お使い / 街へ行く

 吾輩はサバルカ。犬である。日々楽しく暮らし、かわいがられることが仕事の愛玩犬である。

 しかし稀に別の仕事を仰せつかる。家中の誰かが街へおりるときの護衛おともである。



 お嬢様、お願いしますね、とソフィア嬢よりメモ紙と金子を受け取った我が朋がこれに目を通す。


「うーん、結構あるなあ。ママは泊まりでもいいわよ~って言ってたし、こりゃ泊まらないとダメかな。まぁその分のお金ももらったからいいけど。」

「さようか。まぁ金子さえあればどうとでもなろう。」

「まぁね」


 見送る家中の皆を背に、 背負った背負子と弓と矢筒を整えながら、それじゃ行こうか、と歩み始める。

 我が家より街へ、つまり森の外へは、一頭立ての馬車程度は淀みなく通ることのできる程度の広さと、地面の固さからなる道が作られている。作られていると言うか、作ったが正しいのだが。この道は我らが道である。

 その道に従い、森の外へと歩みを進める。日が落ちるまでには村に辿り着けよう。


 歩くこと久しく、しかして太陽の傾きがあまり大きくならぬうち、我々は村へ着いた。健脚である。

 これなる我が家中で単に「村」とだけ呼ばれるここは、正しくは村というか街である。

 特徴はない。我々エルフの森に最も近い街であるから、この交易によりそれなりに賑わっているが、それまでである。特産も、歴史も特にない。

 そも街と呼ぶに足る賑いを見せ始めたのがつい4つほど前の夏からである。何故かは相知らぬ。以来、順当に規模が大きくなり、これ街と呼べる様相を呈してるのである。

 だから気が長く、のんびりした気性のエルフにとっては、いまだ村との認識が薄まらぬのである。故にご母堂はここを「村」と呼ぶ。

 いつの間にやらついた名は、「エルフの森の街」。ここは森ではないのだが。

 いつも思うけど勝手に名前使わないでほしいよね~、などと駄弁りつつ、いつからか作り上げられたる外壁の門へと歩み進めていると、ふと朋が吾輩の背中で目を留め、眉尻を落とす。


「あ、忘れてた。サバルカ、ちょっと待って」

「うん?―――ああリードであるな。つけられよ」

「ごめんね。窮屈になるけど許してね」

「構わんよ」


 腰曲げた朋が胴輪へリードをくくりつける。

 吾輩は犬である。一応狼の子である。しかもエルフの森の狼の子である。

 これを一般に危険生物といい、自由にしたままでは、何人も街へ入れること許されぬ。

 吾輩は愛玩犬であり、他人さまに抜け毛をしこたまくっつけることはあれど、危害は加えぬ。しかしてそのように理解しているモノばかりではない。

 そのため、吾輩は多少窮屈になろうと、街に入る際は胴輪へリードを付け、飼い犬たるを示さねばならぬ。

 以前はそもそもに立ち入りを断られた。その度、幾度ともなき暴力おはなしにより、ここまでの譲歩を引き出したのだ。暴力は吾輩ではなく、ソティリア嬢と我が朋によるものであることを先に示したい。

 やはり暴力。暴力は全てを…いやいや。吾輩は暴力に反対である。出会う人々を笑顔にするわんちゃんであるゆえに。


 日も全く頂点を越し、これよりは落ちるばかりである。もとより出るも入るも少なき森に面した門において、我々の他にこれ通らんとする者はなかった。

 その門の脇、いわゆる警衛に立つ槍持ったヒトへ、我が朋が近寄る。


「こんにちは。」

「こんにちは、森のエルフのお嬢さん。何の御用かな?」

「買い出しです。」

「そうかい、ご苦労さん。きまりだから伺うけども、お名前は?何日くらいいるんだい?」

「森エルフのアイリーンが娘、ツェツィーリア。そうですね、色々買いたいので、2日くらいです。宿はいつもの同胞のところ。」

「ツェツィーリアさん、2日ね。それじゃあ”大樹証”を見せてね」



 これに応じ、さっさと槍置いて帳簿を取り出しこれへ色々を書きつける今日の門番殿は、渋い髭のナイスミドルである。

 森より現れた若いエルフの小娘と大きな白い犬を見ても、ああいつもの子たちだな、と動じず笑顔など見せて応対する度胸と経験を持つものである。

 これが若者であると、物珍しそうに、それでいて発情臭を隠さずにやたら我が朋の顔や体をジロジロと見る者がおる。個体によっては、あまつさえこれ触れようとする、吾輩に槍など向けるなどして、吾輩や朋の怒りを買いかねぬ。こやつ言うほど育って…ああなんでもござらん。

 話がそれた。

 門番殿の求めに応じ、我が朋が胸元より”大樹証”を取り出す。

 エルフの森の深奥のまた奥に住まう、始祖たるハイエルフの婆…大姐様より成人と認められたエルフへ、身分の証として”大樹証”は給さる。

 たまに―――長寿長命にして不老不衰のエルフの言う”たまに”である―――生じる森最大の大樹、世界樹の落枝を削って作られた小札には、次なる文言が刻まれる。

『これ持つ者、森エルフはツェツィーリアなり。我らハイエルフの名の下、これなる金の髪、碧き瞳と長き笹耳もつものを我が同胞と証し、また諸侯諸官へ要請する。これなる同胞を通路故障なく旅行させ、且つ必要な保護扶助を与えられたし。世界樹の幹の麓にて我らこれ記す。』

 およそこの世の端から端まで、記された文言とその身姿あい違わぬ我が朋を森エルフとして証するにこれ並ぶものはない。

 この街は「エルフの森の街」であり、客寄せのためとして、エルフと保証されし者の出入りに際しては、税などとらぬ。無論、隊商などは別である。いまはその証左として、これ確かめられているのだ。

 我が朋より預かった大樹証を矯め眇めた門番殿が、にっこり笑顔で朋へ渡して返す。

 その目線が朋の足元へ向く。


「はい、ありがとう。悪いんだけど、きまりだからね。わんちゃんの首輪も見せてほしいんだ」

「もちろん。サバルカ、おすわり…してたね。」


 言われる前よりおすわりをしていた吾輩である。だって暇だもの、いい子にしてたらかまってくれないかしらん、という目論見によるところが大きい。

 膝ついた朋が吾輩の横より抱きつき、首元の毛を搔き分ける。


「サバルカ顎上げて。見えます?」

「見えてる見えてる―――はいありがとうね、ばっちりです。」


 顎上げた吾輩の首輪をたしかめ、手にした帳簿へ「犬、サバルカ。白くて大きく愛らしい。」と書きつける門番殿。二人して立ち上がりつつ、いつものことだけど毛が多いとたいへんだねーそうなんですーなどとにこやかな会話を交わす。

 門を三度三度たたき、かいもーんと叫ぶ。しかるに開けられたる門扉を笑顔浮かべて手で指し示す門番殿。


「はい、ツェツィーリアさんにサバルカくん。入街を許可します。さぁどうぞ。」

「ありがとうございます。行くよ、サバルカ。」

「わふ」


 その横を朋と吾輩が進みて横切るとき、そっと手が伸ばされる。

 吾輩は犬である。エルフの愛玩犬であり、犬好きを逃す犬ではない。

 そっと伸ばされたる手に耳倒した頭頂を押し付ける。しからばナイスミドルも心得たもの、速やかに腰下ろして吾輩の撫で始める。優しくしかし適度に強くこれ手を動かし、吾輩をわちゃわちゃ撫で回すのである。よきかなよきかな。

 吾輩は尻尾を動かし、これ足へ当てまくりして返礼とする。

 そのまま尻尾ふりふりしばらく歩き、振り返れば小さく手を振り笑顔深める門番殿。


「あら、サバルカ。撫でてもらったのね。」

「ありがたいことである。」

「よかったねぇ。」


 吾輩の動きと、尻尾に気づいた朋が笑う。

 善きナイスミドルであった。お名前を聞き忘れたが、あれなる御仁に幸多からんことを、また帰りも会えますように。 

はてさて、街でお買い物である。きっと泊まりになるであろう。しからば懐かしき顔にも会えよう。楽しみである。

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