帰郷

わたくし

朝霧の中

 山の麓の広い平地、草地の所々に大きな石が散らばっている。

 朝の濃い霧の中から一人の男が現れる。

 男はある石の前に跪き手に持っていた花束を石の前に置いた。

 男は石に向かって話し始める。


「やっと帰ってきたよ」

「遅くなってごめん……」

「やっと全てが終わったんだ」

「それを報告しに来た」



「村を出る時に約束したね」

「一人前になったら、必ず貴女を迎えに来る」

「そして一緒に暮らそうって」

「貴女は『ずっと待ってるわ』と言って、僕の手を握ってくれたね……」


「この村の災厄を聞いた時、僕は王都でまだ見習い騎士の修行中だった」

「現地を調査した同僚からこの村の悲惨な状況を聞いて、とても胸を痛めたよ」

「そして、貴女の消息も……」

「すぐに戻って確かめようと思ったけど、見習い中の今の僕では何もできないと思ったんだ」

「何時の日にか必ず、村と貴女の為に復讐を果たす」

「そう心に誓ったんだ」

「だから、夢中で修行して一人前の騎士に早くなろうとしたよ」

「正式に騎士団に加入しても個人の事情で動く訳にはいかないので、必死に任務を遂行してきた」

「実績や実力が認められて騎士団長に任命されると、増々王国の為に尽くさなくていけなくなったんだ」

「故郷の村や貴女の事は一時も忘れていなかったよ」

「でも、王国や国民の平和の方が重要だったんだ」

「そして、王国の礎になる新しい騎士たちを育て上げる事も大切だった」

「日々の任務に忙殺している内に年を取り、騎士団長を退く時期になってしまった」

「僕は国王様に騎士団の引退と冒険の旅に出るお願いをした」

「国王様は喜んで許してくれたよ」

「やっと村や貴女の敵を討つ旅に出たんだ」

「災厄の原因を探して、撃ち倒すまでは絶対に死なない!」

「どんな事があっても、絶対に挫けない!」

「この意気込みで王都を出発したんだ」



 ――――――――



「もう行かなくては、仲間が待っているから」

「これから王都へ行って国王様に御礼を言ってパーティを解散したら、また戻って来るよ」

「貴女はあの時の姿のままだね」

「僕は年老いてしまったけど……」

「戻ったら、ずっと一緒に居ようね」

「あの時に約束したように……」


 男は立ち上がり、石に向かって深々とお辞儀をして朝霧の中へ消えて行った。



 男が話していた石は天使の様な美しい女性が石化した物だった。

 この平地は男の故郷の村があった場所だった。

 ある災厄によって村人達は全て石に変えられてしまったのだ。


 男が去った後、石化した女性の瞼に涙が光っていた。

 それは朝露が瞼の所で結露しただけかもしれないが、確かに涙を流していたのだ。



 fin

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

帰郷 わたくし @watakushi-bun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説