2:喘ぐ
宿へと戻る最中、ルースは呆然自失のまま、ただヨタヨタと俺に付き従った。
揺れる青髪を見ていると、当時の、まだ幼かった日々が思い起こされて、目頭が熱くなった。
川遊びをした。村はずれに秘密基地を造った。木の枝を剣に例えて、決闘ごっこもしたな。ルースはあの時から、本当に強くて、一度も勝てなかった。
ある日、巡行中の騎士団に才覚を見込まれてスカウトを受け、ルースは俺の前からいなくなった。
それっきり、俺たちは会えていない。
だというのに、よりにもよって、なんて再会だ。感動もへったくれもない。
宿に着いた。ドアを乱暴に開け放ち、これまた乱暴に、
「オヤジ! 湯を持ってきてくれ! 大至急!」
カウンターの中にいた髭面の主人が「わ、わかった!」と返事をするのを背中で聞いた。
114号室。鍵を開け、中に入る。ルースもぐいと引っ張り込んで、バタンとドアを閉めた。
「ふう」
一息つく。備え付けの椅子に腰かけて、今一度、今度はじっくりと、ルースを見る。
万が一、他人の空似だったらどうしようなんて、
しかし、その期待はやはり、裏切られる。
十歳の頃より突然お別れになって以来、十二年が経った。
だけどその面影は、どれだけボロボロになろうと、やせ細ろうと、間違いなくルースそのものだった。
というか、さっき、ルースの奴、俺の名前呼んでたじゃん。疑いようがない。
ルースは細かった。何日も、ろくなものを口にしていないのだとわかる。擦り傷や打撲痕も数えきれず、何より、そのみすぼらしさを顕著にさせているのは、汚れと悪臭だ。
いくら奴隷といえど、どうしてこんな、ひどい扱いを受けているのかわからない。
奴隷はいわば、裕福の象徴だ。ぞんざいに扱えば、むしろ上流社会では嘲笑される。
さらに上の貴族や王族には、礼儀作法から学問まで手掛けさせるほど、奴隷は優遇されるのが当たり前なのだ。
さっき、店主がぽろっと口にしていたのを思い出す。
ルースは旧王の寵愛を受けていたと……。
原因があるとすればそこだが……。
「ラクト様。湯の準備ができました」
「ありがとう。置いていってくれ。あとは自分でやる」
ひとまず、ルースをきれいにしなくちゃな。
話は、それからでもいい。時間はいくらでもあるんだ……。
「傷にしみたり、痛かったりしたら、言ってくれよ」
……返事はなく、ルースはただこくりも頷いた。
大きめの桶に用意してくれた湯をタオルに湿らせ、ゆるく絞って、そっと体を拭いてやる。
「うぐっ……あっ……う……」
湯がしみるのか、ルースは喘ぐ。
艶めかしく。
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