第9話 約束はキープしない。桜の季節だから。修羅場は終わらない!

「ねぇ四季、ボクじゃダメかな……?」


 告白だった。

 梅雨裏のその言葉は情熱的で、いつもとは違くて。

 だけど俺は……。


「梅雨裏が、約束の女の子だったんだな」

「うん」

「どうして……。なんで今、それを教えるんだ」

「四季が幼馴染だって、察したからだよ。雪ヶ原さんに聞いたんでしょ?」

「……っ」


 俺はきっと、約束を守れなかったのだ。

 昔のことだし、忘れてたのは普通だ。だから梅雨裏も文句は言わない。

 でもそれよりも、俺はどう答えればいい?


「返事、聞かせてくれないの?」

「突然だし、混乱するだろ……」

「ボクのこと、キープするの? それとも彼女にしてくれる?」


 断る、という選択肢をあえて例にあげない。

 それくらい梅雨裏は本気で。俺のことを好いてくれているのが分かって。

 この告白だって、望んだ形じゃなかったんだと思う。約束を果たせないから、仕方なく妥協して、勇気を出して伝えてくれた。


「そっか、迷うんだね。雪ヶ原さんのこと気になってる? いや、違うかな」

「それ、は……」


 梅雨裏がそう勘違いするのも無理はない。

 いや、本来はそうでなきゃおかしい。迷うならその二人のはずだから。

 でも違うんだ。梅雨裏が告白してきた瞬間――俺の脳裏に浮かんだのは冬揺ですらなかった……。


「ありがとう、な。梅雨裏の言葉は嬉しい」

「うん」

「だけど、ごめん。……付き合うことはできない」


 俺はきっと、ここで梅雨裏を選ぶべきだ。迷うなら、冬揺であるべきだ。だって、諦めきれてないのは、冬揺だったはずなんだから。

 アイツの顔が浮かぶのは、きっと直前まで遊んでいたからで……。

 初恋が忘れられないほど、俺は馬鹿じゃなかったはずなんだ。


「そんな気はしてたよ」

「え……?」

「だって四季、桜ノ宮さんといる時が一番楽しそうだもん」

「っ」


 見透かされたような言葉。俺自身ですら確信がないのに。

 自覚がなかった。


「ボクにとっては四季が初恋でも、初めての親友でも。四季にとっては、全部それが桜ノ宮さんなんでしょ?」

「……」


 そんなはずがなかった。

 俺は桜ノ宮春名にキープされて、散々振り回されて、もう終わった恋だ。

 なのに今でも好きで、気になってるのか?

 ……忘れられて、なかったのか?


「ボクはずっと、四季は雪ヶ原さんを選ぶと思ってた」

「……」

「だけど、四季がずっと選びたかったのは、桜ノ宮さんだったんだね」


 俺は何も言えなかった。

 こんな告白がなければ、一生気が付かなかったかもしれない。

 これはきっと、知るべきじゃなかったことだ。


「四季の一番は桜ノ宮さんだった。ねぇ、ボクは何番目? 雪ヶ原さんは?」

「そんなの、答えられるわけないだろ……」

「ボクは、二番目なんでしょ?」

「言えるわけ、ないだろ」


 どうして、梅雨裏はそんなことを言うんだろうか。

 意地の悪い質問だった。

 しっかり返事をしたのに。断ったのに。梅雨裏は諦めてないみたいに。


「良いよ」

「え……?」

「ボクは二番目でも良いよ。だからさ、付き合ってよ」


 梅雨裏の言葉があまりにも、酷くて、魅力的で、頭が真っ白になる。

 信じられないことを言ってきた。

 普段の梅雨裏なら、他人事でも怒ってそうな、酷い提案だ。


「お前、なに……言ってんだよ」

「今は負けてても良いよ。ボクの恋人になって、必ず振り向かせるから」

「おかしいだろ、そんなの」


 一番じゃないのに、選ぶ。そんな選択は最悪だ。最低だ。

 なのに、梅雨裏は喜ぶだろう。

 キープされても、二番目でも、約束を守らなくても。フラれたくないのだ。


「ボク諦められない」

「……」

「四季が正しいよ。普通はフラれたら諦められるから。でもね、恋人になっても振り向かないくらいじゃないと、終われないよ……」


 梅雨裏は子供の頃から、約束を大切にしていて。今でも俺が好きで。

 普通の対応じゃ、言葉では諦められないと、そう言っている。

 十年以上の恋だから、言葉では終われない。諦めるために恋人になってくれって、そんな残酷な選択を迫ってきた。


「無理だろ、そんなの」

「四季に彼女ができたら、桜ノ宮さんも焦ってくれるかもよ?」

「……そんなこと言うなよ」


 梅雨裏にこんなこと言わせたくない。酷い言葉だ。

 ここまで追い詰めたのは、俺なんだ。

 約束を忘れて、梅雨裏を忘れていて。誰か一人に決められなくて。その結果だ。


「それで、そんなことをして、本当に諦められるのか?」

「うん」

「もっと悲しい思いをするだけじゃないのか?」

「そうだね。でも諦めることはできるよ」

「……っ。そこまでかよ」

「それくらいボクは本気なんだよ? ちゃんと諦めさせて欲しいよ」


 俺は後悔するだろう。

 この提案を受け入れたら、後戻りはできない。

 だけど、梅雨裏を永遠に束縛するよりはマシな選択なんだろうか?


「それにさ、四季は勘違いしてるよ?」

「なんだよ」

「ボクは一番を目指すからね? 二番目のまま終わったりするつもりないから」


 俺がこれからする選択は、キープよりも最低で最悪だ。

 梅雨裏は一番になるために。俺は諦めさせるために。そのための恋人。

 なにより、この事実を知られてはいけない。他の四人にバレたら、余計に大変なことになるから。

 他の四人はあっさり諦めるかもしれない。その可能性は高い。だからこそ、バレたらいけない。隠し通すしかない。


「いいんだな? 本当に、それで」

「ボクはそれが良いし、嬉しいよ」

「…………分かった。俺達は今日から――”恋人”だ」


 俺は、提案を受け入れた。



「俺と梅雨裏は、付き合うことになった。恋人なんだ」

「えへへ。照れちゃうよ……!」


 朝の教室。授業が始まるよりも前。俺と梅雨裏が宣言する。いつものように、別クラスのくせに集まってくる四人に向かって。

 雪ヶ原冬揺、紅葉秋歩、海梨夏涼、そして――桜ノ宮春名が、固まっていた。頭で処理できません、みたいな顔だった。


「四季君、ちょっとそれは急展開でしょ。昨日、あの後何があったの?」

「……昨日? 四季、桜ノ宮さんとデートしてたんだ」

「いや、それは……」


 桜ノ宮春名が目をくわっと開いて、そんな質問をしてくる。

 相変わらず顔芸が酷い。

 そして梅雨裏が、不機嫌そうな声で問いかけてきた。

 怖いので話題を変えよう。そうしよう。


「いや、それ以前に、梅雨裏が女子だってことに違和感とかないのか?」

「私は知ってたから。おっぱいさわさわしたからね! あの時、気が付いたよ。てっきり自認が男な人だと思ってた」

「そういえば初対面で、セフレ扱いしたり、胸触ってたなお前……」


 冷静に思い返すと、桜ノ宮春名がヤベェ。

 他の三人に目を向けると、既に二人いなかった。

 夏涼先輩はいなくなってるし、秋歩に関しては、壊れた人形みたいな動きで教室を出て行く……。

 雪ヶ原冬揺は高速でスマホに何か打ち込むと、走って教室を出た。


「で、四季君。話を逸らそうとしないで、答えてね」

「そうだね、四季が桜ノ宮さんとデートしてたこと、詳しく話して欲しいよね」

「……」


 俺は現実逃避のために、スマホを眺める。

 そして――


「ヒエッ」


 雪ヶ原冬揺の裏アカがとんでもないことになっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る