第13話 旅立ち

 「こ、超えた」


 1人ぼっちのカラオケで誰も笑うことの出来ない得点を叩き出す。日夏ちゃんに散々馬鹿にされたことを、思い出しながら歌ったこの歌は、日夏ちゃんの点数を上回った。


 「やった」


 マイクを握ったままで背中からソファに倒れ込む。


 「てか、よくよく聞くとこの歌詞結構悲しいやつじゃん。はぁ〜、寝よ」


 寝転んだままで手を伸ばして、マイクをテーブルの上に置いて目を閉じる。



 「はっ!」


 人間なら誰でもお馴染みの音が、流れ続けて目を覚ます。電話が掛かってきている。時計を見ると6時50分。


 「もうそんな時間かぁ」


 電話に対応をして、カラオケ屋を後にする。とりあえず、これからどうすれば良いのか考えるとしよう。


 「千明君ー、この服洗濯しとく?」


 「ああ、大丈夫です!風呂から出たら、それ着て帰るんで。すみません」


 カラオケから出た後、頭の中は空っぽなのに足は動き出した。情けないことに道に迷うことなく、優菜さんの住んでいるマンションに戻って来てしまった。


 今はお風呂に入らせてもらっている。湯気が出ていて、風呂の中は煙で満たされている。冷たいはずがないのに、浴槽の中の液体は随分と冷たく感じる。どれだけ湯船に居座っても、体の芯が温まることはない。


 「すみません。散々お世話になったのに、新幹線のチケットまで取らせちゃって」


 「いいのいいの。そろそろ千明君に帰ってもらわないと、私が本気で誘拐罪とかで捕まりそうだからさ」


 駅まで向かう途中で、優菜さんは大きく笑う。


 「車持ってるのに電車出勤なんですね」


 「あれは気分転換のドライブ用だからね」


 隣を歩く優菜さんはスーツを着ていて、今日も仕事のようだ。


 「日夏ちゃんは行っちゃったかぁ」


 「...はい。あっ、あと本当は日夏って名前じゃなくて、ダイヤって名前らしいですよ。漢字は全然分かんないけど」


 「ダイヤ?キラキラした名前だね。日夏の方が似合ってるよ」


 「それは僕も思いました。あとついでに僕も千明って名前じゃなくて、航大って言います」


 「え?千明君じゃないの?航大君?何でそんな嘘を?」


 優菜さんは少し混乱するように眉をひそめて僕に問う。


 「いや、ネットで会った人に気安く本名教えるの危ないかなぁって」


 「うわっ、しっかりしてるー。私ネットリテラシーないな。普通に本名教えちゃってた。流石!生まれた時からネットが発展してた世代だ」


 「ネットリテラシーは関係ないと思いますけどね」


 駅の前まで着いて、階段を上って改札まで向かう。


 「結局僕は、最初に会った時に優菜さんに言われた通りの人間でした」


 「あー」


 「死にたいってたまたま考えちゃって、それをずっと昔から思ってるって勘違いしてるだけでした」


 「気付いて良かったじゃん」


 「はい、まぁ」


 思ったより早く着いたため、駅構内の椅子に腰を下ろす。


 「私の友達も実は自殺しててさ」


 突然の優菜さんの話に、目を大きく見開くことでしか反応出来ない。


 「車の免許取ってウキウキだった時に、友達に行きたいところあるって言われてさ、道案内してもらったら、あの山奥のボロい橋に着いてねー」


 「ええ」


 「で橋を見に行くって車から降りるから着いて行ったら、飛び降りようとしてて、びっくりしたよ」


 「え?...優菜さんの目の前で死んじゃったんですか?」


 「いや、そん時は私が必死に止めたから大丈夫だったの。それから1週間くらい経って親から、その友達が死んだこと聞かされたよ。私に何の連絡もせずにね。結構仲良かったんだけどね」


 「...その人はどうやって死んだんですか?」


 「んー、知らない!そんなこと知りたくないし!でも、今でもたまに思い出すんだよね。何か悩みでもあったなら相談してくれれば良かったのにって」


 話しながら優菜さんは悲しく、苦しそうに笑う。そんな表情をする優菜さんを見るのは初めてのことだった。


 「君もね。突然いなくなったらみんな心配するよ」


 「僕、爺ちゃんも婆ちゃんも誰も死んでないし、身近な人の死を経験したことが無かったから、ちょっと命の大切さとか、色々軽く見てました。日夏ちゃんがいなくなってから、心が晴れないし空っぽだし、死ぬでに何回も思い出しちゃいそうです」


 「...そういうもんだよ。誰かが死ぬってのは」


 「だから長生きして、出来るだけ僕が死んで悲しむ人がいなくなった状態で死のうかなって」


 「えー、どんな結論?長生きしたら、それなりに悲しむ人増えるよ?これから先も色んな人と関わって生きて行くんだから」


 「あっ、本当だ」


 僕と優菜さんは顔を見合わせて笑い合う。心の底からの笑顔かどうかは分からない。


 「もう時間じゃない?」


 「あっ、本当だ」


 立ち上がって、ベンチに置かれたリュックを手に取って背負う。


 「はぁ〜、家に戻ったら怒られますかね?」


 「親に?」


 「はい」


 「そりゃあ、怒られるよ。嘘ついて出てって、帰るって言った日に帰って来ないんだから」


 「はぁ〜、やっぱり帰りたくないなあ〜」


 「でも、涙も流さずに説教ばかりで、抱きしめて貰えなかったら、その時は戻って来てもいいよ?」


 優菜さんは立ち上がって言う。


 「じゃあ、その時は遠慮なく戻って来ますよ!」


 笑顔で返答をして、3日前から電源を切った状態のスマホを、ポケットから取り出す。


 「あっ!そういえばゲーム持ってくるの忘れちゃいました」


 「取りに戻る?」


 「いや大丈夫です!捨てるなり、売るなり好きにして下さい!まだ遊んでないソフトも結構あるから、売ったらそれなりの金額にはなるはずです。それが宿泊料ってことで」


 「おっけー。まあ、売らないと思うけどね。...私も結構ハマっちゃったからさ」


 そう言って優菜さんは腕時計に目をやる。


 「おっと。私もそろそろ電車の時間だ。もう行くね」


 「はい。優菜さん!ありがとうございました。色々お世話になりました」


 優菜さんに向かって深くお辞儀をする。


 「うん。じゃあ千明君も幸せに生きなよ。って航大君か!じゃあねー」


 手を振りながら、優菜さんはだんだんと離れていく。まるで、また会えるかのように軽く。それを見届けてから僕も、荷物を減らして軽くなった足取りで進んで行く。

 

 乗る予定の新幹線が来るホームに到着する。新幹線はまだ到着していない。椅子に座ろうかと思った時に、向こうから速度を落とした新幹線がこちらに向かって来る。近づくために1歩1歩、また1歩と歩みを進め始める。警笛が耳に残る。




 



 

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凍る季節を巡らせて ちゃもちょあちゃ @chamochoacha

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