第一章 あくまでも、遊ぶ相手
それからしばらく経ったころ。、
今生の別れと知ってか、おふくは、あえて訊いてみた。
「そういえば主様、このあいだもあれだけ頂いたけれど、もう、わっちを身請けされてもいいような額だったじゃあござりんせんか」
「そうじゃな」
「なぜ、身請けしてくださらなかったのでありんしょう、それがわっちの素朴な悩みでありんす」
内蔵助は腕組みをしながら、
「そうじゃな、そうしてもよかったのじゃが…ちと、理由があってな。…ところで、我が主君は誰か、そちも前々からとうに存じておるであろう」
「当然、淺野様でござりんすね」
内蔵助はささやき声で言う。
「主君があのような屈辱を受けて、わしが黙っておると思うか」
「……」
「わしは淺野様に幼少のころより剣術の指南を受けてきた。江戸旗本随一の剣客と言われればわしの事だと、聞いたことがあろう」
「あい、以前より」
すると、内蔵助はゆっくりとした口調で話はじめた。
「ある夜、若かったわしと二人で蕎麦屋で二八を喫していた。そこに狼藉者がひとり現れ、突然剣を抜いての、淺野様が割って入り、身を挺してわしを守ってくれたのじゃ。あの胸から腹にかけての大きな傷は数年たっても完全に癒えたとはいえなかった。もちろん、切腹なされるまでもな」
「主様がそこまで忠義を貫かれるのは、そういう事なのでありんすね」
「ああ」
少し間をおいて、おふくが問う。
「やはり、主様は行かれるのですか。わっちの夫として…」
内蔵助は遮るように、
「そちを妻として迎えられる男はいくらでもおる。わしが逝った後のそちのために投資してきた、ただそれだけのことよ」
「ま! 主様には奥様やお子様もいらっしゃるのに」
「それとこれとは別じゃ。あくまでも我々は遊ぶ仲間、だからのう」
聞いたおふくはすぐに眼を伏せ、
「遊ぶ…仲間…、遊ぶ仲間」
そう、静かに繰り返した。
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