第7話 本当の修羅場が始まる。ラスボスが動く。極道に拉致されました!
「…………今なんて?」
雪ヶ原冬揺は一体何を言ったのだろうか?
訳も分からず、こんな質問しか出てこない。
俺に幼馴染の女の子なんていた記憶はないし、子供の頃なんて男友達としか遊んだ覚えはない。
「梅雨裏さん……? はあの時の女の子だと思う」
梅雨裏が幼馴染で、女子……?
確かに女の子にしか見えないし、実際、生物学的にはその可能性もある。
だが――出合ったのも、仲良くなったのも、高校に入ってからであって、幼い頃からの付き合いではない。
あんな可愛い子を忘れるとも思えないし……。
「いや、それはないだろ」
「……そう。四季は忘れてる?」
「むしろ何で冬揺は憶えてるのか謎だ。勘違いじゃないか?」
「……それを聞いて安心した。あの子はもう四季の中にはいない」
「どういう意味だ?」
「別に……。気にしないでいい」
冬揺は厄介ごとを片付けたような顔で、どこか嬉しそうにしている。
よく分からないが、機嫌が良いようだ。相変わらずテンションは低いし、声は小さいけど俺には分かる。珍しいな……。
「四季には、過去よりも今を選んでほしい。わたしを選んでほしい」
「そうだな……」
幼馴染の女の子なんていない。あの約束の女の子くらいしか、思い浮かばない。
きっと、あの子と出合うことはないだろう。
相手の子は忘れてるだろうし、俺も忘れたらいい。昔の、子供の頃の話だ。
「久々にゲームでもして遊ぶか」
「うん!」
俺達の夜はいつも通り楽しい。
去年と変わらず、いや、少しだけ進展しているような心地良さがあった。
*
「おはよう」
俺はあの後、夜ご飯だけご馳走になり、自分の家に帰宅して寝た。
そして朝になって、いつも通り学校へ来た。
教室に入り、梅雨裏に挨拶する。
「あ、四季。おはよう! ……なんか眠そうだね」
「ちょっと寝不足でな。なぁ梅雨裏」
「ん、なに?」
「…………俺達って、幼馴染だったりするか?」
俺がそう言葉を発した瞬間――梅雨裏が、止まった。表情が、動作が、恐らくは思考すらも。微動だにしないで、こちらを見ている。
いつも笑顔を絶やさない梅雨裏が、真顔で止まっている。
「四季、急にどうしたの?」
「いや……。忘れてくれ。変な事を聞いた」
こんな変な質問をされたら、誰でも戸惑うだろう。高校からの友人にこんな事言われても、不気味としか思えないはずだ。
直接聞けば、ハッキリするかと思ったが……。
冷静になると、俺がめっちゃ変な奴になるだけだ。
「四季はさ、昔の約束を今も大事にしてる? ボクは凄く大事にしてるよ」
「ん、ああ。梅雨裏もその腕輪で、約束してるんだっけか」
「四季が約束した子に、今さらだけど……出合ったらどうする?」
「梅雨裏ぐらい美人になってたら、プロポーズして振られてそうだな」
「へぇ」
なんだか違和感だ。いつものボケをしてこない。
梅雨裏なら、照れたふりをして俺を困らせてくるのに。今日はしないらしい。
それじゃまるで……。いや、そんなはずはない。でも――
「ボク、ちょっと雪ヶ原さんに会ってくるね」
「え……?」
俺が何か言う前に、梅雨裏が教室を出ていった。
あの二人に面識なんてないはずだ。
風紀委員に用事があると思えないし、あるなら、このクラスの人に言えばいい。
「おい梅雨裏!」
俺も追いかけようと、教室を出ると――
「おやー? 昨日アタシから逃げた、後輩くんじゃあないっすか」
「まじか……」
こんな大事なタイミングで、一番会いたくない人に遭遇した。
海梨夏涼――この学校のアイドルにして、極道の娘。俺が振って、絶賛ブチギレ中の女子だった。
「アタシ、これから早退するんすよ」
「そ、そうですか。俺はこれで失礼します」
「あはー。何言ってるんすか? 後輩くんも、早退することになったんすよ今」
「は……?」
俺の手を握り、廊下から階段の方へ向かい始める。
「ちょいちょい。何で俺まで」
「アタシの親父が呼んでるんすよ。後輩くんのことを」
「え」
「学校の近くまで来てるっす。断ったら、どうなるか分かるっすよね?」
凄く可愛らしい笑顔で、そう言った。
死刑宣告に等しい。
だが、夏涼先輩の父親は怒らせると本当に洒落じゃすまない。
「冗談、だよな?」
「どんな冗談よりも、現実を疑いたくなるような思いをしてぇのか?」
「うへぇ……」
夏涼先輩が本性を出して、忠告してくる。
そう――これは脅してるわけじゃない。むしろ心配しているのだ。
夏涼先輩の父親が来いと言えば、行くしかない。断れば、本当にヤバイ。
「く、黒塗りの高級車……。運転手がグラサンって」
学校の校門を出ると、ヤバイオーラ全開の車が止まっているのが遠目に見えた。
今時、あんな分かりやすいのも珍しい。
近くの人達も、明確にそこを避けて歩いている。俺も逃げたい……。
「夏涼先輩、あの車に向かったらバレますよ?」
「アタシは別の車が来るっすよ。後輩くんは、親父が乗ってるアレにどうぞっす」
夏涼先輩は学校では、身内のことは隠している。
あんな車に向かえば登校中の生徒にバレるし、噂になるだろう。
だが、どうやらそれは対策済みらしかった。
「あの、それだと俺と親父さんが、二人きりみたいに聞こえるんだが?」
「運転手もいるっすよ」
「……マジで、俺あれに乗るの?」
「ゴートゥーヘ……じゃなくて、レディーゴーっすよ!」
「俺、殺されたりしないよな?」
「親父はそんな優しい人じゃないっすよ。安心してほしいっす」
「ですよねー」
安心できる要素が無さすぎる……。行きたくねぇ!
俺はしぶしぶと、車の前に歩いていく。
「よぉ坊主。まぁ乗れや」
「え、あ、はい」
車の前まで行くと、親父さんが声をかけてきた。
四十代半ばくらいで、意外にも普通の洋服を着ているが、違和感がすごい。
誰がどう見ても、カタギじゃない側の人だった。片目に傷がある。ヤベェ。
「あのー、何で俺が呼ばれたんでしょうか?」
「テメェよ、夏涼を振ったらしいじゃねぇか。それが本当か聞きたくてな」
車の中に押し込まれて、隣に座る親父さんが本題を口にした。
やっぱりか。それが原因だったか……。
「本当ですよ」
「ほー。大した度胸だなぁ? 俺の娘には魅力がねぇってか?」
「いえいえ。どちらかというと、貴方が付属することが最大のデメリットというか、なんと言いますか……」
「ハハハ! 言いやがる。高校生のガキなのに怖くねぇのか?」
この人も、その身内も、怖い。
だが一般人にはあまり手出しはしない。この人は俺に何もしないはずだ。
知り合いだし、こうして話すのも五回目くらいだ。
「ところで、この車走ってますけど、どこへ向かってるんですか?」
「樹海だ」
「は?」
「内の組が管理してる森があってな、そこへお前さんの死体をぽいっとな」
「…………」
「ハハハ!」
「……………………おろしてくれええええええええええええ!」
前言撤回。
嫌だ死にたくない! この人怖すぎるううううう!
「なんてな。お前が夏涼と恋人なら、その予定だったんだが……」
「相変わらず、娘さんのことになると見境ないですね」
「今は予定を変更して――」
「変更して……?」
「東京湾に向かってるところだ」
「場所変えただけじゃねぇか! 殺す方を変更してくれよ!」
流石に渾身のギャグなんだと思いたい。
……マジで俺大丈夫かな。
「坊主は度胸があるんだか、ないのか、分からんよなぁ」
「ありませんよ。アンタらと関わるから、耐性ができただけで……」
俺の言葉を聞いて、心なしか運転手が震えている。
怒ってるとかじゃなくて、怖がっている感じだ。震えたいのは俺の方なんだが。
「グレてるガキが舐めた口をきくことはあるが、お前さんみたいに、弁えた上で俺にそんな対応する奴は真面じゃねぇぜ」
「本当に確認のためだけに呼んだんですか?」
「ああ……。娘をやる気はねぇが、坊主のことは認めているからな。息子になる気はねぇのか? 組に入れてやっても良いぜ」
「温泉に入れない人生は嫌なので、結構です。混浴行けないし」
「ハハハ!」
こっちは真面目に答えたのに、爆笑されてしまった。
と、車が止まった。
周囲を見てみると、普通の商店街だ。
「用はすんだ。おりな」
どうやら、本当に話をしたかっただけのようだ。
…………めっちゃ怖かった。
「夏涼とは、友人として仲良くしてやってくれや」
「そうですね」
「友人として、な。くれぐれも、友人としてな」
「え、あ、はい」
なんかめっちゃ念押しされて、車から降ろされた。やはり親バカだ。
車が去って行くのを見送り、俺はため息をつく。
「災難すぎるだろ」
強制的に学校を早退させられた上に、商店街に放置かよ……。
学校の駅からは三駅くらい隣の街だ。
実際にここに来たのは始めてだな。せっかくだし、見てから帰るか。
「四季君……?」
背後から、清楚系小学生男子みたいな声がする。
俺は無視して、前に歩いて行く。
「無視は良くないなぁ! 四季君もサボり? 分かるよ、私もみんなが授業受けてる時に一人だけ外で歩くの、快感だから偶にするんだ!」
俺の肩を背後から、がっちり掴んでそう言った。
その人物は、学校をサボって、仲間を見つけた目をする桜ノ宮春名だった――
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