第2話 夢を見た。新学期が来た。先輩が来た!
これは夢だ。
昔の、俺がまだ幼稚園くらいの、それくらいの夢。
たまに見る夢だ。
『変な奴だなぁ。男なら自分のことは俺とか、僕とかだろー』
『わたし……ボクは女なの!』
『全然みえねー。やっぱり僕とか言ってる方があってるぜ』
『うぅ……』
『泣くなよー』
子供の頃の俺、結構酷いなって思う。
相手の女の子は泣いている。
顔は思い出せない。名前も分からない。
髪型とか、服装が男っぽくて、その子がいつも自分は女だと言っても、俺は信じなくて。
『もし、お前が本当に女なら、俺が恋人? になってやるよ』
『ほんとう?』
『うん。だから泣くなよー。めんどくさいし』
『約束だよ? ボクと四季が大人になったら結婚だからねっ!』
『そこまで言ってねぇ』
子供の約束。
軽い気持ちで言った。なんてことない、約束。
どんな場所だったとか、何も思い出せない。
相手の子は今頃、全てを忘れているだろう。それくらい昔のことだから。
『でも四季、どっか行っちゃう』
『いやいや、引っ越しすんのお前じゃん。いなくなるのお前な』
『うぅ……』
『だから泣くなよー。あれだ、高校生? くらいになったらまたこっちに来ればいいだろ。恋人になら、なってやるからさ』
『約束だよ! 絶対だよ!』
その後のことも思い出せない。この子との記憶はここまでだ。
いつも、この夢はここで終わる。
たった一つ。覚えているのはアクセサリーだ。俺も、その子も付けている腕輪だ。なんか当時流行っていたやつ。
「ねみぃ」
目が覚めた。
昨日は確か、あれだ。四人から本命認定されて、桜ノ宮春名にお断りを告げた。
問題は何も解決してない。
残りの三人には、なんと返事するべきか……。
「学校行きたくねぇ。でも新学期だし、今日休むとキツイからなー」
二年生になって、最初の日。
今日はオリエンテーションだけ。午前中で帰れるはずだ。
クラスの場所も分からないし……。めんどいけど、今日は行くべきだ。
「まぁ、大丈夫か」
桜ノ宮春名にしか返事はしていない。トラブルなんて、そう無いだろう。
それよりも、新しいクラスに馴染む方が大変だろうな……。
ちょっと憂鬱だ。
*
「えーと、新しいクラスはここか?」
学校に着いた。
校門の近くにある掲示板みたいなのに、貼り紙があって、そこに新しいクラスの名簿と場所が記載されている。
「二年B組かー。三階で端っこの教室じゃん、だるいな」
毎日三階まで登るの?
一年の時は二階だったから、余計にめんどくさく感じる。
さっき名簿に目を通したかんじだと、知り合いは一人だけだった。あの四人も別のクラスだったし、そこは正直助かったと思う。
「……もう人がそこそこいるっぽいな」
新しいクラスの扉の前に着いた。中から声がするので、人はいるようだ。
結構早く来たけど、みんな考えることは同じらしい。
今のうちに話せる相手を確保したいのだろう。クラス替え初日って、一番友人を作りやすい瞬間でもあるからな。
逆に言えば、ここで上手くやらないとハードな一年になる。
「おはよう」
俺はテキトーに挨拶しながら、教室に入る。
まだ五、六人くらいだ。
俺が最後とかじゃなくて、安心する。
「あ、四季だ! おはよー。今年も一緒だね!」
「また一緒だな。梅雨裏は相変わらず、友人を作るの早すぎるだろ」
俺に速攻で話しかけてきたのが、
唯一の知り合いで、放課後に遊んだりするくらいには仲が良い。どうやら、既に来ている奴と話していたようだ。
「ボクは友達作るの好きだからね! 四季と違って」
「人をぼっちみたいに言いやがって」
「でも、ボクがいないと、そうなるんじゃない? 大丈夫?」
「大丈夫じゃない……。マジで頼むぞ、俺を一人にしないでくれ」
「えぇ……」
梅雨裏がドン引きみたな顔をしているが、気にしない。
肩くらいまである綺麗な茶髪で、頭の右上くらいにお団子がある。制服は女子の物を着用しているが、コイツは男なのである。
もう一度言うが、男である。
そこらの女子より可愛いし、声や体型もアイドルみたいだが、男らしい。
「梅雨裏、言ってあるのか?」
「忘れてた。ボクのこと説明すると、やっぱり引かれちゃうから」
「その時は、俺と一緒にぼっちを極めようぜ」
「一緒な時点でぼっちじゃないような? まぁ、そうだよね。四季がいれば良いや」
既に来ていた数名に、梅雨裏が説明していた。
説明された奴らが、何を言われたのか分からないみたいな顔をしている。
去年の俺も、同じ顔をしていたことだろう。
「説明してきたよ。堂々としてれば、意外と嫌われないし、詳しく事情を聞いてくる人もやっぱりいない」
「だろうな」
中学ならともかく、高校にもなると、変な奴がいても気にしない。距離をおけばいいし、わざわざ気持ち悪いとか、言葉にする奴はいない。
詮索するほど、他人に興味がある奴は少数派なのだ。
「四季だけ、ボクにめっちゃ質問してきたよね」
「はぐらかされたけどな」
去年、俺は質問しまくった。梅雨裏がかなり混乱していたのは覚えている。
アイドルみたいな容姿で、いきなり男です。とか言われたら、確認したくなるものだろう。俺は、考慮する必要とかは考えなかった。
「だが、梅雨裏の謎は今年で暴かれる」
「え……?」
「今年は修学旅行があるからな。風呂で、ハッキリするだろ」
「たしかに」
肉体的には男で、女装してるパターンなら、俺達と同じ風呂。
肉体的には女で、自認が男なら、女風呂に行くはず。
梅雨裏については、そのあたり謎なのだ。みんな聞かないし、俺は質問してもはぐらかされたし……。
「四季はさ、何でボクにそんな興味津々なの?」
「大きな謎をそのまま放置できないタイプなんだ。ボタンがあったらとりあえず押すし、ハッキリしない回答をされたら、俺なりに解釈して終わらせる」
「なんだー。そんな理由か」
「そんなもんだろ」
「ボクはてっきり、コレが気になるのかなって」
梅雨裏はそう言いながら、頭のお団子を指さす。正確には、髪留めを。
小さな腕輪みたいなアクセサリーを、髪留めというか、オシャレとして付けているようだ。
「いや、そんなの気にしないだろ」
「えー」
「その腕輪みたいなの、昔流行ったやつだろ?」
「そうそう。幼稚園くらいの時に。小さいから、ボクは髪飾りにしちゃった」
「俺はペンダントにした。今でも付けてるぞ」
「そっか……」
腕輪に紐を通して、ペンダントみたいにしている。昔から持っているので、愛着があるのだ。
俺らの世代というか、この辺の奴は持ってたりする。
とはいえ、流行った当時はともかく、今も変わらず持ってるのは、俺や梅雨裏みたいな変わり者くらいだと思う。
「なんだっけ、大人まで持ってると願いが叶う的なのだっけ?」
「そうそう。ボクもまだ大事にしてるんだー。でも、一番の理由は人探しかな。昔の友達と交換したやつでさ、次あったらまた交換するって、約束したんだ」
「転校でもしたのか? その友人」
「ボクが遠くに行ったんだ。高校からこっちに戻ってきたんだよ」
「だから一人暮らしなのか」
梅雨裏は一人暮らしだと前に言っていた。
少し不思議に思っていたが、この高校に通うためなのか。それは初耳だった。
家族と不仲なのかと心配していたが、杞憂だったらしい。
「ん、なんか全力ダッシュで通り過ぎた奴いたぞ今」
「まだ遅刻するような時間じゃないけどなぁ」
俺と梅雨裏が話していると、教室の前の廊下を誰かが全力ダッシュしていた。
そして、なぜか戻って来ると。俺をガン見していた。
その女子生徒には見覚えがある。ありまくる。
「……見つけた」
「あ」
俺を睨みつけているその女子生徒は、桜ノ宮春名だった。
「昨日の返事はアレだよね、照れ隠しだよね? 大丈夫、私分かってるから」
「違います」
「四季君はツンデレだもんね。分かってるから」
「違います」
俺が全力で否定しても、桜ノ宮春名が全然分かってくれてなかった。
その視線が俺の横にいる、梅雨裏に向かう。
「四季君のセフレかな? 初めまして、私は四季君の彼女です」
「違います」
「え、えぇ? ええええ」
とにかく否定する俺、困惑する梅雨裏。とてもカオスな状況になってしまった。
初対面であろう梅雨裏をセフレ扱いした挙句、勝手に彼女を名乗るとか……。相変わらずの桜ノ宮春名だ。
「四季君、浮気は良くないよ。私に情熱的な告白をしてくれた君はどこへ行ったの?」
「あの時、俺のことをキープして、事実上のお断りをしたのお前だろ」
「それは、その……。照れ隠しだったんだよ。安い女だと思われたくなかったから」
「初対面の時点でアウトなのでは?」
「そんなこと、な――くもないけど、私はリーズナブルだけど。四季君一筋なんだよ。そこは勘違いしないで」
「今更そんなことを言われてもな……。とにかく終わったことだ」
俺の言葉を聞いて、目をくわっと開く桜ノ宮春名。
美人なのに顔芸が凄い。
俺と桜ノ宮春名のやりとりを見て、梅雨裏はソワソワしている。
「あの、二人は友達……で、いいの? ボクは紫陽花梅雨裏、よろしくね!」
「私は四季君のソウルメイトの、桜ノ宮春名。四季君の体は奪えても、心は私のモノだから、譲らないから。よろしく」
「おいこら」
どうしてか、梅雨裏をセフレ扱いし続ける桜ノ宮春名。
周りにいた数人のクラスメイトが、ドン引きした顔で俺達を見ている。ヤバイ。
人も増えてきて、ザワザワし始めた。
「そ、そうだ! 桜ノ宮さんは別のクラスでしょ? お昼を一緒食べようよ。もうそろそろ自分のクラスに行った方が――」
「四季君を二人で食べようよ?」
「そんなこと言ってないよぉ」
梅雨裏が涙目で俺を見てくる。ごめんな、ソイツ話が通じないんだ。
どれくらい話が通じないかと言えば、小学生男子くらい。
「あじさいさん? は四季君のなに?」
「友達だよ。その、せ、セフレ……とかじゃないから! あと、ボク男なんだ」
「は……?」
流石の桜ノ宮春名も、梅雨裏が男とは信じられないのだろう。
だが、次の瞬間――桜ノ宮春名がもっと信じられないことをした。
梅雨裏の胸をさわさわしていた。
「……そん、な。男と私の胸は大差ないと言うの?」
そして自分の無い胸を触って、なんか絶望している。
何やってるんだコイツ……。
「ボクが男ってところはツッコミ無いんだ。桜ノ宮さんって、変わってるね」
「私は四季君に突っ込まれるの専門だから、そういうことはしないの」
「それはボケ担当って意味なんだよな? そうなんだよな?」
周りが一段とザワザワしている。
これはマズイ。新学期早々、ヤバい奴ら認定されてしまう。
桜ノ宮春名には友人がいない。だから、周囲への考慮なんてものは無いのだ。自分がどう思われるとか、あんまり気にしていない。
「これは、失敗したか」
一番最初にお断りしたのが、桜ノ宮春名だったのは、失敗だ。
他の三人なら、最低限周りへの考慮くらいする。
そんなのお構いなしに突撃してくるのが桜ノ宮春名だったのだ。ヤベェ。
「何が失敗なの? ボクでよければ助けになるよ」
「四季君、やっと過ちに気が付いたんだね? そうだよ、私とセフレになるべきだったんだよ」
「今日、弁当を忘れたんだ。」
もうめんどいので、テキトーな理由をでっち上げる。
あと桜ノ宮春名、ついに恋人を諦めてセフレで妥協し始めたぞ。ヤベェ。
どうして俺は、コイツに告白なんてしてしまったのか……。
「そうなんだ。私のパンの耳を分けてあげよう。私、優しい女だから」
「ボクのお弁当を分けてあげるよ。同じクラスだし、一緒に食べても平気でしょ」
「差が酷い」
梅雨裏が天使過ぎる。マジでありがとう。
桜ノ宮春名が、またも目をくわっと開く。梅雨裏を見て、なんか絶望している。
「私はもうリーズナブルじゃない。半額セールの女……」
半額のシールが貼ってある、自分のパンの袋を眺め、梅雨裏との女子力の差に落ち込んでいるようだ。
半額シールを、なぜか自分の額に貼り付け始めた。何やってるんだ……。
「後輩くーん! 彼女のアタシ、
またもクラスの扉の前に、全力ダッシュで走ってきた人がいた。
そしてその人物にも見覚えがある。
一つ上の学年の先輩で、俺をキープしていた女子の一人だ。
「四季君、どういうこと?」
「え、えぇ、ええええ!」
ガチギレした顔の桜ノ宮春名。混乱しまくってる梅雨裏。
アイツ二股かよ、みたいなドン引き顔のクラスメイト達。
もう、俺の学校生活はダメかもしれない――
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