時の服装などは通達してありますが、この町に寄ったところですでに変えられているでしょうね」
レンドールの見つめていた点に画像は寄る。
「動かせる『
少し画像が引いた。
「この辺りを重点的に聞きこんでみましたが、
地図上に重なるようにして文字と似顔絵が浮かぶ。エラリオはだいぶ似ていたが、少女の方はまあそんな雰囲気だった、というくらいだ。
「エラリオはその通りの金髪に青い目の優しそうな
「危険そうな感じは?」
レンドールは画像から目を離し、ラーロの方を見た。
「雷に怯えてた。魔物だと判ったから斬ろうとしたけど、それまで斬ったどの獣より弱そうだった」
「……なるほど。我々や一般の魔物のイメージと違っているのかも。であれば、見過ごされているのも納得がいきますね。あなた、絵は描けますか?」
「俺に芸術的なモンを要求するんじゃねぇや」
しばし動きを止めたラーロは、ふむ、と腕を組んだ。
「……覚えておきます。ではやはり、あなたを連れて行った方が早いということになりそうですね。変装した彼を見分けられると思いますか?」
「それは問題ない。あいつから色が抜けたって、判る」
「……魔物に魅入られれば、黒く染まっていくと思いますが」
「それでも、判る。つーか、あいつは染まりきらねぇよ。俺だったら、わかんなかったとこだけど」
「おや。彼には負けないのではなかったのですか?」
ややからかい気味にラーロは訊いた。
「俗っぽさでは負けねえってことだろ。まあ、でもきっと踏ん張ってみせるさ。あいつが来るまで。だから」
(エラリオも、俺が来るのを信じてる)
手首の内側に刻まれた痕を見ながら、レンドールはそのこぶしを握る。
(こんなものあってもなくても同じ。俺のすることも信じてることも、変わらない)
「もう、行っていいか? こんなとこで話してたってあいつは見つからない。とりあえずあの町まで行かないと」
立ち上がったレンドールに、ラーロは「いえ」と首を振った。
「ならば、対策室の人間と顔合わせしておかなければ。あなたの目的を誤解されても困るでしょう? ……お目付け役も必要でしょうし」
「めんどくせぇな。じゃあ、最初から人集めときゃよかっただろ」
「隔離部屋から出た時点で、逃げ出す可能性もありましたからね。みな、忙しいので」
「どこまで信用ねーんだよ。俺はずっとおとなしかっただろ」
「そうですね。私も問いたいです。何故それほど信じられるのですか」
レンドールは白い面の向こうをじっと覗き込もうとした。その目は見えないが、視線は感じる。睨み合うような時間は、実際はそれほど長くはなかった。
レンドールはふっと肩の力を抜いて、おどけて言う。
「あんたたちも、神様を信じてるんだろ?」
応えるラーロの声はどこまでも平坦だった。
「彼は神ではありません」
微妙な空気が流れたのだが、そこに割り込むかのようにラーロの胸元で資格証の石が光った。大きくはないものの、キンキンと耳の奥に刺さるような高い音がする。
ラーロは冷静に資格証を外して、演台に置いた。レンドールからは陰になって見えなかったが、それをはめ込む窪みがあった。
先ほどまで地図が浮いていた場所に、護国士長の姿が現れる。肖像画のようで、動いてはいない。
『ラーロ様、報告よろしいか』
「問題ありません。続けて」
ラーロはレンドールに向けて「静かに」と言うように指を一本立てた。
『エスタの町から北に二日ほど行ったところにある村で、『士』が一人帰らないと。追跡に志願していた者なので、あるいは。もちろん、獣や事故の可能性もあるとは承知したうえでの報告です』
「ええ。どんな些細なことも報告してくださいと言ったのはこちらですから。わかりました。少しその辺りに派遣する人数を増やしましょうか」
『は』
「それと、ちょうどいいので特別追跡班の参加を報告しておきます」
『……特別、班?』
ラーロがレンドールの胸元を指差して、よこせと身振りで示すので、レンドールは何をするのかわからないまま、それを渡す。
ラーロは自分のものとはまた違う窪みにそれを置いた。
『……これ、は!』
護国士長の驚きの声が聞こえるものの、何が起きているのかはレンドールには解らない。
「士長は覚えておいでですね? 追跡対象と最後まで組んでいた者です」
『彼を投入するのですか!? というか、一緒におられるので?』
「何度か面会を重ねてね。全面的な信頼は置けないけれど、まあ、有用だろうと。こちらから見張りを一人つけますし、対策もしてありますので。それでも心配だとおっしゃるなら、どこか合流地点でそちらから『士』をつけてくださってもよろしいですし」
護国士長はしばし黙り、小さく息を漏らすと元の平常な声音に戻った。
『ラーロ様の判断を信じます』
「ありがとう。引き続きよろしくお願いします」
護国士長の映像は消え、レンドールの資格証は放り投げられて返ってきた。
「うん。いいタイミングでひとつ片付いた。後は……」
「早くしろよ。エラリオが見つかったかもなんだろ?」
「可能性の端っこが見つかっただけですよ。人員を増やすにも今すぐとはいきませんからね」
「あいつに無駄な殺しをさせたくねーんだよ」
やれやれと言うように小さく頭を振って、ラーロは壇上から降り、レンドールの腕を掴んだ。そのままドアを開けて出て行く。
「なんだよ。どこ、に……?」
踏み出した先は、白い小さな部屋だった。
上品な香草茶の香りがして、三人の小柄な人物がテーブルを囲んでいた。
ラーロのような顔を覆い隠す白い面には銀糸の刺繍。それぞれの頭髪はほぼ真っ白で、三人揃っていてようやくわずかばかりの色の差異があると判る。
ぐい、とラーロに頭を押さえつけられて、レンドールは慌てて跪いた。
そうしなければいけない雰囲気だった。
ラーロも深く腰を折って一礼する。
「休憩中、ぶしつけに申し訳ありません」
「ふふ。二人ともお座りなさい。お茶の用意はできてますよ」
柔らかな老女の声に促され、ラーロはレンドールの腕を引く。彼女の言葉通り、湯気を立てる茶の用意された場所に腰を下ろしたが、膝の上に手を置いたまま、レンドールはしばらくそのカップから目を上げられなかった。
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