4:しずく

 右足の甲を舐められた。

 ぬるりと。生暖かいくすぐったさに、痺れるような感覚を覚える。

 ルースの舌が這う柔らかな感触に、全身の触角が呼応して、たちまち鋭敏に研ぎ澄まされた気がした。


「うあっ」


 たまらず声を漏らす。同時に足を引いて、彼の行為をやめさせた。

 ルースは、赤く火照った頬を隠そうともせず、上目遣いで、舌を出したままの艶めかしい表情を俺に剥けるのだった。

 唾液がたらりと糸を引いて、月明かりを反射した。


「ルース。落ち着け、もう君は奴隷じゃない。そんなことをしなくても、大丈夫だから。もう怖いことなんてないから……」


 俺の知る、十二年前までの親友からは想像もできない行動。

 そして、俺が行商を始めてから知りえた、奴隷の扱われ方。……その知識に該当しない、親友のみすぼらしさ。

 どちらをとっても酷いギャップに、たまらず涙がこぼれ落ちた。


「ラクト……。ああ、ごめん。ラクトにそんな顔をさせたいわけじゃなかったのに……でも僕は、こうすることしか、教えられてない・・・・・・・から……」


「ルース、君はもう奴隷じゃないんだ。だからそんなに、卑屈にならないでくれ……」


「奴隷じゃない……? でも、僕はラクトに買われて、今はラクトが御主人様たから……」


「違う! 俺と君の間に主従関係はない!」


「ひっごめんなさい、僕、何か失敗しちゃいましたか……? 御主人様、ごめんなさい。ごめんなさい……」


 違う。ルースはもっと、感情豊かにものを喋っていたはずだ。そんなビクビクと怯えながら、人の顔色を伺ったりするやつじゃなかった。


「……いや、悪いのは俺の方だ。ごめん、きつく言い過ぎたね。今日はもう寝よう。明日また、ゆっくりと、お話しよう。ね、ルース」


 ベッドに座り、ぽんぽんとシーツを叩くと、ルースはオドオドと頷いて、そこに座った。

 細くか弱く、小さな男の子。同い年なのに、まるで彼は、村を出たあの頃と同じ背丈だった。


 折れないようにそっと抱きしめて、彼の冷え切った体を、俺の人肌で温めた。


 明日は、色々と調べないとな。

 ルースを売っていた店主はまだこの街にいるだろうか。

 そして、この紋章の意味……。


「あんっ」


「ご、ごめんルース、痛かった?」


「だい、じょうぶです……」


 ルースの下腹部に焼印された紋章を、無意識になぞってしまった。

 それからは、とろんと潤んだ瞳を見ないように、目を瞑って、朝がくるのをひたすら待ち続けた。

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