第11話 応援演説を頼まれる。ヤンデレは壊れた先にある。担任教師が来た!

 応援演説とかいう、プロレスみたいなモノがある。

 生徒会のメンバーを決めるにあたり、一年に一度だけある小さなイベントだ。

 多目的ホールに全校生徒が集められ、どうせ決まっているであろうメンバーの演説だったり、そんな人を推薦したりする、そんな感じの茶番である。


「で、今なんて?」


 俺は待ちに待ったお昼休みに、教室にやって来た女子生徒へ問いかける。

 その女子生徒の名は――紅葉秋歩。

 大体いつも泣かされている女王様みたいな、ちょっと残念だけど、スクールカースト的には高めな奴。

 うちの学校では可愛さが五番目くらいの、美少女でもある。(俺調べ)


「だ、か、ら、アンタに応援演説をしてほしいのよ」

「断る」

「……そ、即答? この、秋歩様がお願いをしているのにぃ?」

「お前だから断る!」


 あまりにも唐突なお願い、というか命令をしてくる秋歩様。

 俺は秋歩に関しては嫌いなので、もちろんお断りする。応援できない奴に演説なんてするべきじゃないし、どうせ誰がやっても同じだろう。


「はぁあ!? 佐藤のくせにぃ!」

「そろそろ、桜ノ宮春名が来る頃だな……。良いのか? ここにいて」

「うっ……。あの子は嫌、また後で来るわねー」

「しっしっ」


 桜ノ宮春名の名前を使っただけで、速攻退散する秋歩様。

 アイツ、どんだけ嫌がられてるんだよ……。

 秋歩は去り際に頭を下げてくる。


「佐藤、キープした件は本当に悪かったと思うわ。だからお願い、応援演説の話をちゃんと聞いてほしいのよ。放課後に廊下で待ってて」

「なんで俺なんだよ……」

「自覚無さそうだから言うけど、アンタ今、影響力ヤバイのよ」

「は……?」


 聞き捨てならないことを言われた。

 俺の影響力がヤバイ、とはつまり――学校の中で注目の的ということか?

 冷静に考えるなら、夏涼先輩に言い寄られている時点で、そうなっても不思議はないのか。あの人外面だけはアイドルだし。


「四股してるとか、それでいて五人目の女を彼女したとか、色々噂になってるの」

「……」


 事実とは若干異なるが、傍目から見ればそう思われても仕方ない。

 二年になってからずっと修羅場だからなぁ。


「で、この秋歩様もなぜか含まれているのよ。アンタのハーレムに!」

「それは俺も勘弁」

「どういう意味よ! とにかく、誤解をハッキリさせるためにも協力して」


 それだけ言うと、周囲をキョロキョロしながら秋歩が去った。やっぱり桜ノ宮春名が来てないか心配なようだ。

 本物のぼっち過ぎて、スクールカースト高めの奴でも手に負えないのか。

 周囲の評価とか気にしない奴と、秋歩は相性が悪いからな……。


「で、四季どうするの?」


 俺の席までやって来た梅雨裏が、聞いてくる。


「まぁ、聞くだけだな。応援演説をするかどうかは分からん」

「四季だけだと不安だから、ボクも放課後ついて行くよ」

「俺って、そんなに信用ない?」

「ボクのこと、約束のこと忘れてたよね?」

「ごめんって」

「四季だけだと、絶対大変なことになるよ。ボクも行くからね!」


 梅雨裏は不安な顔をしている。

 秋歩との仲を心配しているのだろう。アイツを好きなることなんて二度とない。

 少なくともその二人なら、俺は梅雨裏を選ぶ。

 形だけでも彼女だし、幼馴染で、親友で、大切な奴だ。俺の中で桜ノ宮春名に答えを出せてないから、こんな半端になってるだけなのだ。


「……四季、ボクと付き合うのって嫌?」

「なんだよ急に」

「本当はボク知ってる。四季が妥協とか、お試しで付き合うの嫌いだって」

「そうだな。でも梅雨裏のことは嫌いじゃないし、大切だ」

「もう……! 四季はズルいよ!」


 梅雨裏は真っ赤な顔でそう言うと、何を血迷ったのか、俺の口にキスをして自分の席に走り去った。

 ここ教室だぞ! みんな見てるんだけど!

 くそぉ、俺まで恥ずかしい。なによりも、嬉しく感じてしまうのが怖かった。


「……ズルいのはどっちだよ」


 俺にとって最初はいつも桜ノ宮春名だったけど、ファーストキスだけは梅雨裏だ。

 初めての彼女も梅雨裏だ。

 本当なら、一番だって言いたい。本物の彼女にしたい。だけど――


「ごめんな、梅雨裏」


 俺は小声で呟く。誰にも聞こえない謝罪の言葉だった。

 他の四人は俺をキープした。だから、俺が迷っても文句はないだろう。しかし梅雨裏は違う。ずっと俺だけを思い続けて、告白までしてくれた女の子だ。


「ちゃんと、諦めさせるから……」



「今日はここで昼にするか」


 俺はあの後――教室にいる気にはなれず、人気のない校舎裏に来た。

 うちの生徒の昼は、大体学食か、教室で弁当を食べるか、の二択である。だが、居場所のない生徒などは第三の選択肢としてこの辺りで食べてたりもする。


「……ん」


 朝に買っておいたパンでも食べようと考えていると、スマホが鳴った。

 電話でもメッセージとかでもないようだ。

 これはアレだ、通知だった。雪ヶ原冬揺の裏アカが更新されたのだろう。


『四季がいないよー』

『四季とわたし以外がいない世界の方がずっと良いのに♡』

『それとも!? 四季とわたしで心中とか? きゃっ♪』

『今、四季のクラスにいるの』

『今、四季の通った廊下にいるの』

『今、四季の向かった校舎裏付近にいるの』


 そんな通知が次から次へと……。


「ヒエッ! なんだこの裏アカ系メリーさん! 確実に近づいて来るのマジ怖い」


 なんで俺が通った廊下とか、分かるんですかねぇ。

 雪ヶ原冬揺が、前にも増して壊れてきているような……。ブレーキ故障してない?

 心中とか、流石に冗談だよな……?


「……四季」

「雪ヶ原メリーさん!?」


 俺がスマホを眺めていると、後ろから声をかけられた。

 小さいが、透き通った綺麗な声。

 裏アカ系メリーさんの雪ヶ原冬揺だった。いつの間にか、後ろにいたよ。


「ん、わたしそんな名前じゃない……」

「わ、悪い。いきなり話しかけられたからさ。ビックリしただけだ」

「……四季、何を見ていたの?」

「闇深い呟きとか?」

「……?」


 俺の言葉に、雪ヶ原冬揺は首をかしげる。とても可愛らしい。

 でも裏アカは可愛くない。

 マジで怖い。


「わたしは、風紀委員の仕事の一環。……四季と会ったのは偶然」

「お、おう」

「風紀が乱れた生徒、いなかった?」

「目の前に」

「え?」

「すみません、何でもないです。俺以外は今のところ見てないぞ」

「……そう」


 あくまでも、仕事の一環で出合ったことにしたいようだ。

 俺をストーキングするのが仕事であらせられるご様子。風紀委員という肩書を使って、そこらの生徒に聞き込みでもしたんじゃないだろうな?


「これからお昼なら、一生……じゃなくて、一緒に食べよう」

「今、一生なんとかって」

「ん、言ってない」

「いや、でも……」

「言って、ない」

「はい……」


 言葉の続きは何だったのだろうか。

 いや、考えるのはやめよう。

 これ以上追求すると、それこそ一生口を開けなくされそうだ。


「冬揺は、夏涼先輩とは逆のベクトルで怖いよなぁ」

「…………」

「あ、いやごめん。迫力があるって意味なんだよ。悪かった」

「他の、女の話をした?」


 怖いと言われたことではなく、他の女子の名前が不服らしい。

 心なしか、冬揺の目から生気がなくなっているような……。ハイライト消えてる。

 きっと俺の錯覚だろう。そうあってほしい。


「その女、四季の大事な人?」


 冬揺が貧乏ゆすりみたいに、足を動かしながら問いかけてくる。

 回し蹴りとかされたら、たぶん俺は死ぬ。


「全然、まったく。欠片程も彼女とかじゃないです。ただの友人です」

「そっか」


 心なしか、冬揺の目にハイライトが戻った。

 座り込んで、手に持っていた弁当を開け始めた。どうやら食事にするようだ。

 冬揺の弁当は自分で作っていると、前に言っていた。かなり家庭的なのである。


「……四季も食べる?」

「い、いや俺はこのパンがあるか――」

「四季も、食べる?」

「いやだから」

「四季も、食べて」

「はい」


 俺が拒否しようとすると、目のハイライトが消える。

 あまりに怖いので、受け入れた。


「……これ、自信作。包丁の扱いは誰にも負けない」

「包丁アピール必要だった? 絶対味をアピールするべきだよな!?」

「はい、あーん」


 俺のツッコミを無視して、冬揺があーんをしてくる。

 だけど……コレ、違くないか?

 箸を使って、力づくで俺の口をこじ開けて、手で食材をぶち込んできた。


「うがっ、逆! 逆だってぇ!」


 箸で口に食材を運ぶんだよおおおおお! 脳筋すぎるうううう!


「ん、四季」

「なんだよ」

「……梅雨裏ちゃん、こういう事してる?」

「まだしてないな」


 雪ヶ原冬揺が、なんだかしょんぼりしている。

 珍しい反応だ。他の女子の話だと目にハイライトが消えるのに、梅雨裏だけはただただ悲しそうな顔で、聞いてくる。


「……キスとかも?」

「それは、した、な」


 それを聞いて、冬揺がお弁当の食材に箸を突き刺した。

 きっと間違えたんだろう。ドジっ子め!

 ……めっちゃ怖いです!


「……四季は梅雨裏ちゃんを、選んだ?」

「どういう意味だ? 彼女にした、という意味ならそうだけど」

「梅雨裏ちゃんが、一番なの?」


 俺は、その質問に――答えることが出来なかった。

 沈黙を不思議に思ったのか、冬揺が俺の顔を覗き込んでくる。怪しんでいる。


「梅雨裏が彼女なんだから、そんなこと聞く必要ないだろ?」

「ん、梅雨裏ちゃんなら、キスだけで……止まったりしない気がした」

「まだ付き合って二日なんだよ」

「……二日もあれば、最後までいくのが梅雨裏ちゃんだと思う」

「それはいくらなんでも、早いだろ」


 常識的に考えて、付き合って二日ならキスでも早い方ではなかろうか。

 それだけで怪しむとか、勘が無駄に良いな……。


「……そこで止まるのは、一番じゃないから? 四季は誰が好きなの?」

「何を言ってるのか、分からないな」

「梅雨裏ちゃんでも、勝てない子がいるの?」

「そろそろ、昼休み終わるぞ。もう戻ろう。風紀委員が授業遅れたらマズイだろ」


 俺の言葉を、冬揺はまるで信じていない。

 ずっと疑惑の目を向けている。


「さっきの夏涼先輩……? って人? 四季を傷つけた秋歩って子?」

「違うって、何を怪しんでるんだよ」

「……その二人と梅雨裏ちゃん以外、四季から女子の話を聞いたこと、ない」

「俺の交友関係なんて、そんなもんだろ」

「………あえて、話さなかった? もう一人、いる?」


 どうしてこうも勘が良いのか。

 雪ヶ原冬揺は最強で、優秀過ぎるから。余計なことまで察してしまう子だ。


「俺、もう行くからな」

「……」


 冬揺は動かない。考え事をしているようだった。

 俺は自分の教室に向かおうと、歩き出す。

 下駄箱から廊下へ向かうと、声をかけられた。


「あらぁ? 佐藤君じゃない。こんなところで何をしているのかしらァ?」

「あ、先生」


 一階の廊下から、階段に上ろうとしていると、担任教師がいた。

 昼休みだし、別に怒られたりはしないだろう。

 まだ授業までは少し時間もあるし……。


「次の授業の準備、手伝ってもらえなぁい? してくれるの、ありがとう」

「まだ返事してないんですけど」

「ありがとうねぇ」

「……分かりましたよ」


 現代文を担当している教師であり、俺のクラスの担任。

 名前は――日ノ丸ひのまる節気せつき

 二十代前半くらいの、新米教師である。色気のある美女であり、男子生徒からは密かな人気がある人だった。


「ハァハァ」

「ん? 先生息荒くないですか? 体調でも悪いとか?」

「そんなことはないのよ。手伝ってもらえるのが嬉しいだけなのォ」


 俺は準備を手伝うために、先生の後を追った。

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