第6話 まだ初日。飲食店でも修羅場。夜の密会!

「お、おい。飲食店で騒ぐなよ……」

「四季君、そう言って私の口を塞ぐ気だね?」

「ん? いや、その……」


 ご機嫌がとても悪いオーラ全開の桜ノ宮春名。彼女が飲食店に入って来た。

 俺が飲食店でのマナーを言い訳に、黙らせようとしたのがバレたか?

 桜ノ宮春名に、全ての責任を押しつけて逃げて来たわけだし、怒るのは仕方がないのかもしれない……。


「私の口を塞ぐんだね? 四季君ので」

「飲食店だって言ってんだろ!」


 ただの下ネタだった。

 マジで桜ノ宮春名はブレないな。不機嫌でもコレなのか……。


「ちょっと! この秋歩様を無視しないでよ!」

「なんだいたのか」

「え……?」

「桜ノ宮が色々濃すぎて、存在を忘れてた。すまん」


 そう言えば、秋歩も一緒に来ていた。

 桜ノ宮春名の発言というか、存在感が凄まじく、マジで忘れていた。

 秋歩のステルス性能が高いというよりも、桜ノ宮春名が異常なのだ。やっぱり目立つ奴だし、会話の主導権をもっていかれるというか……。


「わす、れ……。う、うぅ……」

「秋歩ちゃんはいつも泣いてるね。メイクが落ちたら、余計に誰か分からないよ?」

「うおーん」


 またも泣き始めた秋歩様(笑)を、優しい笑顔で撫でる桜ノ宮春名。

 トドメをさしてるし、泣かせてるの、大体君だからね?

 可哀想に……。


「私はメイクとか、しなくても可愛いけど。肌も綺麗だし凄いでしょ?」

「うおーん」

「やめてやめて。秋歩が流石に可哀想だから、やめてあげて!」


 桜ノ宮春名がドヤ顔で、俺に自慢してくる。

 そしてギャン泣きする秋歩様。

 こいつら何をしに来たんだよ……。なぜか梅雨裏が手鏡を見ながら、自分の肌を気にしているようだ。


「ねぇ四季。桜ノ宮さんって、性格悪いの?」

「信じられないだろうが、アレで悪気無いんだ。天然というかアホなんだ」

「えぇ……」


 梅雨裏が小声で俺に聞いてくる。

 桜ノ宮春名には友人がいない。あんなに美少女なのに、学校ではぼっちである。

 同性に嫌われるとか、そんな次元ではない。頭のおかしな子だとドン引きされているのだ。実際は中身が、天然な小学生男子というだけなんだが。


「梅雨裏の方がずっと女子ぽいよな」

「……ボクは、男の子だよ」

「知ってるって。冗談だよ」


 正直、性格とか所作とか、梅雨裏の方が女子って感じではある。

 あと可愛くて天使だし!

 梅雨裏が女の子だったら、速攻で告白してフラれるところだ。危ない。


「それにしても、今年の四季は大変だね」

「まだ初日なんだよな。これが一年続くのか……」


 梅雨裏の言う通り、今年はヤバイ。

 まだ二年の初日なのに、この修羅場っぷりである。とても疲れる。


「四季君、やっぱり梅雨裏さんが本命なの?」

「そうかもしれない」


 俺達が話していると、桜ノ宮春名が睨んで言ってきた。

 めんどいので、もう肯定しておこう。

 どう考えても冗談なのだが、梅雨裏が照れた顔で、こちらをチラチラと見てくる。


「冗談だってば」

「四季、あんまりそういう事ばかり言うと、ボク、勘違いしちゃうよ?」

「俺も勘違いしちゃうから、その可愛い上目遣いやめて」


 俺と梅雨裏が、いつもの漫才をする。

 桜ノ宮春名がイラついた顔で、手をあげてメロンジュースを注文していた。

 クリームソーダが無いことに怒っている。心なしか、俺と梅雨裏に対してよりもイラついていた。


「思った通り、梅雨裏さんがラスボスなんだね。でも、先ずは雪ヶ原さん」


 桜ノ宮春名は、俺に人差し指を向けてくる。

 やはり、雪ヶ原冬揺について質問してきたか……。知り合いのはバレてるだろう。

 だが、裏アカについては教えるつもりはない。


「冬揺とは、友達なんだよ」

「……名前で呼ぶんだー。いいなー。私は呼ばれたことないなー」

「むしろ名前とか以前に、呼びたくないまである」

「酷いよ! 私達はソウルメイトでしょ? ……でも、体だけの関係を求めるなら、物扱いで、他人行儀な苗字で呼ぶのも納得が――」

「そういう意図はないから!」


 店員さんが、気まずそうにメロンソーダをテーブルに置いている。小声で、お品物です。ご、ごゆっくりどうぞー。とか言って速足で去った。

 違うんです。俺は女子を物扱いするクズ男とかじゃないんです!


「あの……。いい加減スルーしないで」

「秋歩が泣いてない、だと……?」

「泣き止んだの! どうして無視して、話を進めちゃうのよっ!」


 秋歩様がお怒りだった。

 どうやら泣き止んだらしい。いつまでも、スルーして俺達会話してたもんな。

 泣き止むのを誰も待たないのが、悔しかったようだ。


「佐藤、私を本気で振るつもりなの?」

「まだ言ってるのか。お断りだと言ったろう。見ての通り、美少女に言い寄られてるからな、わざわざお前を相手にする必要がない」

「んなっ! で、でも……桜ノ宮さんは、頭がおかしいじゃない!」

「それはそう」

「四季君!?」


 秋歩の正論に、思わず肯定してしまった。

 桜ノ宮春名が俺の肩を掴んで、どういうことだと、怒っている。


「これ以上騒ぐとお店の迷惑だし、解散しようぜ」

「そうだよね」

「却下よっ!」

「分かるよ。四季君の家で乱交パーティーだね。分かってるから」


 俺の提案に、三者が違う回答をしてくる。

 もうヤダ。本当に帰りたい。

 あと桜ノ宮春名、お前は俺の家に絶対入れないからな!


「それじゃ、お前ら解散!」



「明日も学校か、もう既に憂鬱なんだが……」


 あれから――俺はお店を出て、強制的に解散させた。しばらく一人でゆっくりしたかったからだ。

 今夜は、冬揺との先約もあるし。

 いつもの場所でと、冬揺は言っていた。二人だけで話すのは久々だ。


「具体的な時間は指定されてないし、良いか」


 雪ヶ原冬揺は、かなり大きい旅館の娘でもある。超がつくほどにお金持ちの家庭。ご両親は厳しいのかと思えば、意外とそうでもない。

 俺は顔見知りで、優しくしてもらうことが多い。夜ご飯をごちそうになることも度々あり、なんか息子かのような扱いをされている。


「夏涼先輩のご両親とはえらい違いだからなぁ。雪ヶ原家を見習え、マジで」


 夏涼先輩も、雪ヶ原冬揺も、ハーフだ。

 冬揺の方は父親が外国人だったはず。母親は日本人で優しい人だ。けど笑顔の雰囲気が怖いから、怒ると一番ヤバイ気もする。


「今から、冬揺の家に向かうっと」


 俺は一応メッセージを送り、旅館の裏口を目指して歩いていた。

 顔パスとまでは言わないが、あそこの人は俺を裏口から入れてくれるのだ。去年、冬の間だけだが、アルバイトをしたことがあるから。


「アルバイトか……。最初は稼ぐために旅館に行って、冬揺と出会って。思ってたよりも可愛い奴で。好きに、なっちゃったんだよなぁ」


 雪ヶ原冬揺とは色々あった。

 出合い方で言えばありきたりだったと思う。アルバイト先で出会って、仲良くなった。それだけだから。

 だけど、あの冬は特別だった。


「着いた」


 あの時は、雪が降っていたっけ。

 もう春だもんな。桜が咲いているような季節だ。

 この場所にはお世話になった。


「あら、四季君じゃない! いらっしゃい。入って」

「あ、どうも」


 めっちゃ若い美人が話しかけてきた。二十代にすら見えるが、冬揺の母親である。

 和服を着ていて、凄く似合う。

 どうやら、裏口の掃除をしていたらしい。

 バイトではなく、この人がしているのは、俺を待ってたからだろう。


「夜ご飯も食べていくでしょう? なんなら、お泊りでも大丈夫。むしろずっと住んでもいいのよ? 早く孫の顔が見たいもの。ふふ」

「ご飯だけ、頂きます。ご飯だけ」

「冬揺もいただいちゃっていいのよぉ?」

「娘さんが聞いたら怒りますよ」

「そうねぇ……。怒りながら、喜ぶでしょうね。知ってるでしょう?」


 流石は母親というか、よく分かっている。

 冬揺は不機嫌そうな顔がデフォルトなのだ。あと、あまり喋らない。怒ってる時はむしろ喜んでることの方が多い。


「俺に怒ってくれるなら、光栄ですよ」

「やっぱり、お婿に来ない?」

「いや、人妻はちょっと……。不倫は良くないと思うので」

「ふふ、私もだけど。冬揺の話よ」

「知ってます。…………ん? 私もだけど?」


 私の話じゃない、というツッコミを期待していたボケなのに。

 中々ユニークな人妻である。

 流石に冗談だろうけど。いや、冗談であってくれ。


「そう言えば、今年はうちでアルバイトするのかしら? 今決める必要はないけど」

「すみません、まだ分からないです」

「そう……。今年の冬は、誰かが貴方の隣にいるのね」

「どうでしょう」


 去年、ボロボロに傷ついていた俺の隣には、冬揺がいた。

 この人がした質問は、つまりそういうこと。

 今年も自分の娘と過ごすのか、自分の娘を選んでくれるのか、聞いている。


「こ、今年のクリスマス……私と過ごしてみる?」

「旦那さあああああん! 人妻に襲われるうううううう!」

「嘘よ嘘! 冗談だから、ごめんなさい!」


 俺が叫ぶと、謝ってきた。

 ちょっと問題のある人だけど、いい人なのだ。できれば悲しませたくない。

 今年の冬は、誰といるんだろうな……。冬揺といるのだろうか?


「……いらっしゃい」

「おう」


 旅館に入ると、二階の階段から冬揺が降りてきた。

 珍しく笑顔で機嫌が良さそうだ。

 だが、直ぐに不機嫌そうな顔に戻る。母親を睨みつけている。


「……四季を、襲ったの?」

「違うのよ冬揺ちゃん! ちょっとしたジョークよ、娘の男を寝取ったりしないわ」

「ならいい」


 親子の会話は済んだようだ。

 お母さん、まるで娘の男じゃなければ寝取るかのような発言である。

 流石に冗談なんだよね? 不安になる。


「四季、わたしの部屋で遊ぼ」

「分かった」


 いつも通り二階に上がって、冬揺の部屋に招待される。


「……四季、遊ぶ前に聞きたい」

「ん、何を?」


 部屋に入って直ぐに、質問をしたいらしい。

 どうしてか冬揺は聞きづらそうだ。遠慮というか、躊躇いを感じる。


「今日、学校で四季の隣にいた子。あの友達の子?」

「梅雨裏のことか、知り合いなのか?」

「……? 何を言ってるの、幼馴染なのは四季の方」

「は?」


 ちょっと何を言ってるのか、分からなかった。


「わたし、四季と幼馴染」

「いやいや……」

「小さい頃、遠目に見たことがある」

「それは幼馴染とは言わないだろ。それで、梅雨裏がどう関係あるんだ?」

「一回だけ、会話もした」


 小さい頃に、どうやら俺を見たことがあったらしい。

 そんな昔の、それも初対面であろう俺を、よく覚えているもんだ。成長して、容姿だって変わってるし。


「その時、四季の隣にいた女の子」

「何を、言ってるん、だ……?」


 雪ヶ原冬揺が、意味不明なことを言い出した――

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