第5話 風紀委員が来た! 肉体言語で語る。裏アカは風紀が乱れてます。

 雪ヶ原ゆきがはら冬揺ふゆゆは、最強である。

 学年で一番勉強が出来て、学年で一番可愛くて、学年で一番恐ろしい女子。

 しかし、なによりも最強たる所以は、その戦闘能力の高さだろう。武道の達人でもある彼女には、屈強な成人男性ですら赤子の手をひねるように負かされる。


「四季……。会いたかった」

「お、おう」

「騒ぎの原因は四季なの?」

「いや、桜ノ宮春名だ」

「……なら、桜ノ宮さんを、ぶっ飛ばせば良い?」

「おう」


 すらりとしたモデルみたいな体型。生まれながらの美しい銀髪。ツインテールなおかげで、可愛らしさが強調されている。緑色の瞳は、宝石みたいに綺麗だ。

 どこの国か忘れたが、ハーフだったはずだ。

 右腕には風紀委員の腕章が付けてあり、様になっている。


「……話がある。あの場所で今夜待ってる」

「夜に出歩くのは風紀委員的にはアリなのか? ダメじゃないの?」

「……学校以外でなら、乱れても問題ない。風紀も、肉体も」

「物理的な意味でも、性的な意味でも、怖すぎるだろ」


 拳で解決するタイプの風紀委員なのである。当たり前だが、暴力は問題だ。本来であれば、教師にバレたら冬揺の方が怒られる。

 そう――発覚すれば。

 口を開くことすらできなくされるか、従順になるか、選択肢は二つだけ。そんな感じの女の子だった。


「……やっぱり、四季は怖がらない。口ではそう言っても、恐怖を感じない」

「いや、めっちゃ怖いけど」

「嘘。四季はわたしを怖がらない。……最近素っ気ない。もっと構ってほしい」

「そう、だな……。友達、だもんな」

「うん」


 俺達が、お互いにだけ分かるような会話をしていると、桜ノ宮春名がプルプル震えていた。なんか流れで、責任を擦り付けてしまった。

 ごめんな、でも怖いんだもん。


「四季君、私一人に責任を押し付けるのは良くないなぁ」

「秋歩様と一緒に、仲良く怒られてくれ」

「薄情者! 四季君は責任を取らない男子なんだね! 見損なったよ!」


 桜ノ宮が怒っているが、無視して俺は歩きだす。

 周りの生徒が小声で、佐藤の奴、桜ノ宮さんに手を出したのに責任取らないらしいぞ、最低だな。みたいなことをコソコソと話しているのが聞こえた。

 ヤバイ、学校での俺の評価が地の底まで落ちている。


「梅雨裏、帰ろうぜ」

「う、うん。本当にこのまま放置して帰るの? 大丈夫?」

「もう、どうにでもなーれ」

「四季!? 本当に大丈夫!?」


 梅雨裏が心配そうな顔で、俺の肩を掴んで揺らしてくる。

 平穏な学校生活とか、もう無理だ。

 どうやっても、あの四人と関わるとこうなる。修羅場一直線だ。


「おやー? 後輩くんってば、なに勝手に帰ろうとしてるんすか? 迎えが来るって、言ったはずっすよね?」

「うげ……」


 夏涼先輩に見つかってしまった。ヤバイ。

 いや、タイミング的にはラッキーかもしれない。なぜなら、ここには彼女がいる。

 雪ヶ原冬揺がいるのだ。


「冬揺、ちょっとそこの先輩を足止めしてくれ」

「……ん、構わない。事情は後で聞く」

「すまん、助かる」


 主に俺の命が助かる。冬揺が夏涼先輩の前に立ちふさがってくれた。

 夏涼先輩が小さく舌打ちしたのが聞こえた。流石に、この風紀委員は怖いらしい。

 俺は梅雨裏の手をとって、全力ダッシュする。


「四季!? いきなり手をつなぐなんて……! ボク、照れちゃうよ」

「だからそのネタもうやめろって!」


 梅雨裏が可愛らしく、もじもじしている。やめろぉ!

 俺まで恥ずかしいし、勘違いしちゃうだろ!



「それで、四季は雪ヶ原さんと知り合いなの?」


 帰りに飲食店に入った俺と梅雨裏は、一息ついて、話を始めた。

 開口一番に、梅雨裏が問いかけてくる。

 答えは決まっていて、簡単だ。だが、その一言には色々な意味がある。


「友達、だな」

「そうなんだ! ボクも仲良くなりたいなぁ。四季と気が合うならいけるかも?」

「どうだろうな……。俺の場合は、冬揺のことを知り過ぎているのもある」

「え……。本当に、友達なんだよね?」

「ああ、友達だ」


 雪ヶ原冬揺――俺をキープしていた女子の一人。

 だが、他の三人とは決定的に違う部分がある。それは、前向きな回答であったということだ。真剣に話を聞いて、真剣に答えてくれたのだ。


『ビックリした。その……友達から、なら……構わない』


 友達でいよう、ではなかった。

 友達から始めようって、可能性を残してくれていた。キープであることに変わりないが、上から目線でしたことじゃない。

 雪ヶ原冬揺には優しさがあった。他とは違って、俺は諦めきれてない。


「俺さ、雪ヶ原冬揺に告白したんだ。去年の冬休みに」

「え…………ぇ、ええー!」

「おい、こぼすなって」

「ご、ごめん。ちょっと動揺しちゃって」


 梅雨裏が手元のジュースをこぼしていた。急いで紙でテーブルを拭く。

 尋常じゃない反応だった。

 友人が告白したという恋バナくらいで、大げさな奴だ。


「それ、友達って言わない気がするよ」

「……どうだろうな。冬揺とは、どう接するべきか悩んでるんだ」

「ちょ、ちょっとボクには荷が重い相談だよ……。恋愛はその、したことないし」

「いや、告白の件だけならそうなんだが」

「え……?」

「雪ヶ原冬揺にはな、裏アカがあるんだよ」


 俺は最重要な問題を、告げた。

 そう――雪ヶ原冬揺には裏アカがあるのだ。

 俺はひょんなことから、彼女の裏アカを特定してしまったのだ。出合って間もない頃だった。

 最初はリアルと印象が違い過ぎて、俺も半信半疑だったのだが、間違いない。


「これを見てくれ」

「――っ!?」


 俺は梅雨裏に、雪ヶ原冬揺の裏アカを見せる。

 その呟きは、凄まじいのだ。


『四季が話しかけに来てくれないよぉ。寂しいよぉ。一緒に住みたい♡』

『今日、変なのにからまれたから、肉体言語で語りあっちゃった♪』

『冬休み終わってから、カップル多すぎる。とりあえず、風紀委員の肩書を使って、邪魔をしまくるぞー♡』


 と、こんな感じの呟きが連打されている。


「こ、これは……その……目を覆いたくなるね。雪ヶ原さん……」

「だろう」


 梅雨裏がドン引きしていた。俺もドン引きだ。

 あと、ちょいちょい、エロい自撮り写真もアップされている。目元は隠れているけど、知ってる奴が見たら一目で分かる。


「……これ、雪ヶ原さん、四季にぞっこんじゃない?」

「だよなぁ! そう思うよなぁ!」


 だからこそ、告白したわけだが。そしてキープされたのが現在である。

 日々の感情が、雪ヶ原冬揺の気持ちは、俺に筒抜けなのだ。もちろん本人に質問したりはしない。だが、どうしてキープだったのか、謎が深まるのだ。


「雪ヶ原さんの言葉通りに受け取るなら、ビックリしちゃったからじゃない?」

「動揺して、とりあえず友達スタートにしたと?」

「う、うん。この呟きをしてる人とは思えない純情っぷりだけどさ」

「冬揺は、肉体言語で語るタイプだからなぁ」

「きょ、極端すぎるよ雪ヶ原さん……」


 俺としても、雪ヶ原冬揺だけは消化しきれない。終われない。しかし、問いただすのも無理だ。

 なぁ裏アカみたよ。正直に言ってくれれば良いのに。俺達付き合おうぜ!

 こんな風に言われたら、雪ヶ原冬揺は暴走するだろう。


「裏アカを使って、本心について問いかけるのはヤバイよなぁ」

「……ボクだったら、一生口きかないかも」

「だよなぁ」


 友達のまま進展はない。むしろ、前よりも話す頻度は減った。

 俺としては、ハッキリさせたいところだ。


「というか、四季さ」

「ん?」

「桜ノ宮さんとか、海梨先輩とか、紅葉さんとか、アレはなに?」

「あー。色々と事情がな……」

「むぅ……。四季ってば、いろんな女の子に目移りしすぎじゃない?」

「いや、全員違う季節に告白してるし、人聞き悪いな」


 梅雨裏がちょっと不機嫌そうだ。

 親友が思ってたよりも、恋愛に夢中だったのが、許せないのだろうか?

 抜け駆けされたような気分なんだろうな。分かるぞ。


「そうじゃなくて。昔さ、言ってたじゃん。約束した女の子がいるって」

「ん、あぁー。幼稚園くらいの頃の話だぞ?」

「そうだよ」

「なんでそんな怒ってるんだよ……。昔の話だし、相手も忘れてるって」

「そうかなぁー。覚えてるかもしれないよ? 大事な思い出かもしれないよ?」


 梅雨裏は真面目だからな。

 昔、恋人になる約束をした女の子以外に、俺が告白したことが嫌らしい。

 普通はそんな大昔の約束なんて、忘れて当然だ。むしろ覚えてる俺が偉い。


「ねぇ、その約束の女の子ってさ――」

「ん……?」


 梅雨裏が真剣な顔で、何かを言おうとした瞬間。

 店内に声が響き渡る。

 二人の女子が入って来たらしい。


「見つけた! 四季君、もう逃がさないから!」

「この秋歩様が来てあげたわ。喜びなさい!」


 桜ノ宮春名と、秋歩だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る