第二話 行かないで 

「だが、わしは、そちがわしの二人目の妻であるかのようにも思っておる」


「なんとまぁ、嬉しいことを」


「わしの目をよく見い、これが嘘を申しておると思うか」


間。


「淺野様の恨みを晴らすことを…選ばれるのでありんすね」


「そうじゃ」


「いつ」


「今日だ」


「えっ…それは……お待ちしておりいした、と言うべきなのでありんしょうか」


内蔵助の表情が曇る。


「今、待っていた、と申したな」


「あい」


「もう、こうして逢えなくなるのじゃぞ」


「………」


「侍は、斬ると言うたら必ず斬る。もう戻ることは相成らん」


「……」


と、鐘の音が辺りに響いた。


「そろそろ出かけなくてはならん。…幸せにな」


しかし、おふくが声色を一変させて言い放つ。


「なりませぬ」


「何がじゃ」


「行っては…なりませぬ」


「この期に及んで、わしを止めようというのか」


「寂しゅうございます」


おふくが、鋭い脚で内蔵助の足首を掴む。


「離せ」


「嫌、でありんす」


「なぜじゃ」


「わっちに目を留めて置かれたことも…随分沢山と戴いたことも…お話を聴いていただいたことも…すべてが昔話になってしまうのでありんすよ?」


「……」


「なのに、なぜ、逝くなどと申されるのでありんしょう。なぜ、いずれ沙汰があることを知りながら行かれるのを、黙って見ておれと申されるのでしょう」


内蔵助は、おふくの頬に軽く口付けをした。答えはそれだけで、充分だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る