犬とエルフの常なる日々と、常ならぬ冒険(冒険?)の

時の流れの早きこと / いつもの朝

 吾輩は犬である。白くてふわふわでそれなりに大きい犬である。

 そう、それなりに大きい犬である。大きくなったのである。わあい。



 吾輩が朋の家の子となりて大騒ぎしたあの日より、随分と季節がまわった。

 ここに吾輩もすっかり大きく生育したのである。

 ピンと天高く立つ魅惑の正三角形の耳は、ここに我ありとぞ知らしめる。長すぎず短すぎぬ口吻マズルや、一等長く滑らかなる毛に覆われた尻尾が吾輩にいぬの品格たるものを纏わす。

 なにより短かった脚の、手乗りサイズの体高の、この長く大きく逞しきこと!

 ふわふわで真っ白な毛皮は、育つにつれて短長2層からなる重厚なふわふわとなり、如何なる低温に対しても寒さなるものを感じさせぬ。

 けれども暖かくなればこれ抜けに抜ける換毛期を迎え、家中に柔毛撒き散らすを主務とする。しからば忽ちのうちに身軽な夏毛を迎える。されど換毛の頃を除けばあんまり抜けぬ。なんと都合の良い、出来た毛皮であろう。

 この毛皮に朝夕欠かさず櫛通すことをもっぱら日課とするソティリア嬢などは、毎度漉いた毛を嬉々として丁寧に集めては袋に詰め、これを部屋へ持ち帰られる。何のためかはいまだ怖くて聞けぬ。

 そしてなにより、いつも笑っているようにも見える口角上がった口元と、つぶらで黒目がちの瞳がとってもチャーミング。

 吾輩はサバルカ。立派な体躯もつエルフの愛玩犬である。



 さて、時は早朝、それも日が昇りてわずかばかりの頃合いである。

 燦々と日光浴びた吾輩は、これぱっちりと目を覚ましあくびを一つ。外を見やればなんとも麗しき快晴である。今日も元気に楽しく遊んで暮らそう。

 前後脚とそれぞれに伸びをうち、寝台を適度に揺らすと、これ分け合う我が朋たるツィーも目を覚ますというものである。

 まったく覚めぬ。いま迷惑そうに寝返りなど打って眠りこけるこのは、起きる気配が微塵もない。

 エルフとは、日の出とともに起きて日の入りとともに眠り、自然のまま生くる生物ではないのか。昨今は専ら他のヒト種との縁深まり、斯様な生活を送るエルフが少なくなり、朝寝坊などこれ他の誰もが許そうと、今すっきり目が覚めて暇を持て余すこの犬ばかりは許さぬ。早く起きよ。そして吾輩を撫で構いたまえ。

 前脚で頬を2,3度つつく。そして舐める。しかし唸り寝返りうつばかりである。幾度かこれ繰り返してもまだ起きぬ。

 しからばアレだ。アレは効果覿面であり、手軽でスリリング。何より吾輩が楽しい。

 吾輩は寝台より一旦降りて、距離を置く。そして少し駆け、腹の上へと飛び乗る。

 これなるはいわゆるジャンピングボディプレス―――なお、吾輩の貫目たいじゅうは30キロちょっとである。


「ぐへっ」


 こうかはばつぐんだ!

 年頃の娘にあるまじき潰れた声。吾輩はこれ聞くが早いか、文字通り尻尾捲って脱兎のごとく逃げ出す。間髪入れず、捕えんとする怒りの手が、しかし尻尾の毛先を掠り空を切る。

 寝起きのヒトが、いつだって元気いっぱいの犬にかなうものか。


「サバルカァ!」


 朝から元気で結構なことである。

 これまた文字通り跳ね起きた朋の怒声を背に、吾輩は犬用扉を駆け抜ける。

 途端、開け放たれたヒト用扉より我が朋が飛び出す。再度吾輩を捕まえようとするこれの手を、いなしにいなしてしゅるりすり抜ける。

 そのまま食堂まで駆け進み、駆け入る―――と怒られるので、急制動。勢いなくして堂々と歩み入る。おはようございます。

 他方、人前に出るに憚る格好の我が朋は、いま回頭し食堂よりへっへっと息整えつつそちらを見つめる吾輩をひとつ睨むと、ゆっくりと部屋に戻った。

 せいぜいゆっくり身支度を整えるが良い。


 食堂においては、ソティリア嬢が朝食の用意などを進めておられた。


「わん!」

「おはよう、サバルカちゃん。今日もはやいわねぇ、かわいいねぇ」

「わふ」

「さっき大きな声と音が聞こえたけど、またお腹に乗ったのね?」

「へっへっ…」

「まったく大きくなっても仔犬気分なんだから。かわいいやんちゃさんめ」


 一声鳴いてお仕着せの布越しに脚にまとわりつき、体押し付け撫でよと耳倒す吾輩。額のあたりを、ソティリア嬢がやさしく心地よく指沿わす。

 これもっとと口角上げて前脚でお強請りすれば、膝曲げぎゅっと吾輩を抱きしめ、おでこで深呼吸。

 これすなわちは犬吸い、犬好きにとっての真なる呼吸。朝の犬の香りは格別だそう。


「今日もテイスティ…」


 何度か―――何度も―――深く長く吸われたのち、離された顔を見れば恍惚たる表情。常なることであるが怖い。常だから怖い。

 でも振り払ったり、嫌がった方がもっと怖い。というか泣かれるのである。しからば家中安寧皆ハッピーを第一とする吾輩である。求められるままに吸われよう。おやつさえいただければ、なんでもします、されますとも。

 そのまましばらく吸われたり、撫でられたり、お水とおやつをいただいたり、また吸われたりしていると、 身支度を整えた我が朋が食堂へ入り来たる。


「おはようございます、お嬢様。」

「おはようございます、ソティリアさん」


 ソティリア嬢がひいた椅子に我が朋の腰が下り、その滑らかなる金の髪が流れる。これを整えるソティリア嬢。ともに美人なエルフであるから、まったく様になる。

 先ほど吾輩の愛あるボディプレスで愉快に目を覚ました、これなる我が朋ツェツィーリアも、いまや金の髪と笹の耳麗しき森エルフである。

 身丈こそ小柄ではあるが、ご母堂や、従姉妹たるソティリア嬢、ソフィア嬢によく似た怜悧でやや上がった眦持つ瞳は意思強く。

 日々こなす鍛錬と狩り、吾輩との散歩やじゃれ合いによって鍛え練り上げられたその肉体は、山猫の如く細くも靭やかであり、熊のような膂力により剣鉈で立木をへし折り強弓を軽々引き絞る。

 ただし朝にめっぽう弱い。もうものすごく、どうしようもなく。これを先のように叩き起こすことが吾輩の日課であるほどに。

 そんな我が朋へ湯気立つ茶を供するところ、これ足元に控えたる吾輩を睨むに気づいたソティリア嬢が問う。


「お嬢様、いかがされたのですか?」

「またサバルカが寝ている私に飛び乗ったのです、また!」

「あらまぁ、先程のお声はやっぱりそうでしたか。」

「サバルカときたら、やめろと言いつけてもさっぱり聞きやしない。いまでも自分の大きさを、手乗りのそれだと思っているんですよ、この白毛玉は」

 

 朋の足元で寝そべる吾輩は、後ろ足で耳を掻き、あくびをひとつ。

 なにをいう。起こしても起きぬ君が悪かろう。吾輩は愛持ってこれを起こしただけのこと、その愛が重くとも文句を言わないでほしいものだ。


「サバルカちゃん、大きくなってからは、私には飛びつきもしません。かしこい子ですから、きっとお嬢様が特別なんですよ、やっぱり。」


 でもちょっとさみしいです、と吾輩の頭を撫でるソティリア嬢。ソティリア嬢に飛びつくなど滅相もない。怪我でもしたら大変であるゆえに。


「私にもやめてね、サバルカ。聞いてる?」


 我が朋がなんか言っているが聞こえないのである。



 はてさて、斯様に我が朋やソティリア嬢と戯れてこれ暫く、朝食の良き香り漂う頃。ご母堂がいらした。


「おはよう、ツェツィーリア、ソティリア、サバルカちゃん」

「おはようございます、ママ。」

「おはようございます奥様。どうぞこちらへ」


 早速撫でよ構えよと足元へ絡みに行き、もう、歩きにくいわよとこれ笑顔にした吾輩の頭を撫でつつ椅子に腰掛ける。


「おはようございます奥様、お嬢様」


 これを待っていたといわんばかり、厨房よりソフィア嬢が器用に皿をいくつももち、各々の前へ。朝ご飯である。今日は何じゃろな。


「サバルカちゃんもおはよう。あなたの分はちょっとまっててね~」


 それを見つつ、吾輩の分をおすわりして待つ。頭をひと撫で、ソフィア嬢が厨房へ消え、声のみ聞こえた。

 もちろんですとも。吾輩は待てができる子である。

 待つこと2秒。まだかな?もうがまんのげんかいであるよ、わがはい。



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