最終章 討ち入り
「火事だ!」
「火の手が上がったぞ!」
討ち入りの瞬間である。辺りには横殴りの雪が烈しく舞っていた。
雄叫びが響き渡るそんな吉良邸に近い茂みに、おふくがいた。内蔵助を追うようにして隠れながらついて飛んできたのである。
どたどたという音。羽ばたく音に、駆ける音。破れ、倒される音。刃と刃が打つかり合う音。
おふくが枝と枝の間によく目をこらして見ていると、たしかに争いの様子が見て取れた。それは数十分の間、唸り声や呻き声を伴いながら、絶え間なく続いていた。
どれほどの刻が経ったであろうか、突然、
「吉良が居ないぞ! 辺りを洗えッ!」
という怒鳴り声が聞こえてくる。
「どこだ」
「台所に扉がある! その奥にいるぞ」
争うような音が数十秒続いた。そして、
「吉良、討ち取ったり!」
それに呼応するように、おぅ、と、轟音の雄叫びがこだました。
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吉良の首を、セムガーク寺院に埋葬されている淺野の墓前に置いた内蔵助は、ふだんより数倍、いや数十倍の時間をかけて焼香を行った。遠くからその様子をしっかりと眺めていたおふくは、これから浪フクロウたちに、こと内蔵助に下されるであろう判決 – 切腹 – を恐れた。内蔵助に降り注ぐ粉雪が、時間と共に厚さを増してゆくのが見て取れた。
これより幾度も前に、同じような刃傷沙汰はあったし、仇討ちの事件もあった。英雄視された仕事人たち。そして特に彼らを陰ながら応援している家族や恋人、家臣があったと称賛されがちだが、実際はこのおふくのように抗ったのである。おふくのように、嫌だったのである。誰が、笑って送り出そうというのか。誰が、喜んで死にに逝かせるというのか。
内蔵助が焼香を済ませたのを見届け、おふくは、遠くから独り言のように、こう呼びかけた。
「内蔵助様」
聴覚に優れたフクロウですらすぐ傍でも聞き取れない、小さな吐息のような、出せば白き霧と消えてしまいそうな声で ―― 。
フクロウ忠臣蔵 博雅 @Hiromasa83
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