俺のことを都合よくキープしてた女子達が、一斉に「付き合ってもいいよ」と言ってきてド修羅場です

森 アーティ

第1話 春が来る。新学期が来る。修羅場も来た!

「気が向いたら」

「えーと、考えさせてもらっても良いっすか?」

「うーん。しばらくフリーだったら考えるねー」

「ビックリした。その……友達から、なら……構わない」


 ありきたりな断り文句。

 恋愛において、都合の良い回答それが――”キープ”である。

 誰もが一度は経験するような話だと思う。だけど……。


『付き合ってもいいよ』


 こんな解答を、同時にもらったことは無いはずだ。

 いや、凄くモテる人ならあるかもしれないが、キープされた上でこの回答をぶちかまされたら?

 同じタイミングで、四人もの女子から本命にされてしまったら?


「お前ら、何で今なんだよおおおおおおおおお!」


 俺は交換していた連絡先から届いたメッセージに頭を抱えていた。

 この一年間で、俺が告白しては事実上の玉砕をしていた女子達……。その全員が同じ瞬間に、恋人宣言してきたのである。


「どうしよう……。今更もう好きじゃないです、とか言えねぇ」


 もし仮に付き合うにしても、一人だけに絞る必要がある。要するに、最低でも三人はお断りのメッセージを返さねばならない。

 俺は身の程知らずだったから、告白した相手は美少女ばかり。

 スクールカーストの頂点であるあの子達は、影響力が半端ない。(一人を除く)

 嫌われたら、学校生活は終了まったなしだ。


「嫌だぁああ。絶対怒るじゃん!」


 あの美少女達はモテる。

 もうビックリするくらい告白の嵐なのである。お断りには慣れているだろう。

 そう、断る方は。


「女子だけじゃない。告白して散った男子からも殺されるんじゃないか、コレ」


 海、森、コンクリート。

 恋人持ちのイケメンに俺がよく唱えていた呪文だ。

 このことを知られたら、唱えるのではなく実際に埋められる。俺が!


「あばばばばばばばば」


 明日から高校二年生で、クラス替え。

 そんなタイミングでのコレなのである。もし、明日このことが知れ渡ったら?

 顔見知りが少ない状態で、敵だらけ。想像するだけで地獄だ。


「どうしてこうなった……」


 俺は泣きそうにながら、過去を振り返る――



 あれは、一年の春。

 入学したばかりの頃。

 俺は彼女に――”桜ノ宮さくらのみや春名はるな”に出合った。いや、一方的に見つめていた。


「なんだあの美少女」


 現実の存在なのか疑うレベルの美少女がいた。

 クラスは違うが、ネクタイの色が青だからたぶん同じ一年だろう。

 すらりとした細身で、腰まである黒髪。とても目を引く桜の髪飾りを付けている。黒いニーソックスを履いており、清楚な雰囲気がある子だった。


「意外とビッチだったりしたら百点満点だな。いや、王道にクールビューティー系もありといえばありだ」

「そうなんだ」

「え……?」


 俺が独り言をブツブツ言ってる間に、その美少女が目の前にいた。

 どうしてわざわざこっちに来た!?

 クラスに向かう途中で、校門近くの池。そこでボケっとしながら、俺は美少女を眺めていたはずだ。


「私のこと、見てたでしょ?」

「なぜスルーしてクラスに行かないんだ……」

「質問してるの、私。視姦してたんでしょ? ちゃんと答えて」

「しかん……? 視姦!? してねぇよ! アンタがちゃんとしてくれよ!」


 なんか真顔で凄いことを言われた。

 いくらなんでも自意識過剰過ぎないか? 美少女だから、日頃からそんな視線ばかりで、警戒されたのだろうか?

 あれ、なんでだろう……。心なしか、美少女は残念そうな顔だ。

 怒ってるとか、気持ち悪いみたいな表情ではない。むしろその逆で、そうあって欲しかったみたいな顔だ。

 ……そんな馬鹿な。俺の勘違いだろう。


「私、色気があんまりないから……。期待したのに、がっかりだよ」

「こっちが、がっかりだよ!」

「私に何か期待してたの?」

「してたよ、超してたさ。さっきまではな! というかどう見ても可愛いし、美人だろうに……。何を気にしてるんだ」


 こんな美少女が悩むことじゃないはずだ。この子で色気が無いなら、みんなアウトじゃねぇか!

 他の女子が聞いたらブチギレると思う。


「それ、みんな言うよね。でも色気があるって言われることがないの」

「……それって」

「やっぱり、胸が小さいからかな?」

「ちっげぇよ! どう考えてもその言動だろうが!」


 男ですら引くような下ネタを初対面でぶちかましてくるような子に、色気なんて感じるはずもない。根本的なところで間違ってる……。

 清楚系ビッチならいざ知らず、この子はそれとは微妙に違う属性だと思うし、言動が色気とは真逆にある。


「あれ、男の子って下ネタ好きだよね?」

「好きだな」

「私みたいな美少女が、えっちなこと言ったら喜ぶよね?」

「喜ぶな」

「私、間違ってないような?」

「あれ……? そうかも? いやいや、そうじゃないんだよ」


 一瞬だが、納得しかけた。

 なんというか、この子の下ネタは小学生レベルというか、非常にアホっぽい。

 色気を醸し出すセリフとかじゃなくて、鼻で笑うようなセリフというか。


「大人の女性じゃなくて、小学生男子みたいなんだよ」

「……っ!? 喜ぶの方向性が間違い!?」

「まぁ、そんだけ美少女なら、多少残念でも……かなりポンコツでも、モテるだろ」

「なんで言い直すの? ねぇなんで?」


 俺の肩をがっしり掴んで、問い詰めてくる美少女ちゃん。

 そろそろこの子の相手が疲れてきた。

 もう逃げたい。


「私、凄くモテるの。告白された回数を忘れるくらい」

「でしょうねぇ……」

「だけど、いつも初対面の人からなんだ。仲良くなれないの。ちょっと話すとみんな逃げちゃうの。逃げようとするの」

「でしょうねぇ!」


 現在進行形で、俺も逃げたいです。

 清楚系小学生男子みたいな子から、俺は一刻も早く逃げる方法を考える。

 とりあえず、それっぽい理由を言うか。


「なぁ、そろそろホームルームの時間が近いし、お互いクラスに向かおうぜ」

「……ヤダ。君と仲良しになる方が大事。こんなに会話が続くなんて奇跡だよ。運命なんだよ。私、やさしい女だから、大丈夫だから」


 相変わらず、俺の肩をがっしり掴んで離さない美少女ちゃん。

 発言が既に大丈夫じゃないし、めっちゃ怖い!


「優しい君なら、俺を遅刻させたりしないよな? だから離してくれ」

「私とこれからデートしよう。ご飯も奢るから、お財布に優しいから!」

「優しさを俺に向けてくれよ……」

「私、リーズナブルだよ。お友達キャンペーンなんだよ!」

「それもう優しい女じゃなくて、安い女じゃねぇか!」


 絶対に逃がさないという意志を感じる。

 こんなに美少女なのに、友達がいないのかもしれない。

 恵まれた人でも、欲しいモノを持っているかは、別の話なのだろう……。


「私と友達になりたくない、かな……?」


 とてもしょぼんとした顔。

 可哀想な雰囲気だった。捨て猫のようで、思わず手で触れたくなる。

 なんてことはなく、俺は笑顔で――


「うん。ぶっちゃけ面倒くさい」

「酷いよ! 嘘でもそんなことないよって、言うところだよ!」

「ソンナコトナイヨ」

「言質とった。今日から君はマイベストフレンドね! ソウルメイトだから!」

「ちょっ……!」


 清楚系小学生男子(美少女)は、俺の手を掴んで走り出した。

 学校の外に向かって。

 見惚れるような笑顔で走っていて、抵抗を忘れて俺も走る。


「で、結局君の名前は?」

「私は桜ノ宮春名だよ。君は?」

「俺は佐藤四季さとうしきだ」

「四季か、良い名前だね。私のことはマイエンジェル春名ちゃんでいいよ」

「せめて苗字で呼ばせてくれ……」



 これが、俺と彼女――桜ノ宮春名との出会いである。

 この後、友人として数ヶ月過ごして、俺は気の迷いから告白したのだ。

 「気が向いたら」そんな返答だった。

 キープされた。事実上のお断りだった、はずなのだ。


 どうして彼女との過去を振り返ったかと言えば、お断りのメッセージを最初に告げるのは確定的に明らかだからである!


『お断りだ』


 俺はなんの迷いもなく、桜ノ宮春名に送信した。

 彼女だけは例外的に、学校での影響力もない。お断りするなら一番穏便にすむ。


『へぇ……。ふーん』


 速攻で返信がきた。納得したのだろうか?

 ハッキリとしない返事だった。


「とりあえず、他は明日考えよう……」


 俺は一番正しい選択をした気でいた。だが、それは勘違いだった。

 桜ノ宮春名にこそ、言ってはならない事だったのだ。

 その過ちを、俺は翌日知ることになる。

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