5:目隠し

 翌朝、俺はさっそく、奴隷を売っていた店主はどこにいて、どのような人物なのか、聞き込みを始めた。

 ルースは置いてきた。部屋で待機するように言うと、素直に従った。

 ひとまずは、昨日のリサイクル品として回収した、子供用の服を着せて、後は食べ物もある程度は置いてきた。好きに飲み食いしていいとは言ったが、ちゃんと食べてくれるか、心配だ。

 早く情報を仕入れないと。

 目についた人らに、片っ端から探っていく。


「昨日の奴隷商人? いや、知らないね」


「この時期になるといつも他所からも何件か商売しにくるんだけど、あの奴隷商人もそうだよ。毎年くるんだ」


「昨日はでも、さっさと店を閉めてどこかに行っちまったよ。早急に目玉が売れちまったもんで、もう商売あがったりだって、むくれてたぜ」


「いつもそうよ。あの奴隷商人、当日にはもう街を出ていくのさ。休む間もなくひっきりなしに連れられて、奴隷の子らも可哀想なもんだよ」


 ……返ってくるのは、どれもろくなもんじゃなかった。

 みんな快く受け答えしてくれるおかげで、昼前にはもう、あらかた情報が出そろった。

 導き出されたのは、奴隷商人はもう、どこにいるのか見当もつかない。というものだ。

 奴隷を率いての大所帯。そんな目立つ集団が街にいれば、見逃すはずがない。誰も見かけないということは、つまり例年通り、奴隷商人は昨日のうちに行方をくらましたという線がおおいに妥当だ。


「……帰るか」


 別に焦らなくったって、ルースはもう奴隷じゃない。自由の身だ。

 これからゆっくりと、時間をかけて、彼が失ったものを、一つ一つ取り戻していこう。

 そうと決めて、宿に向かう。


 そして、宿の扉をギィと開けた瞬間—―。


「オラァ!」


 気合の籠った掛け声と共に、後頭部に強い衝撃が走った。

 意味も分からず、痛みよりも驚きの方が強くて、声のした方に顔を向けた。そこにいたのは、知らない男だった。

 知らない男を目視しながら、俺は、平衡感覚を失って、床に倒れた。


 ぐわんぐわんと、吐きそうなくらい目が回る。

 息苦しい。鼻血がトロトロと流れ出てくる感覚がわかる。

 指一つ動かせない……。


「おい、こいつか? 例の行商人は」


「は、はいい……この方です……」


 誰かの会話。一人は、この宿のマスターだ。声でわかる。震えた、怯えきった返事だ

 もう一人は、俺を殴った奴とはまた違うな。話しぶりから、宿屋の金銭を狙った犯行ではなく、俺がターゲットであるようだ。

 こいつら、行商人を狙った盗賊団か。


 まいったな。街中だからと、油断しきっていた。いや、いつもなら街中だろうと、護衛をつける。だが、今回は大きな出費もあったし、状況もてんやわんやだった。本当に迂闊だった。


「おーい、こいつ、奴隷侍らせてやがったぜ! 部屋に裸で待たせてやがった! いい趣味してやがるぜ!」


 階段を下りてくる足音と共に、またもや盗賊の仲間がエンカウント。足音は二つあったが……。


「ご、ご主人様!」


 そう叫ぶのは、ルースの声だ。

 最悪だ。ルースも捕まった。ひどいことはされていないだろうか。ああ、彼にはも

う、自由になってほしかったのに、盗賊に捕られてしまうなんて……。


「ご主人様! ご主人様! だ、大丈夫ですか!」


「うるせぇな! 黙ってろ奴隷ごときが!」


 盗賊の怒声と、打撲音。何が起こったのか、見たくもない。

 指先に、ようやくぴくりとだけ力が籠められるまでに回復したものの、俺はただ、目をつぶる他できなかった。


「うう、ご、ご主人様……! あう!」


 ルースの悲痛な声がする。やはり殴られたんだ。そして今も……くそ、腹が立つ。


「おい、いい顔立ちしてんだ。あまり傷つけんなよ。目隠ししておとなしくさせてろ。それから、ついでにこいつも奴隷として連れて行こうぜ。金も目ぼしい商品もあまりねえでやんの。せめて自分自身が商品になりな」


 げ、俺もかよ……。

 てか、奴隷になる前に、わりとガチで、死にそうんだけど……。

 アタマイタイ……。


「うわあ! 真っ暗! 何も見えないんですけど!? え、ここどこ? 僕どうなってんの!?」


 突如として、パニックになってしまったルースの声を響き渡った。

 目隠しをされたんだ。それで気が動転して、あんなことに……。またも殴られて、黙らされる。その前に、どうにか静まってほしいんだが……。


「だから、うるせぇってんだよ! 奴隷が!」


「痛ったぁ! え!? 何すんのいきなり!?」


 また殴られた。それにすら驚いて、声を上げるルース。心なしかキャラまで変わってるようにも思える……。またやられるぞ。いいかげん、声を出しちゃダメなんだ。気づいてくれ……。

 俺の切なる願いとは裏腹に、途端に、辺りがざわついた。

 俺の視界に映る範囲で考察してみると、……なんだ? 盗賊たちが、動揺している?


「な、何しやがったてめぇ! 奴隷の分際で、俺たちに手を出したのか!」


 なにっ。ルースが反撃した?

 いやそれ、目隠し状態で、パニックになって、暴れた拍子にたまたまだろう。

 そう思った矢先、ルースの声が発せられる。


「先に殴ってきたのはそっちだろ。俺だって、目隠し状態だったし、反射的にカウンター入れちゃったんだよ。てかあんたら誰!?」


 信じられないが、ルースにはカウンターを当てた自覚があるようだった。

 てか、なんだその声色。そのキャラ……。最初は、ただパニックを起こしたものだと思っていたけど……。

 どうしても、あの頃のルースの姿が、思い浮かぶ。


 頭痛がひどい。ちょっとでも動くと、激痛のサイレンがガンガンガンガン鳴り響く。

 それでも、ルースにおこった状況が、どうしても気になった。

 渾身の力を振り絞って、上体を起こす。ルースのいる方に目を向ける。


 長いストレートの青髪。華奢な体躯は小さく、全裸だ。

 そして、黒い布を目に巻いてある。

 その姿は、決して、これまでのオドオドとした様子はなく。

 背筋がピンと伸びて、威風堂々たる立ち振る舞いのようであった。


 ルースだ。まるで村にいた頃のようだ。

 村の誰よりもチャンバラが強くて、ムードメーカーで、小さいながら本当に頼れる俺の親友。


「ルース……!」


「あれ? その声、ラクト? お前もいたのか! よかったー! 待ってろ、今そっちにいくから……」


「待てや! 殺すぞてめぇ!」


 俺たちの感動の再会に割って入る盗賊たち。

 だが、ルースは彼らをものともしなかった。

 見えていないはずなのに、向かってくる盗賊の動きがまるで手に取るようだと言わんばかりに、攻撃を避けて、捌いて、そして返しのカウンターを決めていく。

 あっという間に、盗賊たちは床に沈んだ。


「すごい……」


「お、ラクト、そっちにいるのか。待ってろよ、今くぞっと……」


 ルースは、俺のいる方向を的確に把握し、意気揚々と近づいてくる。

 そして、俺がとめどなく溢れさせていた鼻血によって、ものの見事に、つるんと前のめりに体勢を崩した。


「あっ」


 そんな声を聞いて、ルースが俺の頭頂部に頭突きをかましてくるもんだから、俺の意識は、そこで途絶えた……。

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親友が売られてたからとりあえず買ったけど既に『調教済み』だった件~男娼奴隷のメンタルケア~ 【偽】ま路馬んじ【公認】 @pachimanzi

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