1-6 魔物対策室

「お迎えだぞ。ったく、異例づくしだな」


 苦笑した看守の横には、目元だけを隠す布面をつけた男が立っていた。

 レンドールよりも大柄だが、法衣を着ているので護国司だろう。法衣の襟と袖口がオレンジ色の、いわば下っ端。

 男は軽く一礼して名乗った。


「モーヴと申します。ご同行願います」


 看守は、エラリオと別れた時に持っていたレンドールの荷物を雑に押し付けてきた。


「もう来んなよ!」

「元から悪いことはしてねぇって」


 憮然とするレンドールを看守はカラカラと笑って見送った。

 レンドールは五日ぶりに腰に剣を佩いて、ようやくしっくりときた。背筋もピンと伸びた気がする。

 レンドールの支度が終わったのを見て、モーヴは先だって外へ出ていく。


「で? 俺はどこへ連れていかれるんだ?」

「魔物対策室へ、ひとまずご案内します。その後のことは、そちらでお尋ねください」

「対策室、ね。ラーロ……さん、もそこにいんの?」


 追いついてきたレンドールをモーヴはちらりと見た。


「ラーロがおられるかどうかは判りませんが、あなたがラーロ様に直接お会いしているのなら、おそらくまたお会いできるでしょう」

「いや、別に会わなくてもいいんだけどさ。ずっと直接来てたから、なんで今朝は自分で来ないのかなと」


 重めのため息がモーヴの口から洩れた。


「彼は、巫女や巫女老みころうと我ら下の者を繋いでくださっています。ゆえに多忙で、本来なら尋問などは他の者の仕事なのです。が、今回は辺境にも護国司を回して情報を集めようとしているので……手が足りていなかったのです。『』の方々は武に長けていますので、尋問などは相応の力を持った者でないと危険が伴いますから」

「『』だけじゃなく、『ツカサ』も出てんのかよ!?」

「そういうことです。お若いので気さくですが、その力は底が知れず、巫女老の方々も一目置いているとか……あまり、失礼のないようにお願いします」


 レンドールはちょっと頬など掻いて視線を逸らしたが、すぐに別のことを訊いた。


「やっぱり、あいつってすげーの? 『司』はみんなああいうこと出来るのかと、ちょっとビビったんだけど」

「『ああいうこと』がどれを指すのか判りませんが、色が抜けた者は、人より抜きん出た特別な能力をひとつ授かるのが通例です。が、ラーロ様は複数の能力を有しているという噂ですので……」

「あ、普通はひとつなのか? いや、それでもすげーけど……そうか。なるほど。それであんな偉そうな法衣なのか」

「……偉いんですよ」


 モーヴは諦めたように苦笑した。


「じゃあ、モーヴさんの能力ってどんなの?」

「個人の能力は、必要な時以外は使用も口外も禁じられています。ラーロ様のそれも、軽々しく吹聴することはおやめくださいね」

「あー……そういう感じね? 了解」


 レンドールは自分の左手首を掴んで、そっと撫でた。

 ラーロは口止めのようなことは何一つ言っていなかったけれど、吹聴したところで彼の威信が高められるだけのような気がして、レンドールはおとなしく黙ることにした。

 代わりに周囲の様子を注意深く観察してみる。辺りは見通しのいい開けた土地で、少し向こうには住宅街があるようだ。首を巡らせれば、すぐ丘の上に立つ建物が目に入る。どうやらここは丘の北側らしい。城下町は丘の南側に賑やかな商店街があり、北に行くにしたがって簡素で静かになっていく。

 モーヴは丘の東側に向かっていた。丘の北側は急な斜面もあり、登っていく道はない。南側に大通りが整備されているので、宮廷や国家安全省に行くにはだいたいがそちらを利用する。東と西にも道はあるのだが、整備されてというよりは踏み固められて、という印象だ。


 レンドールが国家安全省に足を踏み入れたのは、試験のとき二度だけ。それも、別棟の広い屋内運動場のような場所だった。

 モーヴはいかにも慣れた感じでその建物横を通り抜け、正面から安全省へと入っていく。

 そのまま受付まで進み、レンドールを促した。


「……って、え?」

「資格証をお願いします」

「あ、はい」


 受付に座っているのは普通の男性で、法衣ではなく、小豆色の護国士のものとは色違いの青い制服を着ていた。宮廷側の政務官だと判る。素直に資格証を渡せば、横にある装置にそれを置いた。上下から淡い光が漏れ、しばらくすると消える。男性は事務的に「どうぞ」と、資格証を差し出した。


「……どうも」

「では、こちらへ」


 黙って待っていたモーヴが踵を返したので、レンドールもその後に続いた。


「資格証に通行許可を付与しました。次からはお一人でも中に入れます」

「中にって……」


 受付の少し奥には確かに腰の高さくらいの柵と金属製のアーチがひとつあるのだが、扉があるわけでもなく、出入りは自由だ。奥には噴水と観葉植物が配置してあって、今も職員と辺境から来たような観光客がくつろいでいた。


「お見せした方が早いので」


 そう言うとモーヴは楕円形の『司』の資格証をアーチの装飾っぽい赤い石にかざした。

 目線で反対側にある同じ赤い石を指し示されたので、レンドールは自分の資格証を同じようにかざす。


「魔物対策室へ」


 赤い石と資格証についている石が一度同じように瞬き、アーチ内の景色が水面に映っているかのように微かに揺らぐ。


「どうぞ」


 促され、レンドールはためらいながらもアーチを潜った。

 一歩。アーチの向こう、目の前は会議室の中だった。今まで見えていた噴水はどこへ? と、振り返れば、モーヴもこちらへ踏み込んだところだった。モーヴの背後の景色は水に石を投げ込んだ時のようにいくつも波紋を広げている。


「通じる場所は個人によって違います。今のあなたはエントランスとこの場所だけ。必要があれば増えるでしょうし、必要が無くなれば抹消されます。私の役割はここまでです。少々お待ちください」


 瞬き一つの間くらいで不思議な揺らぎは消え失せ、そこには普通のドアが現れた。モーヴは端的に告げると、そのドアから出て行った。

 レンドールはそっとドアを開けてみる。窓のない廊下で、同じ扉がいくつか見えた。気配にモーヴが振り返ったけれど、すぐに背を向けて行ってしまう。


「廊下には出られますが、階段室や他の部屋には入れませんので、あなたはこの階から移動できませんよ」


 背後からかかった声に、レンドールは肩を跳ね上げた。

 慌ててドアを閉めて振り返れば、お馴染みの法衣と刺繍入りの白面をつけた人物が立っていた。今日はフードを深く被ってはいるが、レンドールより少し低いくらいの背と、声からラーロだと思う。


「い、移動できないって、帰りはどうすんだよ」

「廊下の突き当りにアーチが設置されていますので、そこからどうぞ。エントランスに出るには制限はありませんので。まあ、まずお座りください」


 半円形に配置された一番手前の椅子を雑に示して、ラーロは正面の壇上に立つ。演台に向かい手元で何か操作すると、会議室中央に大きな地図が浮かび上がった。

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