汝我ら害さんとすれば死すべし、慈悲あらず
吾輩はサバルカ、犬である。
ざんぎゃくなる我が朋よりおすそ分けを貰えなかったので、そのうち仕返しを画策する犬である。食の恨みは深いぞ!
宿屋への道は、日のあるうちと様相が異なる。日が落ちきって久しい今時分は、ただ暗闇が広がり、往来など我らの他にありはしない。
けれども何処より漏れ出る明かりにより、まこと暗闇呈する夜の森と比べれば、随分と明るい。我々は森に住まうエルフと犬であり、この程度であれば十分に夜目が効くのである。ランタンなどなくとも不便と思わぬ。
しかしていまスンと鼻動かせば、嫌な匂いがある。
「ツィー。」
「わかってる。」
剣鉈の留め具をそっと外した朋が足を早める。我らが見通し聞かぬ狭隘の路に至りし頃、朋が足を止める。
「おうエルフの姉ちゃん、ちいとツラと身柄貸してくれや」
なんぞと思いて朋の横に並び立てば、ならず者としてこれお手本となりそうな若いヒト。これが3人ばかり我らが行く手を塞ぐ。後ろからも嫌な匂いが2人ばかり近づく。ああいやだいやだ。
「嫌です。そこを退きなさい。」
「つれないこというなよ、エルフを売っぱりゃ俺たちゃ遊んで暮らせんだ。夜道にほっつき歩く自分を呪いな」
「冗談にしても度が過ぎますよ。いまなら忘れてやりますから通しなさいな」
「こりゃ厳しい。でもそれこそ通らんってもんよ、笑えるはなしだが。嫌なら力づくってね」
見るからに田舎者のエルフが剣鉈などぶら下げてはおっても、たかだが女と犬である。対してあちらは武装した男が5人がかり。
薄汚れ、ニタニタと安物の数打ちなど手に遊ばすまったく臭いこれらは、推して考えずとも食い詰めた冒険者くずれであろう。
やっぱ冒険者なんぞ、である。この街も賑やかに発展したと思ったら、これである。いやなものだ。
吾輩は愛玩犬である。治安がわるいと怖くてないちゃう。ワンとね!
「では力づくで通ろうか。行くよ、サバルカ。」
「わん」
はいはいと。
満腹とほろ酔いの良き気分を害した朋が、拍子とりつつ剣鉈の柄に指沿わす。
我が朋の気は短い。身内に甘い種族性もあり、吾輩がじゃれて噛んでもお仕置きで済ます我が朋である。
他方これらは見知らぬヒトであり、明らかに害意を抱くものである。しからばこれに対するに、慈悲、寛容、猶予、そんなものあろうか。
またこれら、この街がなにに接するか知らぬらしい。我が朋はエルフの森に住まうエルフのうちでも群抜いて若い。これなる若いエルフを脅かしたことなぞ森の衆に漏れ伝わったが最後、戦争だ、大喧嘩である。遍く街々はこれ皆殺しになろう。エルフはイモではあるが、旅の風下に立ったことはないのである。
まして今なら吾輩の母姉妹を筆頭とし、我ら狼もこれに与する。
そうなれば驚き!国が3日で堕ちよう。我が種族も身内に甘く外敵を滅ぼすに躊躇しないゆえに。
「あんだぁ?姉さんや、あんま頑張り過ぎると怪我するぜ?」
「黙らんか、短命の毛無猿が。その短い命摘んでやろうか、エエ?」
「ナマ言ってんじゃねえぞコラ腐れ亜人が。ニンゲン様に楯突きやがって、四肢もいで場末の娼館に売っぱらうぞコラ!」
「畳んじまえ!売りもんだ、顔は傷つけんなよ!犬は殺せ!」
おースラングスラング。スラングの応報である。まったくけったいである。犬の教育にわるいぞ。
青筋浮かべたならず者が、一歩踏み出しなまくら振り上げる。その腕が飛ぶ。
「あ?」
「冒険者だろう、皮鎧くらい着たらどうか。冥府で教訓とせよ。」
一閃。あっとも言わせず距離詰める。剣鉈振り切り首を叩き斬った朋が手首返して血を払う。
「次はどのボンクラだ?日が昇るまで突っ立ってるつもりか?」
ニタリと笑顔浮かべて煽る。目が笑っておらぬ。
あっさり命奪った我が朋の、狩人の目、その笑顔に気圧されたか。ならず者―――いや朋の言葉を借りればボンクラどもは、浮足立つばかりで前に出ぬ。
「なんだ。一匹殺された程度で怖気づくとは情けない。」
「ひ、人殺し!」
「野郎ぶっ殺して―――」
「いかにも。だがあいにく女だ」
剣鉈の重さと勢いで刎ね飛ばした首元は、肉が潰れていたようである。遅れて血が噴き出るこれ見たボンクラ共が、生気戻りて二人がかりで斬りつける。
あえて朋がずずいと前に出る。ひとつを払い、ひとつは避け下がる。こちらにちらりと目を向ける。援護しろ白毛玉、とその目が訴える。
「サバルカ。」
「人殺しの片棒など担がせないでの欲しいのだが?」
名も呼ばれたのでお返事である。
吾輩はエルフの愛玩犬である。しからば愛で世界を満たすべく、暴力反対であるゆえに。
「とっときのジャーキー」
「ようしお前らここで死ね」
前言撤回。とっときのジャーキーのためならば、くさいくさいならず者の命とるなど、何の数に入ろう。きみはアリンコを潰した数を覚えておるのか。だとすればなかなかの記憶力である。
しからば死すべし。吾輩のために死ね。
そこら漂う魔法の素を集める、集める。このくらいでよかろうと思う量よりちょっぴり多め。愛と魔法の素は多ければ多いほうがよいとされる。よく知らぬが。
集まったそれを練って叩いて、捏ねて伸ばしてギュッと圧縮。ふむ、このくらいでよかろう。
吾輩やっちゃうもんね!
「
「あっこらそんなもの使わないの!」
言下、朋が耳抑えて伏せる。ピンと天指す吾輩の耳と尻尾を結ぶ三角形、その中心の頭4つほどの高さに現れ浮かぶ、円と方形と悠に発音失われたる原初の言葉にて描かれた魔法陣より光ある。
指向持って伸びるこれをぐるりと回し、突如の閃光に唖然固まるボンクラの一人に当てる。はいロック。
「
発射、ボンクラが弾ける。
音の数十、数百倍の速度で重いモノを叩き込むと、その運動エネルギーはすごいらしい。我輩は犬であるからよくわからぬが。
そんなものを生身のヒトに叩き込めば、ご覧の惨状である。ヒトだったものが足先残してないないである。わんわん。きゅーん。
…思ったよりスプラッタである。ジャーキーのためとて、どうしようかな。
「ヒトは脆いな」
とりあえず誤魔化すこととした。
「それママに街中で使っちゃダメよって言われた魔法じゃないの!危ないなあ!」
伏せていた朋が背筋を利かせ跳ね起きる。間髪なく残る一人の喉めがけ剣鉈を投擲。。これ投げるが早いが走り出し、喉に刺さった剣鉈ごと膝を叩き込む。そうして倒れ込むところ、柄握りて引き抜く。吹き出す血しぶき、おおスプラッタ。そのまま転がりて立ち上がり、残る後ろの二人へ駆ける。
あんまりサクサク殺されるため、輩どもををこれ呆然見つめていた残り物は、抵抗なく首をはねられる。
「雑魚が!」
血の匂いに酔ったらしい朋が死人の服で鉈を拭い、振り上げ目をカッと開いて叫ぶ。
蛮族かな、いいえエルフです。
我が朋なんです、いつもはいい子なんです…。
吾輩はサバルカ。
命のやり取りを常とする、エルフの森を遊び場として育ったエルフの朋たる飼い犬である。
彼女らエルフにとり、同族身内以外の命に大小はなく、平等に無価値である。
きゅーん…
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