我々の常なるお散歩

 吾輩はサバルカ。待っててねと言われ2秒ほどでそっと厨房へ顔覗かせた犬である。早いよぉもうちょっと頑張ろうよと苦笑されつつ今日も朝ご飯を頂き、お腹も元気もいっぱいのエルフの飼い犬である。



 いつからか三度三度の給仕役、これが大変に争奪激しかる役目となった。

 なんなれば、これなるお役目は吾輩のごはんも用意する故である。そして用意する者は、吾輩へ待てだのお手だの”ぎゅー”―――トリックでいう”ハグ”である―――だのを行わせる権利を有する。つまるところ、職務で合法的かつ濃密に吾輩と触れ合えるのだ。

 これほどの役得は他にありませんから譲りません。いい加減譲れと訴える実の妹を投げ飛ばしながら笑顔で答えるメイド長ソティリアのお姿に、吾輩は正直強めの恐怖心を抱いた。今は交代制が確立された。

 吾輩、別にお役目であろうとなかろうと、おやつ片手に呼ばれれば、どこからでもどこへでも飛んでいって触れ合いますのに。これは太るからダメらしい。殺生なことである。



 はてさて食後である。

 のんびり食後のお茶など楽しまれる皆々様の足元にて、吾輩はこれ満腹よりうとうとする。


「サバルカ。こっちおいで。」


 なんであるか。友の声に目を開け頭起こしてみれば、吾輩の散歩用の雑嚢と首輪、胴輪ハーネスを手にしている。

 首輪には『これなるはエルフの森アイリーンおよびその娘ツェツィーリアの飼犬サバルカなり。迷い犬となりしこれ見つけたる者の行いへ、相応の報酬を与えんと我ら誓う。』と書かれ、すなわち吾輩のお出かけ用である。


「お散歩行くよ。」


 ひとのこと叩き起こして自分は昼寝なんて気ままだね、と朋が棘さす。聞こえませんな。しかし散歩ならば喜んで。

 のっそり起きて朋の足元へ移動する。膝ついた我が朋が吾輩の首に、胴にとそれぞれを巻いて、紐で縛りてこれを固定する。


「はい、いいよ」


 最後にぽんと背中を叩かれる。緩くなくしかしきつくない絶妙な出来栄え。

 しかしなんとなくこう…毛が巻き込まれている気がするので、体振るって塩梅を整える。するとすっかりちょうどよい。


「やっぱり毛に埋まるのね」


 苦笑されつそう言われても、吾輩にはどうしようもないのである。


 邸の周りの数百歩ほどは万一の際に備えるため、また菜園など拵える必要から切り開いている。それらを超えたならば、そこはもう欲面張った冒険者ならずものどもが入り込んでは死屍累々を晒すエルフの森である。

 鬱蒼たる木々とその根やら倒木やらにより、起伏は全く激しく、歩きにくいこと然りである。しからば跳ねたり潜ったり切り払ったり、我らは道なき道をどんどこ進む。道は我らの先になく、我らの後ろにもやっぱりない。

 しかして吾輩と我が朋はここでうまれて育つものであり、専らの遊び場である。これらが永らくエルフ仇なすモノの侵攻を防ぐいわば天然の城塞であっても、吾輩達にとっては日々の遊びのアスレチックに違わぬ。

 おや、長さと太さが良い枝である。持って帰ろうかしらん。これ咥えて我が朋へ自慢する。


「サバルカ、それ気に入ったの?」


 いかにも。これは特別良い枝であるゆえに。いくら君でもこれはあげぬぞ。

 口が塞がっておるゆえ、視線と耳でこれを伝える。


「いらないよ。」


 なんとそっけない。良い枝であるのに。この良さがわからぬとは、まだまだ修行が足りぬぞ、我が朋。

 夕飯を豪華にするべく道々に野草やらきのこやらを集め、さらに歩み進めば、水量ある清泉へとたどり着いた。森のそこかしこを少ない水量で流れる小川の源流にして、またこれらが流れ込むところだ。

 我が家はここより長く森渡るよう樋を拵え、魔法により水を引き込んで日用の水としている。

 これが壊れると、水が使えぬ。そのため散歩のついでに、この樋に綻びや傷み、詰まりがないかを確かめることが我々の日課である。それから、水源たるこの泉になんらか異常がないかも。


「大丈夫そうだね。」

「然り。」


 周囲を見て回るも樋や泉はまったく変わりなく、詰まりも見受けられぬ。

 一休みしよっかと手で水すくい口にする我が朋の足を、前脚で突っついて吾輩にもと求める。直接飲むこともできるが、胸毛が水面に触れると濡れるので嫌である。


「ツィー。吾輩にも汲んでおくれよ。」

「はいはい、ちょっとまってね」

 

 我が朋が雑嚢より深い木皿と、カップを出してこれらで水を汲む。


「はいどうぞ。」

「ありがとう。」


 吾輩の面前に木皿を、己はカップを手にする。そうして適当な岩に腰おろし、カップをば傾け水飲む朋の足元、吾輩もこれを飲む。うむ、おいしい。

 空は蒼く、水面もこれ空写して青い。森は緑豊かであり、風はほどよく、そしてさ爽やかに流れる。まさに絶好の昼寝日和である。

 しかしそうも言ってはいられぬ。太陽が中天に近づくゆえに。


「―――さてと…サバルカ?起きてる?帰るよ」

「わふ…」

「寝ぼけてるなぁ。起きて起きて。帰るよ、お昼ご飯逃すよ。」


 ごはん!

 あんまり善き天気で昼寝日和であるから、吾輩の意識は遠く遠くへ旅立っていた。

 危ない危ない。あわや頭から皿に突っ込みびしょ濡れとなるところである。

 これなる泉に辿り着くまでの時間から逆引きすれば、昼食までに帰宅するにはあんまりのんびしていられないのだ。


「すまなんだ」

「いつものことさ」


 まぁこんなにいいお天気だし、眠くもなるよね、と朋が笑いながら立ち上がる。そうして荷物をまとめ直している間に、吾輩も立ち上がって二度三度と伸びをうつ。


「んふふ…」

「なんであるか?」

「あはは、サバルカ、おなかとおしりにお土産はっぱいっぱい付いてるよ…」


 朋が指さして笑う。笑っていないで取ってほしいのである。吾輩では取れぬこと、重々承知であろう。



 そうして我々は急ぎ足で帰路につき、なんとか太陽が中天にあるまでに帰宅したのである。

 ちょっと汚れた朋が着替える間、吾輩はソフィア嬢の足元に絡む。先程朋が取ってくれなかったお土産はっぱを櫛通してこれ取っていただく。ありがたい。いっぱいついてるねぇと笑われた。恥ずかしいのである。

 再びの食堂、昼食である。

 今回の当番はソティリア嬢である。嬢は触れ合いが濃いのである。だが愛を感じるので嫌いではない。


「ねぇツェツィーリアちゃん。午後、お使いお願いしていい?」

「ええ、はい。まぁ、場所によりけりですが」

「村までよぉ。 いろいろ買ってきてほしいの。重いものは配達でね、サバルカちゃんも連れて行っていいから」

「それなら、午後はやることもございませんし。いいですよ。」

「それじゃあお願いね。詳しいことと買ってきてほしいものは、ソティリアちゃんとソフィアちゃんに聞いてね。」

「はい、わかりました。」

「サバルカちゃんも、ツィーのお出かけに付き合ってあげてね。一人じゃ流石に心配だから。」

「わふ。」


 昼食の卓上、ご母堂が我が朋にお使いを頼まれた。吾輩もついていけとのこと。いいですとも、いいですとも。もとより今日は狩りの予定もなく、暇であったゆえに。

 ご母堂もおそらくそのあたりを勘定してのことだろう。

 ひとつ誤算と言えば、吾輩のお昼寝する時間がないことである。悲しいのである。

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