おはなし料 おやつ 時価にて

 吾輩はサバルカ。真っ白でふわふわなでっかい犬である。


 困ったわねえとのご母堂のつぶやきを我が耳が拾いしとき、吾輩は彼女の足元で変え難き至福のお昼寝の真っ最中である。けれども明らかに吾輩に言い聞かすがごとき声量の独り言であるからして、体側の上なる片耳が動くのは致し方成るかな。

 薄目を開けて見やる。紙片片手にこちらを見つめるその眉尻と笹耳の下がり具合から察するに、吾輩がグースカ眠りこけるを邪魔したいイタズラ心によるものが大きかろう。

 吾輩はまだ惰眠を貪りたく、そして犬にはお昼寝をする権利と義務がある。今日もお空はうんと晴れ、冬の気配がそこかしこにみらるる今日このごろにおいては、こんなに心地よきお昼寝日和な日はきっと多からん。しからば邪魔をしないでほしい。


 「困ったわねぇ。どうしましょ、サバルカちゃん。」


 しかし敵もさるもの、伊達に朋に次いで吾輩とともに過ごされる方ではあるまい。

 「かわいい」を自分の愛称と思っているタイプの犬であるところの吾輩であるからには、敬愛なるご母堂に名を呼ばれなどしたならば、瞬発に上体を起こしてそちらを見やらねばなるまい。おはようございます。おやつですか?お散歩ですか?

 彼女の膝辺りに位置する、耳倒した吾輩の頭頂をご母堂がゆっくりゆっくり優しく撫でる。


「おはようサバルカちゃん。起こしちゃったかな?でもママ困っちゃってねえ、相談乗ってくれる?乗ってくれるのね、ありがとうねえいい子ねえ」


 ヨーシヨシと両手で顎を包まれ揉まれる。あの、吾輩は何も言っていないし、貴女はママだが吾輩のママではなかろう。

 なんだよもう、お昼寝の邪魔しないでほしいのである。吾輩はまだ寝るのだと文句のひとつも言わんと口を開けば、どこからか砂肝さんがジャストイン。

 ―――何でもお伺いしましょう。この犬の力がおよぶかぎり。



 ご母堂のご相談とは、つまり先に我が朋と吾輩が街でやらかした切った張ったの大立ち回りについてである。

 あれや朋の大暴走を止めなかった吾輩も累犯なりとて怒られるやもしれぬ。こっそり逃げ出そうとすれば―――おや!これは豚の耳!素晴らしい!続けてどうぞ?

 気絶した若者を抱えた朋が白刃閃かせるところ、どこより矢が射掛けられたのでこれを切り払う。これ合図とワッと勇み来る皆さんに向け、朋が若者を文字通り放り投げ、ステゴロでもって迎え撃つ。剣鉈収めたのは、相手も丸腰であるゆえに。

 吾輩はそれをのんびり伏せて観戦である。

 ―――サバルカ!ちょっとあなた!さっきみたいに助けなさい!

 さっきと今じゃ話が別である。これは君が売った喧嘩であるからして、自力でどうにかするべきである。

 薄情者ー!とかなんとか叫んだ朋であるが、ゆっくり目をつむる吾輩には関係のないことである。そう思ってしばらく、静かになったので目を開けてみればみなさんがちぎっては投げられ、撃沈し果てるのである。勝つんかい。

 しかるに死屍累々と成り果てた皆さんをほっぽり、我々はお宿に帰った。そして風呂入って寝て、翌朝お肉買って何事もなく帰宅である。朋の血まみれの服を見たソティリア嬢は激怒していた。誰が洗うと思ってるんですかと。さもありなん。

 これがよくなかったらしい。


「これが今朝方届いててねえ。どうしようね」

 

 ご母堂が紙片―――ハイエルフのバ…姐様からの便箋だ―――を広げ、見えるかな、とこちらの目線の高さに掲げられる。

 吾輩はサバルカ。鼻先になんか突きつけられると匂いを嗅ぐ犬である。クンスカと鼻利かせると、姐様の好む香の香りとインクの匂い。それ以上でもそれ以外でもない。

 便箋を見つめつつ何?何々?と首を左右交互にかしげてみれば、かわいいかわいいと手が伸ばされるので、再度耳を倒して撫でて頂く。優しくて大好きである。

 吾輩、文字はわからないのである。しかるに読み上げていただく。


 曰く、街に降りた汝らエルフが、不幸にも狼藉者に襲われてこれを打ち払うのは正当な防衛として認められよう。けれども、衛兵を絞め落としたり、投げ飛ばしたりというのは、如何なものか。当該エルフについては、法の下に裁くに値するから、出頭するように。

 ―――加飾著しく長ったらしくて厭味ったらしい、これだからヒトの貴族というのは好かないね、などと欄外に注記―――


 かくのごとく街およびここらのヒトの領域を納める領主殿より、大樹に坐す我らがハイエルフのバア…姐様へ直々の書状が送られたらしい。

 おやまあ随分ご立腹である。たかだかエルフの小娘相手に大げさである。

 大方これをネタに我が朋を釣り出し、難癖つけて拘禁。人質として交渉の材料に用いて、エルフの領域たる森を切り開かんとする腹づもりであろう。そのような企みが、しかしエルフに通用すると思うたか。


「まぁ…『細かいことでガタガタ抜かすんじゃないよ小僧、用があるならこっちに出向きな』って書いて送ってやった…姐様らしいわねえ。」


 うふふと笑っていらっしゃるが、それ大丈夫なんですか。


「そんな心配そうな目をしなくても大丈夫よ。こんなのではいそうですかと折れたらエルフが舐められるもの。舐められたら大変よ、血を見なけりゃ決着つかないのよ。―――それよりこっちが問題なのよねえ。」


 ご母堂が便箋をばめくり、2枚目を読み出す。


「今日、『それじゃ今度伺いますんで』って返事が来たらしいのよ」


 なんともフットワークの軽い御領主である。


「…それは、こちらも伺わねば流石に失礼ですな」

「あら珍しい。サバルカちゃんが喋るなんて。相変わらずきれいなボーイソプラノねえ…じゃなくって、そうねえ。でもあの子一人じゃあまた、ねえ。」


 便箋より視線をやや外したるご母堂がちらとこちらを見やる。吾輩がヒト種なればどきりともしよう流し目であろうが、どっこい吾輩はかわいいかわいいワンちゃんである。

 しかして嫌な予感がするのである。吾輩は噛み噛みしていた豚耳をそっと咥え直し、お部屋に戻るため立ち上がる。


「ねえサバルカちゃん。豚耳おいしい?あなたそれ大好きよねえ。」


 しっかり加え直したがため、マナーによりてお口は開けず、尻尾を振ってお返事である。これすきなんですよ吾輩。噛みやすいし、噛み心地よくて味もいいし。

 やにわに立ち上がったご母堂が、ニッコリ笑顔で扉と吾輩の間に立ち塞ぐ。


「前駄賃なのよねそれ。サバルカちゃん。あの子に連いて、大樹まで行ってくれない?」


 ほうら嫌な予感ほど当たるものである。買わなかった穴馬とか、やたら人気ありすぎるG1の1番人気、しかも当該距離は走ったことない馬とかさ。

 吾輩はなんとか逃げ出そうとし―――いや逃げ出したところで状況は変わらぬが―――右と見せかけ左!やっぱり真ん中!などフェイントをかけてすり抜けようとしたところ、がっちり胴を捕まれ、そーれとひっくり返されてお腹を撫でられた。

 さすがはエルフの狩人、現役退けど膂力は凄まじきなり。

 じゃなかった。 

 えへえへと気分良く撫でられているうち、気づけば了承させられていたのである。

 卑怯である。はめられたのである。

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エルフの犬たる白き犬 ムスティ・ワン・オブジオリジンサモエド @Miyoyi

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