邸廻る吾輩とご家人と

 吾輩はサバルカ、犬である。

 ふわふわ白き毛皮と凛々しく短い四つ足をもち、万人にかわいいねかしこいねと褒めそやされ日々過ごすこと請け負いの犬である。特技はかわいいことである。



 吾輩が我が朋のお家の子となり、ソティリア嬢が鼻血吹いてぶっ倒れた、のちに家中において「ソティリアの流血」などと呼ばれるとか呼ばれないとか、そんな事件の後、ソフィア嬢に抱かれた吾輩は、これ我が朋がために用意された子供部屋を訪れた。

 だがしかし、我が朋はお昼寝の真っ最中であった。


「ばたばたしててうっかりしてたけど、そろそろお昼寝の頃合いですもんねぇ…」


 ソフィア嬢の腕の中、吾輩も朋を眺める。

 すやすや眠る我が朋と言ったら、金の産毛は流れる蜜のごとく、長く笹の如き流麗な耳、小さく整ったお口のなんと愛らしきかな!これ昨日も言った気がする。

 我が朋は天使か、いや、エルフである。ならば森の妖精さんであろう、これなんと愛らしきこと。

 朋馬鹿と言いたくば好きにするが良い。まこと些事である。

 叶うならば今すぐ再び飛び降りて犬の特権を行使して舐め回し、全身を擦りつけ、尻尾で強く乱打したい。愛故に。吾輩の愛は狼たる母姉妹仕込みで一等激しいのだ。

 しかして、吾輩は我慢のできる賢い犬である。気持ちよくお休みのところを起こしてしまうのは、かわいそうである故に、我慢である。


「うーん、どうしよう。」


 眠る我が朋と、それを爛々と狙う吾輩を交互に見るソフィア嬢。もぞり身動きしてみれば、警戒されたか、動けぬ程度へがっちりと抱き直された。


「だめだよ、飛びついたりしたら。起きちゃうからね?」


 前科まえがあるゆえ、妥当な判断である。わかっておりますとも。我が姉たちは、何時いかなる時もお構いなく襲ってきましたが、吾輩はいい子である。眠っている相手には、斯様なことしませんとも。


「そうだ、リリーさんもいるし、いまのうちに邸内を見て回ろっか?」

「わふ」

「―――リリーさーん、いましばらく、お嬢様をお願いしてよろしいですか?」


 いうなり、廊下へ出たソフィア嬢が隣室へ声をかけたならば、隣室の扉がこれ開いた。

 現れたるは、ソティリア嬢よりやや年上くらいの、黒髪艷やかなるメイド殿。

 吾輩、エルフの年頃などさっぱりわからぬが。


「はいはい、うけたまわりましたよ。先程寝付いたばかりだから、しばらく起きないでしょうし。」

「申し訳ないです、いろいろお願いしてしまって…。」

「いいんですよ、お仕事ですから。――あ、できれば、戻られたときでもいいんですが…」

「なんです?」

「サバルカちゃん、抱っこしたいなぁって。」

「もちろん!何なら今!さぁサバルカちゃん、リリーお姉さんに抱っこしてもらおうね。」


 リリー殿と呼ばれたメイドさんへと吾輩をうけ渡す。吾輩は運搬される犬、運犬である。やかましい。


「サバルカちゃーん、リリーお姉さんですよー」


 腕の中にすっぽり納まる吾輩。これを喜色一面に覗き込まむリリー殿。この方もまた、抱っこがお上手である。しかもなんなれば、包容力というか、安心感がある。なるほどお姉さんである。我が同胞の姉たちにも見習ってほしい。


「か~わいいね~きみ~」

「さっきなんか、急に飛び出して姉様のお膝に飛び乗ったんですよ!もうあたしびっくりしちゃって!」

「あら~わんぱくね~」


 抱きしめ、眉間など撫でて楽しげに微笑むリリーお姉さんへ、ソフィア嬢が吾輩のフライアウェイへの驚きを熱弁する。2度も飛んだので、流石に肝を冷やされたらしい。相すまぬ。暫くやらないから許してほしい。忘れた頃にやりますが。


 

 暫くの間、吾輩の眉間、耳、背中となでるリリーお姉さん。やはり撫で方がお上手であった。この家のメイドさんは皆さん撫でるのがお上手である。なんとよき家であろう。

 して、吾輩はみたびソフィア嬢に抱っこされ、邸内を見て巡る。厨房や、あるいは洗濯、掃除などをご担当される、通いの皆様へもご紹介にあずかった。といっても、3,4名である。何故か皆様お名前を伺えなかったので、ゆくゆくはこれを伺いたいものだ。


 邸内を見て回り、一段落がついた。なるほど必要で十分を満たす素敵なお宅である。はてさてしかし、ひとつ困った。

 ―――吾輩、催したのである。

 吾輩は犬である。待てもできる。我慢も得意。だが、諸々あって、結構我慢しているのである。つまり端的に言うと漏れそうである。我が膀胱決壊す!の状態である。

 速やかに、そう速やかに下ろしてほしいところである。


「わん!ぅわん!!」

「どうしたの?降りたいの?ああこら、暴れちゃダメだって」


 たまさか内庭の側を通る頃、ソフィア嬢の腕の内でこれ大きめに鳴き、あらん力で身動ぐ。下ろして!火急!火急である!


「わん!」

「わかったから、いま降ろすから…どこ行くの!?」


 そっと降ろしていただくなり、吾輩は大急ぎでいい具合の物陰を探して走る。唸れ我が短足、全力で駆けよ!

 あった!いい具合の物陰!これに着くなり、吾輩は片足をあげ、放流。吾輩のふわふわの毛につかぬようにするには少々コツが必要である。

 しかしこの物陰はなかなかよい。覚えておこう。それと、大雉の方は埋めねばならぬから、もう少し地面が柔らかい方が望ましい。近い内にそちらも探さねばならんな。

 すっきり一息つくと、先ほど降ろしていただいたあたりへ戻る。


「サバルカちゃんー?…あ、戻ってきた」

「わん!」

「急にどっか行かないでよ、びっくりするでしょ。」


 待っておられたソフィア嬢に再度抱き上げられる吾輩。その際に気づかれたのだろう。


「ああ、そういう―――。あとで場所を教えてあげるから、今度からはそこでしてね?」

「わふん」


 相つかまつった。なんとご用意いただけるとは。吾輩はトイレトレーニングも完璧な犬であるゆえ、すぐさま覚えましょう。


「さてさて、だいたい見て回ったし、お嬢様のお部屋にもどろっか。」


 いいですとも。

 がしかし、我が朋の部屋へ戻ってみたところ、彼女はまだお昼寝の最中であった。お昼寝長いとは偉すぎる。


「まだ起きないのよ~。でもそろそろお乳の頃合いだから、奥様のところへお連れしなきゃ」

「あらあら…。サバルカちゃん、私達も戻ろっか。」

 

 奥様も姉様も落ち着いた頃でしょうし、とソフィア嬢。

 我が朋を抱いたリリーお姉さんと、吾輩を抱いたソフィア嬢がリビングへ向かう。

 そうして、改めて吾輩はご家人へご紹介いただくことと相成ったのである。ここまで長かったなぁ。




 居間である。

 まずは吾友のごはん、とこれを済ませ、お腹いっぱいになった我が朋がまた眠った頃。


「はいみんな、もう知ってると思うけど、こちらのふわふわのわんちゃんがサバルカちゃんです。ツィーの朋になって、今日からうちの子です。みんな可愛がってあげね。もちろん、悪いことをしたら、しっかり叱ってね。」


 右手で吾輩を、左手に朋を抱いたご母堂の声に、わかりました奥様、とメイド3人の返事が揃う。


「性格は、まぁもう気づいてる子もいると思うけど…やんちゃだけど賢いし、愛想もいい、とってもかわいい子よ。それに多分―――ある程度は私達のことばを理解してるみたい。」


 なんと、なんと。衝撃、バレていたとは!吾輩の偽装は完璧なはず!


「奥様、それはつまりどういうことでしょうか?」


 吾輩を怪訝に見つつソフィア嬢が問う。彼女は先にも吾輩を疑っておられたから、さもありなん。

 ご母堂があれ気づかなかったの?と首かしげ、吾輩を持ち上げる。


「大した話じゃないわよ、ほら…『かわいい』っていうと、自分のことだと思って耳と尻尾が動くでしょ?」

「ああそういう…」


 誤解なさるな。吾輩が自由意識で動してはおらん。動いてしまうのだ。

 そんな吾輩の様を見た皆の表情が、誠愛らしいものを見たそれになる。

なんなるか、こればっかりは仕方ないであろう。吾輩はサバルカ、かわいい白き犬であるゆえに。


「サバルカちゃんはかわいいわねぇ」

「本当に。サバルカちゃんはかわいいですね。ね、リリーさん、姉様。」

「そうね、ええ、本当にかわいい。」

「ソティリアさん鼻血出てますよ。」


 かわいいかわいいと連呼しながら吾輩を囲い、撫でる皆様。

 そんな中でもすやすや眠り続ける我が朋。

 まぁ撫でてもらえるならなんでもいいんですがね、思いつつ言うことを聞かぬ耳(耳のくせに!)と尻尾をどうにか大人しくさせようとする吾輩。


 こうして、吾輩の、サバルカの朋のお家の子生活第一日は過ぎていくのであった。

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