後始末 / エルフ恐ろし森恐し

 吾輩はサバルカ。一人しか殺っていない犬である。この惨状を見よ。やりすぎだわ!あんた一体何者なの!?見ればわかろう、白くてでっかいかわいい犬である。



 路いっぱいに転がる4つの死体、しゃがんだ朋がそのひとつの懐を漁る。薄く軽く小汚い銭入れ、潰れた紙切れとよくわからん布、使い古された小さなナイフ、縄…薄汚れた青銅片。

 銭入れをひとつひっくり返す。すんとも言わぬ。他の3つも試してみれば同じようなもの。やはり食い詰め者どもか、嘆かわしい。

 青銅片―――最も等級低き冒険者証―――をまとめてポケットに突っ込み、立ち上がった朋が背伸びをうつ。あとで冒険者ギルドへ叩きつけて何らか強請る気である。強情なり。


「草臥もうけ、とはこのことね」


 ふにゃり笑う。しかし目がすわっておる。ため息とともに舌打ちし死体へ銭入れを投げる。

 仮にも死人、死ねばホトケというに対してにべもへったくれもないことである。これなどと申せば噛みつかれそうであるから、いい子におすわりでこれ見守る吾輩は尻尾を一振りして同意だけ示す。

 ホトケだけに、触らぬ神にたたりなしってね。ここ笑うとこ。やっぱ忘れて。


「それでどうする、これら。放って置いけば邪魔であろう。」

「大丈夫よ。”まちのみなさん”が片すから。」


 ねえみなさん、と暗がりに目を向け笑顔浮かべる我が朋。美人の笑顔は絵になるなあ。棒読みである。

 視線の先を辿れば、明らかに怯えた雰囲気においをまといて死体よりひどい姿と匂いの者がこちらを見る。


「これら死体と身辺のもの、汝らの好きにおし。ただし我らを追うな、話すな、覚えるな。よろしいな。」


 笑顔のまま彼女がさえずれば、怯えの匂いが強まるばかりでうんとも言わぬ。しびれた朋がにらみ利かせば、いくつかが首肯する。目を細めた彼女がじゃあよろしく、と歩き出す。


「サバルカ、行くよ。」


 従いて十数歩行き、僅かな音に振り返る。

 見ればあれだけの死体がその影なく、わずかに血痕残るばかりである。

 背筋がゾワッと逆立つ。フワフワになってしまった。もとからであるな。こわいのである。吾輩のフワフワ尻尾がお股に合流。まるで後ろだけ三本足である。

 キュンと鳴けば、朋が不思議そうに瞬きひとつ。


「なんで尻尾下がってるの、あなた。」

「なんでって…アレらなんであるか。怖いのである。そも、アレらのことを君は存じておるのか。吾輩は知らぬぞ」

「それはね、サバルカ。あなたがグースカ寝てる間にママに教えてもらったのよ。街で死体を処理したかったらその場に置いとくのが一番よって」


 ”まちのみなさん”が処理してくれるから、金目の物だけもらっときなさいね~って言ってた。瞠目する朋が自慢げに耳を上下させる。ドヤ顔である。

 なるほど驚きである。吾輩がグースカ寝ている間であれば、知らぬわけである。というかそれ、いつでもってことじゃないの。吾輩は犬であれば、寝るのも仕事である。


「なるほど、我が朋は博識であるな。」

「あなたも覚えておいてね」


 嫌である。吾輩、街中で死体を転がす趣味はない。吾輩を甘やかして撫でおやつ渡す腕は多ければ多いほどよいために。



 先の道はおっかないので、きた道をとって返す。別の道より宿へ往かんともとの目抜き通りまでやってきた吾輩達を手厚く出迎えなすったのは、警邏中の優秀な若い衛兵さんである。

 後ろでのほほんとしていた吾輩は別として、切った張ったをこなした我が朋は血まみれである。

 見るからに優秀で上司からも信望厚かろう、やる気に満ちた衛兵さんである。ただならぬ雰囲気纏わす我が朋をひと目見て、これ尋常ならざると判断したか、腰の剣を抜いて走り寄る。


「そこのエルフ!貴様その血いかがした!動くな!神妙にせい!」


 本人にはその気がなくとも、頭に血がのぼせているのだろう。

 彼はすっぱり忘れているようだ。かわいそうなことに。

 ―――エルフの30歩前に立ってはならない。矢でドタマを撃ち飛ばされるから。

 ―――エルフの3歩前にも立ってはならない。鉈でドタマを切り飛ばされるから。

 このあたりの切った張ったをたつきとする者にとっての常識である。

 なにせいまの朋といえば、ゴキゲンの対極である。御存知の通り、これを不機嫌という。

 それに居丈高になして剣片手に近寄れば、彼女はもちろん敵とする。

 舐められたら殺す。舐めた輩は敵である。敵は殺す。舐められた者がお天道様の下でのうのうと生きていけるほど森は甘くないのである。お引越しませんか。

 見目麗しくも血まみれ胡乱なエルフへ、哀れ仕事熱心なる若者が警戒半分で近づきて3歩前に至る。

 彼女がチラと視線を若者の後ろへ投げる。これにつられた若者がそちらに意識を向かわす瞬きの間に、山猫のごとく機敏に後ろ回りて剣鉈へ指を―――おっとこれはいかん。


「わん!」

「チッ」


 舌打ちしない!

 剣持つ腕の肘の内、その真中へ前世のゴリラめいた握力で親指を押し込む。激痛であろう。痛みよりか剣落としたるを蹴り飛ばし、そのまま蛇のごとく腕を首へと巻きつける。


「神妙にするのは貴様だ小僧。これなる細首へし折ってやろうか」

「ッ…」

「怯えて声も出せんか」


 物理的に出せないのである。

 あっという間に顔色変えて泡吹く若者。バタバタ暴れるそれを、我が朋はぐいといよいよ締めて離さぬ。しばらくもせず若者の力が抜ける。落ちたのである。職務を全うしたに過ぎぬのに、かわいそうなことである。次は声を掛ける相手を選ぼうね。

 ところでここは目抜き通りである。夜もそれなりに更けつつあるとは言え、人通りは少なからぬ。それなるところで衛兵など締め上げればどうなるか。

 通りの先より何人かが走り寄る音。その槍だの盾だのの発する金属音に、我が耳がピクリ反応し、音の先をじっと見る。

 これに気づいた我が朋が、若者殿の首に巻きつけたる腕と別のそれで剣鉈を抜く。


「サバルカ、きますよ」

「わん」


 きますよ、じゃない。こら、物騒なものを首元に突きつけるな。

 ずるずると若者を引き摺り、朋が壁を背とする。しからば音の正体衛兵と見たり、衛兵の一群が7人ばかりである。誰ぞ我が朋の蛮行を見咎めて呼んだらしい。ありがたい話である。

 

「お姉さん、いいかな?」

「衛兵さん!助けてください!悪漢に襲われたんです!」

「うんうんそうかい、大変だったね。」

「必死だったんです!だから仕方ないんです!」

「そうだろうね、いますぐうちの新人をはなして武器を捨てなさい、そして大人しくして、ね、お願いだから」


 我らを囲んだ皆さんのうち、最も年かさで、ひとり丸腰の衛兵殿が涙目で懇願する。

 目尻に涙など浮かべて見せ、我が朋は若い衛兵の首元へ押し付けたる剣鉈を―――

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