3:親友から奴隷へ

 ……気が付くと、夜も更けていた。どうやら寝てしまっていたらしい。

 ルースの細い体を拭き終わると、彼は気絶するように眠りについた。

 いきなり倒れたのには焦ったが、ちゃんと呼吸をしているのを確認して、胸をなでおろす。

 途端に、俺も疲れがどっと押しよせて来たというわけだ。


 部屋に差し込む月明かりのおかげで、何も見えない暗闇というほどでもなく、室内の全体像が青みがかったモノクロに映し出されている。


 先ほど寝かしつけたルースの姿は、今はベッドの上にない。

 彼は、窓に腰かけ、夜空を仰いでいた。

 冷たい夜風に青髪がなびいて、手櫛で直すようなしぐさをすると、ふと、俺が起きているのに気付いて、こっちを向いた。


「……ラクト。ごめん、寒かった?」


 ヒョロヒョロの肉体は、未だ、布一枚も身に着けておらず、すべてが貧相だった。

 あの頃から、すっかり変わっちまった、俺の親友。

 涙が出てきた。


「……お前の方が寒そうだろ、ルース」


「あはっ、確かにそうだね」


 屈託のない笑顔は、十二年前と、全然変わらないんだもの。

 よかった。あの市場で、偶然にもルースを見つけられてよかった。こいつを連れ戻せるだけの稼ぎがあってよかった。

 また、親友の笑顔が見られて、よかった。……本当によかった。


「お前なんで……どうして、奴隷なんかになっちゃったんだよ。騎士になるために村を出たと思ったのによぉ。俺なんか、どうやったらお前に追いつけるか、必死になって商売を始めて、目いっぱい金貯めて……そしたらなんだよ、お前、売られてんじゃん! 買っちまったよ! 思わず!」


 はははと苦笑いを浮かべて、ルースは頭を書いた。

 そして、窓枠から降りて、俺の元までやってくる彼は、深々と頭を下げた。


「助けてくれて、ありがとう。親友……」


 深く深く、頭を下げて、感謝を述べるルース。いいってことよ、こんなことくらい……。

 純粋な感謝が照れくさくて、背中がかゆい。


 ……親友の頭はまだ上がらない。

 いや、上がらないどころか、さらに、深く深く……床までべたりと、頭を下げてしまった。


 ……え? ルース?


「これからは、なんでもお申し付けください。護衛から夜伽のお相手まで、なんなりといたします……ご主人様」


 背筋が凍って、動けなかった。

 そしてルースは、俺の足を舐めた。

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