街である / 隣芝は青い、まして食なるや

 吾輩はサバルカ。森のエルフのお家に暮らす愛玩犬である。

 我が朋の護衛おともとしてヒト種の街を訪れ、門番殿に早速可愛がられた白くて大きくてふわふわの犬である。



 吾輩と朋は街のまん真ん中、いわゆる目抜き通りなど呼ばれる街路をを並んで歩む。幅はおよそ100歩ほどあり、その脇には色々の屋台やら露店やらが並ぶ。進むには苦労せぬが、ぶつからぬよう注意せねばならぬ程度の人出がある。なかなか活気があってよいことである。

 その道々、我が朋はポケットよりメモを取り出しこれ確かめる。


「ええと…お茶っ葉でしょ、お塩、お肉に色々の種や苗…あとあなたのおやつがいくつも。こんなにいる?」

「わん!」


 じろり半眼で吾輩を見る。必要ですとも!言下素早く一声可愛らしく鳴き、信じられないものを見る目を向ける。


「またみんなして甘やかして…。1日1個までだからね、おデブになっても知らないよ。」

「くぅん…」

「獣医のハイエルフ様に怒られたのはソティリア姉と、あと誰だっけ。」

「…。」

「なんか言いなさいよ。」

 

 なんかもなにも吾輩である。なんともひどいのである。吾輩を甘やかし折につけこっそりおやつくれる者の筆頭たるソティリア嬢が恋しい。いっぱいくれる。大好き。

 獣医のハイエルフの姐様、これはたいへんにひどいヒトである。きっと鬼である。毎春の予防接種の折、お注射は嫌だ、せめておやつをよこせと悲壮いっぱい暴れに暴れる吾輩をむりやりに保定し、「小僧はいつも元気だね~」などと笑いながらキャンキャンクンクン鳴く吾輩のケツに何本も射つ鬼である。おやつくれないし。

 先春などはこれ怒りより狼らしく牙向いた吾輩を、ちょうどいいと口を開かせたままに保定し直し、「ちょっと歯垢が溜まってるね、歯磨きしてあげてね」など悪魔じみた提案を我らが家族にした悪鬼羅刹である。おやつは控えよなどと進言するし。

 あれより吾輩は毎夜歯ブラシもつ皆より逃げ回り、しかして数に負けてとっ捕まって磨かれる日々である。全く鬼である。結局おやつくれないし。

 いつかキャン言わしたる。いつも言わされる吾輩がいうのだから、必ずである。

 などと吾輩が怒りによりふわふわをさらにふわふわにしたる傍ら、しょうがないなあもう、と根折れた朋がメモを折りたたみ、ポケットへしまう。ふふん、君もなんだかんだかわいいかわいい吾輩に甘いのである。



 露天に屋台、たまに大店をめぐる。買い求めたるもので朋の背負う背負子の九分が埋まり、健壮のエルフたる彼女とてやや重く感じ、日の傾きがいよいよ増す頃。 我々の姿は宿屋、「大樹のうろ」の屋根の下、部屋のうちにあった。

 宿屋「大樹のうろ」は我らが同胞、エルフが営む宿屋であり、宿の主は我らがよく知る者だ。故に吾輩が部屋の内に入ること叶うため、我らが定宿である

 弓と荷物を部屋に置き、腰に剣鉈を下げ直した朋が肩回して階段を下る。その後ろを付き従う。


「あら、お夕飯ですか?」

「ええ。せっかく街におりましたから、屋台でご飯を買うのもオツかなと。」


 階段を降りきらる我らに微笑浮かべて帳台より声かけるは、宿屋の主たるリリーお姉さんである。 帳台へ歩み進めた吾友が、リリーお姉さんへ鍵預け、扉に進む。


「お気をつけて、サバルカちゃんもね」


 尻尾をフリフリこれに応える。いってきます。

 我が朋が両の足で十分歩く頃、彼女は我が家のメイドを辞してこれなる宿屋の主となった。もとより先代の主の娘であったそうで、ときよく跡継ぎのはなしが生じた由、良き仲であった幼馴染と結挙げ、これ継いだ。

 素敵なことである。我が朋にもそういう甘酸っぱい浮いた話のひとつでもあるといいのだが。どっこいこれときたら、甘酸っぱいといえば森の木々ぞなる果実である。吾輩も同じ穴の狢、いや狼であるから、口にはせぬが。 


 宿より飛び出した腹ペコの我らは、屋台を巡りて今晩の夕飯を求める。

 しばらくあれこれいいんじゃない、こっちもよさそうと彷徨き歩く。方々で未調味の端っこを購う。朋の手には腸詰めに塊の焼いた肉、麦酒。

 見事に肉しかないのである。このくいしんぼめ。吾輩にもよこせ。

 街の中心を示す噴水の、その縁に腰下ろした彼女の足元で吾輩は端っこをぺろり平らげる。そしておすわり、瞳輝かせて「それは当然犬の分もありますよね?」と期待に満ちた上目遣い。もちろんありますよね。ないとは言わせぬ。言うならば情けなくクンクン鳴いてやるのである。罪悪感により味がしなくなるが良い。


「あげないよ、味が濃いもの。」

「吾輩の分ありますよね?」

「こら、街中でお話しないの、人目があるんだから。それにあなた、自分の分食べたじゃない。」


 

 我が朋が塊肉にかじりついてこれ事実を述べる。ふむ。全く事実である。確かに、吾輩のお腹は満ちている。しかし、ヒトが食べているものは美味しそうなのである。ゆえにちょうだい、くださいな。

 立ち上がって膝に前脚載せ、耳を倒しておねだりを強める。甘えた声もひとつまみ。


「クン…」

「あげないよ。」


 つれないのである。吾輩を無視して塊肉を攻略し、腸詰めに手を付ける。

 それなる良き匂いの腸詰めこそ吾輩のものであるのに、信じられぬ。恨めしくこれを睨むも、我が朋は大変美味しそうにこれを齧り取っては麦酒を流し込む。ずるい。

 ならば仕方ない、あきらめよう。すなわち、おねだりではなく実力行使、奪うとする。

 吾輩は膝に載せたままの前脚を支えとして後ろ足を蹴り出し、朋が手に持つ腸詰めに顎伸ばす。


「あげないったら!奪わない!」


 素早く天へと腕伸ばして避けられた。実力行使に失敗して着地した吾輩を、足が素早く絡めて固める。


「おとなしくしてなさい!」


 嫌である。その腸詰めは吾輩のものだ。早く解放せよ、そして腸詰めをよこすのだ。

 放せ離せと暴れるも、確りがっつり固められ、全く振りほどけぬ。ええい、腸詰め!


「ダメって言ってるでしょ!もう!」


 あっという間に全てを口内に収め、飲み下す。追って麦酒を一息に煽る。

 ひどい。ひどい!信じられぬ!

 唖然とする吾輩に、朋がほらもうないよ、とばかり手指を伸ばす。

 我輩は犬である。手を伸ばされると匂いを嗅いでしまう。ほのかに香る腸詰めの薫り。だが現物はないのである。どこへ行った?朋の腹の中である!


「ぐるる…」

「なによ、唸ったってないものはないの。ないんだから諦めなさいな」


 唸ってみても躱される。ついでとばかり、動けないのをいいことに、水ですすいだ指を吾輩の背中で拭く。おい、さすがに怒るぞ。

 吾輩は暴れるのをやめ、これ睨む。

なにせ食の恨みである。第一に君は吾輩の朋であろう、食い物を分け与えるべきではなかろうか。もうおやつわけてやらないからな、わけてやったことないけど。あと吾輩の毛で指を拭くな、ぺしょっとするだろ。


「美味しかった。―――暗くなってきたし、サバルカ、帰るよ。」

「…」

「まだ怒ってるの?」


当たり前である。

ああそうといわんばかりに肩すかせ、吾輩を解放した朋が立ち上がり、歩き始める。これを仕方なく追う。置いていかれるのは嫌である。淋しくなるので。

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