第7話 本当の修羅場が始まる。ラスボスが動く。極道に拉致されました!

「…………今なんて?」


 雪ヶ原冬揺は一体何を言ったのだろうか?

 訳も分からず、こんな質問しか出てこない。

 俺に幼馴染の女の子なんていた記憶はないし、子供の頃なんて男友達としか遊んだ覚えはない。


「梅雨裏さん……? はあの時の女の子だと思う」


 梅雨裏が幼馴染で、女子……?

 確かに女の子にしか見えないし、実際、生物学的にはその可能性もある。

 だが――出合ったのも、仲良くなったのも、高校に入ってからであって、幼い頃からの付き合いではない。

 あんな可愛い子を忘れるとも思えないし……。


「いや、それはないだろ」

「……そう。四季は忘れてる?」

「むしろ何で冬揺は憶えてるのか謎だ。勘違いじゃないか?」

「……それを聞いて安心した。あの子はもう四季の中にはいない」

「どういう意味だ?」

「別に……。気にしないでいい」


 冬揺は厄介ごとを片付けたような顔で、どこか嬉しそうにしている。

 よく分からないが、機嫌が良いようだ。相変わらずテンションは低いし、声は小さいけど俺には分かる。珍しいな……。


「四季には、過去よりも今を選んでほしい。わたしを選んでほしい」

「そうだな……」


 幼馴染の女の子なんていない。あの約束の女の子くらいしか、思い浮かばない。

 きっと、あの子と出合うことはないだろう。

 相手の子は忘れてるだろうし、俺も忘れたらいい。昔の、子供の頃の話だ。


「久々にゲームでもして遊ぶか」

「うん!」


 俺達の夜はいつも通り楽しい。

 去年と変わらず、いや、少しだけ進展しているような心地良さがあった。



「おはよう」


 俺はあの後、夜ご飯だけご馳走になり、自分の家に帰宅して寝た。

 そして朝になって、いつも通り学校へ来た。

 教室に入り、梅雨裏に挨拶する。


「あ、四季。おはよう! ……なんか眠そうだね」

「ちょっと寝不足でな。なぁ梅雨裏」

「ん、なに?」

「…………俺達って、幼馴染だったりするか?」


 俺がそう言葉を発した瞬間――梅雨裏が、止まった。表情が、動作が、恐らくは思考すらも。微動だにしないで、こちらを見ている。

 いつも笑顔を絶やさない梅雨裏が、真顔で止まっている。


「四季、急にどうしたの?」

「いや……。忘れてくれ。変な事を聞いた」


 こんな変な質問をされたら、誰でも戸惑うだろう。高校からの友人にこんな事言われても、不気味としか思えないはずだ。

 直接聞けば、ハッキリするかと思ったが……。

 冷静になると、俺がめっちゃ変な奴になるだけだ。


「四季はさ、昔の約束を今も大事にしてる? ボクは凄く大事にしてるよ」

「ん、ああ。梅雨裏もその腕輪で、約束してるんだっけか」

「四季が約束した子に、今さらだけど……出合ったらどうする?」

「梅雨裏ぐらい美人になってたら、プロポーズして振られてそうだな」

「へぇ」


 なんだか違和感だ。いつものボケをしてこない。

 梅雨裏なら、照れたふりをして俺を困らせてくるのに。今日はしないらしい。

 それじゃまるで……。いや、そんなはずはない。でも――


「ボク、ちょっと雪ヶ原さんに会ってくるね」

「え……?」


 俺が何か言う前に、梅雨裏が教室を出ていった。

 あの二人に面識なんてないはずだ。

 風紀委員に用事があると思えないし、あるなら、このクラスの人に言えばいい。


「おい梅雨裏!」


 俺も追いかけようと、教室を出ると――


「おやー? 昨日アタシから逃げた、後輩くんじゃあないっすか」

「まじか……」


 こんな大事なタイミングで、一番会いたくない人に遭遇した。

 海梨夏涼――この学校のアイドルにして、極道の娘。俺が振って、絶賛ブチギレ中の女子だった。


「アタシ、これから早退するんすよ」

「そ、そうですか。俺はこれで失礼します」

「あはー。何言ってるんすか? 後輩くんも、早退することになったんすよ今」

「は……?」


 俺の手を握り、廊下から階段の方へ向かい始める。


「ちょいちょい。何で俺まで」

「アタシの親父が呼んでるんすよ。後輩くんのことを」

「え」

「学校の近くまで来てるっす。断ったら、どうなるか分かるっすよね?」


 凄く可愛らしい笑顔で、そう言った。

 死刑宣告に等しい。

 だが、夏涼先輩の父親は怒らせると本当に洒落じゃすまない。


「冗談、だよな?」

「どんな冗談よりも、現実を疑いたくなるような思いをしてぇのか?」

「うへぇ……」


 夏涼先輩が本性を出して、忠告してくる。

 そう――これは脅してるわけじゃない。むしろ心配しているのだ。

 夏涼先輩の父親が来いと言えば、行くしかない。断れば、本当にヤバイ。


「く、黒塗りの高級車……。運転手がグラサンって」


 学校の校門を出ると、ヤバイオーラ全開の車が止まっているのが遠目に見えた。

 今時、あんな分かりやすいのも珍しい。

 近くの人達も、明確にそこを避けて歩いている。俺も逃げたい……。


「夏涼先輩、あの車に向かったらバレますよ?」

「アタシは別の車が来るっすよ。後輩くんは、親父が乗ってるアレにどうぞっす」


 夏涼先輩は学校では、身内のことは隠している。

 あんな車に向かえば登校中の生徒にバレるし、噂になるだろう。

 だが、どうやらそれは対策済みらしかった。


「あの、それだと俺と親父さんが、二人きりみたいに聞こえるんだが?」

「運転手もいるっすよ」

「……マジで、俺あれに乗るの?」

「ゴートゥーヘ……じゃなくて、レディーゴーっすよ!」

「俺、殺されたりしないよな?」

「親父はそんな優しい人じゃないっすよ。安心してほしいっす」

「ですよねー」


 安心できる要素が無さすぎる……。行きたくねぇ!

 俺はしぶしぶと、車の前に歩いていく。


「よぉ坊主。まぁ乗れや」

「え、あ、はい」


 車の前まで行くと、親父さんが声をかけてきた。

 四十代半ばくらいで、意外にも普通の洋服を着ているが、違和感がすごい。

 誰がどう見ても、カタギじゃない側の人だった。片目に傷がある。ヤベェ。


「あのー、何で俺が呼ばれたんでしょうか?」

「テメェよ、夏涼を振ったらしいじゃねぇか。それが本当か聞きたくてな」


 車の中に押し込まれて、隣に座る親父さんが本題を口にした。

 やっぱりか。それが原因だったか……。


「本当ですよ」

「ほー。大した度胸だなぁ? 俺の娘には魅力がねぇってか?」

「いえいえ。どちらかというと、貴方が付属することが最大のデメリットというか、なんと言いますか……」

「ハハハ! 言いやがる。高校生のガキなのに怖くねぇのか?」


 この人も、その身内も、怖い。

 だが一般人にはあまり手出しはしない。この人は俺に何もしないはずだ。

 知り合いだし、こうして話すのも五回目くらいだ。


「ところで、この車走ってますけど、どこへ向かってるんですか?」

「樹海だ」

「は?」

「内の組が管理してる森があってな、そこへお前さんの死体をぽいっとな」

「…………」

「ハハハ!」

「……………………おろしてくれええええええええええええ!」


 前言撤回。

 嫌だ死にたくない! この人怖すぎるううううう!


「なんてな。お前が夏涼と恋人なら、その予定だったんだが……」

「相変わらず、娘さんのことになると見境ないですね」

「今は予定を変更して――」

「変更して……?」

「東京湾に向かってるところだ」

「場所変えただけじゃねぇか! 殺す方を変更してくれよ!」


 流石に渾身のギャグなんだと思いたい。

 ……マジで俺大丈夫かな。


「坊主は度胸があるんだか、ないのか、分からんよなぁ」

「ありませんよ。アンタらと関わるから、耐性ができただけで……」


 俺の言葉を聞いて、心なしか運転手が震えている。

 怒ってるとかじゃなくて、怖がっている感じだ。震えたいのは俺の方なんだが。


「グレてるガキが舐めた口をきくことはあるが、お前さんみたいに、弁えた上で俺にそんな対応する奴は真面じゃねぇぜ」

「本当に確認のためだけに呼んだんですか?」

「ああ……。娘をやる気はねぇが、坊主のことは認めているからな。息子になる気はねぇのか? 組に入れてやっても良いぜ」

「温泉に入れない人生は嫌なので、結構です。混浴行けないし」

「ハハハ!」


 こっちは真面目に答えたのに、爆笑されてしまった。

 と、車が止まった。

 周囲を見てみると、普通の商店街だ。


「用はすんだ。おりな」


 どうやら、本当に話をしたかっただけのようだ。

 …………めっちゃ怖かった。


「夏涼とは、友人として仲良くしてやってくれや」

「そうですね」

「友人として、な。くれぐれも、友人としてな」

「え、あ、はい」


 なんかめっちゃ念押しされて、車から降ろされた。やはり親バカだ。

 車が去って行くのを見送り、俺はため息をつく。


「災難すぎるだろ」


 強制的に学校を早退させられた上に、商店街に放置かよ……。

 学校の駅からは三駅くらい隣の街だ。

 実際にここに来たのは始めてだな。せっかくだし、見てから帰るか。


「四季君……?」


 背後から、清楚系小学生男子みたいな声がする。

 俺は無視して、前に歩いて行く。


「無視は良くないなぁ! 四季君もサボり? 分かるよ、私もみんなが授業受けてる時に一人だけ外で歩くの、快感だから偶にするんだ!」


 俺の肩を背後から、がっちり掴んでそう言った。

 その人物は、学校をサボって、仲間を見つけた目をする桜ノ宮春名だった――

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