第8話 ラスボス覚醒。サボり魔とデート。圧倒的メインヒロイン!
ボクには約束がある。
忘れたことがない、大切な約束。
昔、流行っていた腕輪を交換しようって、そんな約束。
「本当はね、諦めてたんだ……」
ただの交換じゃない。彼と恋人になるための交換。
いつか、未来で出会えても、その時に彼が忘れていたらボクは諦める。
だけど――もし、思い出したなら。憶えていたのなら。
「四季は、雪ヶ原さんと結ばれると思ってた」
「……」
子供の頃に一度だけしか会ってないけど、高校に入って直ぐに気が付いた。
お互いに、分かった。
ボクは諦めて、雪ヶ原さんに譲ろうと思っていたんだ。
「……わたしも、そう思ってる」
「なら、四季に教えるべきじゃなかったよ。ボクに問いかけさせないでよ」
「貴方は半端」
「どういう意味かな?」
「……四季に何で『男』だと言ったの? 何で女子の制服を着るの?」
ボクのこの一人称も、彼がボクを男の子だと勘違いしてたから。昔の、子供の頃の彼がその方が良いと言ったから。それだけ。
ボクは四季のことが大好きで。それは異性として、恋愛対象としての好きで。
彼が望んだままのボクでいたくて。
でも――気が付いてほしいから。女子の制服を着て、アピールもしたりして。
「そうだね……。ボク、中途半端なんだ」
「ん、譲るつもりはあるの?」
「ないよ。もうなくなっちゃった……。中途半端はやめる」
ボクがそう言った瞬間、雪ヶ原さんは泣きそうな顔をした。直ぐに戻ったけど。
余計なことを言わなければって、顔に書いてある。
きっと、不安で確認しちゃったんだ。ボクのことを思い出してないかって。
「……どうして? なんで今更邪魔するの」
「後からしゃしゃり出て来たのは、みんなの方なんだよ?」
「……っ」
そう、それだけは覆らない。
ボクが最初なんだ。一番最初に出合って。一番最初に好きになった。
彼は、四季は忘れてるけど。
「高校に入ってからもさ、一年もあげたんだよ?」
「……そう、だけど!」
「みんなにはチャンスあげたよね? もう譲ったよね?」
「でも……」
「四季に幼馴染かって聞かれた時ね、悲しかった。思い出したわけじゃなくて、雪ヶ原さんが教えたんだって、分かったから」
「ごめん、なさい……」
約束はどんな形であれ、もう叶うことはない。
四季が思い出すか、忘れたままか、そのどちらかで決めるつもりだったから。
だけど、もう誤魔化せない。
「だからさ、ボクが四季を奪っても怒らないでね? もう譲らないからね」
「それは、やめて……!」
「どうしてボクだけは止めるのかな? 桜ノ宮さんは? 海梨先輩は?」
「…………」
簡単なことだ。雪ヶ原冬揺が一番有利だから。好かれてるから。
最後に告白されて、キープではあったけど、唯一前向きな関係だったから。
勝てる戦いだから、止めなかった。
「もう遠慮しないで四季に選んでもらうよ。ボクはキープなんてしないもん」
「っ」
「他の三人は四季を軽く考えたから、キープした。雪ヶ原さんは、覚悟がなかったからなんでしょ? 四季の中に、ボクがいるかもしれないから」
四季の周りにはたくさんの子がいる。
でも実際は二人だけ。
雪ヶ原さんとボク。この二人で奪い合うか、片方が折れるかだった。
「……四季は、貴方を忘れてる。約束の子でも、告白なんてしてこないはず。そんな覚悟があっても、彼女になれるわけじゃない」
「雪ヶ原さん、珍しく喋るね。でも勘違いだよそれ」
「……?」
雪ヶ原さんの言葉は、いや、他の女子も間違ってる。
根本的に本気じゃない。
「ボクは告白を待ったりしない。自分からするよ? そもそも既にしてるからね」
「――っ」
ボクはもう友達じゃない。親友じゃない。
彼女になりたい。
四季に選ばれるのは、選ばせるのはボク。絶対に譲らない。
「要件はそれだけ。もう行くね」
*
「四季君、高校生の男女がデートするならカラオケだよ」
桜ノ宮春名がそう言う。
俺は商店街に放置され、途方に暮れているところを捕まった。
頭のおかしな美少女であり、清楚系小学生男子みたいな奴だが、高校に入ってからは梅雨裏と同じくらい付き合いがある仲だ。
「その心は?」
「ホテルだとお値段が高いし、補導のリスクがあるからね! でもカラオケなら密室で音漏れしない場所だし、交尾できるんだよ」
「ドヤ顔で何言ってんだコイツ」
「交尾!」
「やめてやめて! 周りの人見てるから、俺が言わせてるみたいだろ!」
桜ノ宮春名の恐ろしいところは、コレがボケではないことだ。本人は至って真面目に本気で言っているし、そんな自分を良い女だと思ってる。
一言で表すなら、重症なのである。
「確かに、お前が変な事を言うから、カラオケしか選択肢がない」
「素直じゃないなぁ四季君は」
「お、ま、え、が、原因だからな? 人目をもう少し気にしてくれ」
「人目があるところで……するの?」
「…………」
俺はもう会話を放棄して、スタスタと歩く。
一応、向かう先はカラオケボックスである。ちょうど見えるくらいの場所にあるので、せっかくだし、行くことにした。
「四季君、私のことセールスのおねぇさんと勘違いしてない? 何で歩き去ろうとするの? なんで早歩きなの!」
「セールスのおねぇさんが良かった」
「酷いよ!」
桜ノ宮春名が、小走りで追いかけて来る。
俺の制服の裾を掴んできた。恋人なら、よくありそうなシチュエーションだろう。
少しくらいは可愛いところもあるじゃ――
「おい待て」
「私を公衆の面前で犬扱い……。四季君は鬼畜だね」
「そうじゃなくて! 何で脱がそうとしてくるんだよ!」
制服の裾を掴んで、さわさわした後、なぜかそのまま俺の制服を脱がそうとしてきたのだ。
俺の制服を奪ってどうするつもりなのか……。
「私がソレ羽織ったら、四季君の女アピールできるかなって。あ、必要ないや。だってこの後、室内で四季君の女にされちゃうんだもんね!」
「もうヤダこの子……」
俺が既にぐったりしていると、店の前についた。
桜ノ宮春名が店内に入る。俺もついていく。店員と話せるのか?
「二名様でよろしいでしょうか?」
「もう一人いるでしょ? あ、店員さんには見えないですよね!」
「ヒェッ」
桜ノ宮春名が幽霊でもいるかのように、演技をして遊んでやがる。
店員さんがめっちゃビビってる……。なんて奴だ。
「おいコラ。店員さんで遊ぶな」
「高校生のお客様がお二人で、お間違いないですか……?」
「はい、そうです。なんかすみません……。この子ちょっとアレなんです」
「なるほど」
店員さんのカップルを見る目が、保護者を見る目になった。
俺に同情の視線を向けてくる。そうなんです。大変なんです。
歌う前に体力が尽きそうなんだが……。
「学生割がありまして、アプリとかありますか? なければ、このコースでも割引がされますので、よろしければ……」
「アプリあります」
桜ノ宮春名が店員さんに、スマホを勢い良く向ける。
なぜか店員さんの顔が引きつっている。
「あ、間違えた。マッチングアプリだった。コレ、四季君しか出会わないような条件で絞ってるから、永遠に動かないアプリ……」
「おいコラ」
俺しか出会わない条件ってなんだよ……。
特定の人物を狙い撃つためにマッチングアプリとか、用途間違えすぎだろ。
それよりも、店員さんが可哀想なので、アプリはないと伝える。
「205になります……。ご、ごゆっくりどうぞー」
俺達が部屋に向かうのを見て、店員さんがため息をついていた。
本当に申し訳ない。
桜ノ宮春名が想像以上に社会不適合者すぎる……。心配になるレベルだ。
「私の可憐なる歌声を披露してあげるんだよ!」
「そすか」
「やっぱり定番の曲からだよね」
「ほう……」
桜ノ宮春名がタブレット型のデンモクを手に取る。
どうやら、曲を予約したらしい。
俺はもうオチが分かってるので、聞き流すつもりで無心になる。
「さんぽ」
桜ノ宮春名とカラオケに来るのは、初めてじゃない。
もう何度か来てるので、歌う曲も大体把握している。とても酷いのだ。
音痴とかじゃない。選曲が酷い。
「アールコール、アールコール、私は元気ー♪ アールコールの大好き♪」
「そんな救いようのないアル中の歌だっけ」
歌詞をちゃんと読んでない。
もはや替え歌である。歌い間違えが酷いにも程がある……。
ある意味、常に酔っているのではと疑うレベルの人物なので、違和感はない。
「選曲まで小学生なんだよなぁ」
と、歌も終盤に差し掛かる。桜ノ宮春名がしょんぼりし始めた。
これもいつも通りだ。
「友達たくさんー♪ 嬉しい、い、なぁ……」
「お前友達いないもんな」
「うるさいよ! ちゃんと静かに聞いてよ! そして盛り上げて!」
「黙って盛り上げるとか、高等テクニックすぎる」
桜ノ宮春名は流行りの曲とか分からないし、歌えない。
聞くのはそんな好きじゃないらしく、レパートリーが絶望的なのだ。
どんな育ち方したらこうなるんだろうか……。
「歌うの上手いけどさ、さんぽで盛り上がるの、高校生には難易度高けぇ」
「盛り上げるのは下半身でも良いよ」
「凄く萎えるから無理」
気を抜くと下ネタも飛んでくる。ここカラオケだよね?
*
「やっと解放された……」
あれから数時間、満足した顔の桜ノ宮春名を駅までおくった。
そして俺は、自分の家に向かっていた。
疲れた……。
「けど、なんやかんやで楽しいんだよなぁ」
変な奴だし、頭がおかしいけど、楽しい奴なのだ。良い奴なんだ。
俺が一番最初に好きになって、告白した相手。
実は梅雨裏よりも友人になったのは早い。入学して直ぐだったから。
「俺はあの四人の中から、誰を選ぶべきなんだろうか」
俺をキープしていた女子達が、いつの間にか、逆に俺にキープされているのはなんだか不思議だが、いつまでも続けるわけにもいかない。
「え……?」
自分の家が見えてきて、思考が止まった。
「梅雨裏……? なんで」
「おかえり、四季。待ってたんだよ、いきなり早退しちゃうしさ」
「いや、お前、なんで……家」
「四季の家なら知ってるよ? 来た事あるんだし、当たり前だよ」
俺の家の前に、梅雨裏がいる。
……いや、俺の知っている梅雨裏じゃない。別の誰かと重なる。
「呼んだことなんて、無いはずだろ」
「あるよ。子供の頃に」
「そう、なのか? 梅雨裏だったのか……?」
今の梅雨裏は私服だ。
だから変だ。
いつもならボーイッシュな恰好をしている。でも、今日は違う。
制服でもないのに、スカートだ。全体的に、女子としてのアピールを感じる。
「…………」
「なぁ、梅雨裏なんだな?」
こんなにも美少女で、最高に可愛くて、好みのタイプなのに。
俺の目には、別の誰かが映って見える。
男っぽい子供の姿が、昔の記憶がフラッシュバックする。
「そうだよ」
「……なんで、言ってくれなかった」
梅雨裏がゆっくりと、俺に近づいて来る。笑顔のまま顔を近づけて――
「約束だったから」
「……っ」
俺はキスをされた。
唇に、梅雨裏の唇が一瞬だが重ねられた。
もう、間違いなかった。
「ねぇ、四季。大好きだよ。ずっと好きだったんだ。ボクと付き合ってくれない?」
「嘘だろ……」
「本当だよ。ボクは女の子で、四季が異性として好きなんだよ」
約束の女の子は、梅雨裏だった――
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