〇百年前の思い出

 やがて訪れた約束の日、ローレンは誰よりも強くありました。


 混沌とした戦場で、魔法使いの願い通りできる限りの殺生を避けましたが、戦場でそんなことを言っている余裕もなく、誰よりも戦果を挙げたのはローレンでした。


 魔法使いは嘆き悲しみました。

 こんなつもりじゃなかったのに、ただ穏便に、平和を築きたかっただけなのに。


 ローレンは魔法使いの涙に息を詰まらせて、最初で最後の呪文を唱えました。

 そうしてこう言いました。



「武器を治めよ」



 一瞬で血の海と化した戦場、その中心で立つ一人の者にあらゆる者が動きを止めて武器を取り落としました。

 魔法使いも突然の出来事に固まり、戦況を把握できていませんでした。

 やがて、強大な力を前にした両勢力は沈黙し、こうして戦争は終焉を迎えることになりました。

 魔法使いの望んでいなかった形で、しかし望んでいた平和を手にしたのです。



「何もかも背負う。だから、礎を築いて。もうこんなことが起こらないように」



 鮮血と花びらの舞う戦場でローレンは言いました。

 彼は誰よりも寂しさを知っています。

 苦悶と怨嗟の声が魔法使いの耳に届く前に、ローレンは魔法使いの背を押しました。


「待って、待ってくださいローレン!」


 魔法使いはローレンがやろうとしていることに気が付き、必死に手を伸ばしました。

 あまりにも必死な顔で縋ろうとするものだから、ローレンは嬉しくなって大笑いしました。



 一度目は友人。はじめての温かさに微睡んでいたのに、彼には化け物だとののしられて殺されかけた。


 二度目は友人よりも重い絆で結ばれた同胞。一度目よりも長い時間一緒にいたせいで、その分彼の裏切りの反動は重かった。初めての贈り物は嬉しかったけど、それよりも苦しかった。


 三度目はただの通りすがり。もう、誰にも生を認めてもらえないのかと絶望した。けれど、彼のおかげで人になろうとおもえた。


 四度目は人の中。バケモノはどうやったってバケモノのようで、何もしていないというのにやっぱり最後には裏切られた。


 どうしてこうも上手くいかないのだろうか。

 何が悪かったのだろうか、もう、やはり生まれてきたこと自体が間違いだったのだろうか。

 何度もいっそ自死してしまおうかと思った。

 それでも魔法使いの生命力は己で断ち切るには強大でどうしようもなかった。

 四度目でもう諦めたというのに、拾い上げてくれた魔法使い。


「俺を拾ってくれたのがアンタで良かった」


 なにもかもを投げ捨てるつもりだったというのに、最後の最後にアンタの笑顔が見たくなったんだ。

 森の奥深く、ひっそりと二人で暮らすのは悪くなかった。

 ゆるやかで穏やかで、まるで世界には二人だけしかいないような、そんな気分だったんだ。

 アンタには分からないかもしれないが、俺にとってアンタは神様よりも神様だったんだ。

 誰かといるのがこんなにも心地いいだなんて知らなかった。

 こんな思いをするのなら、いっそ知りたくなかった。


 それでも、アンタのためなら、アンタが願うのならば。



 じんわりと呪文を唱えながらもローレンは過去に想いを馳せました。

 一秒にも満たないわずかな時間ですが、ローレンにとってはとても長く感じられ、最後の時間を噛みしめるようにして目を細めました。


 魔法使いの手は届かない。

 いつかのように泣きながら手を伸ばすも、もう手遅れでした。


 こんなに笑ったのはいつ以来だろうか、あぁ、もっとアンタの傍にいたかったのだけれど。


「じゃあな、森の魔法使い。さよならだ」


 ローレンはひらりと手を振ると、戦場ごと抱き込んで姿を消しました。


 見るも無残な戦場は姿を消し、その場に残されたのは息のある兵士と魔法使いたちのみ。

 こうしてあっけなく戦争は幕を下ろし、歴史の一ページとなしました。

 

 これこそが楽園の真実であり、塔の魔法使いの物語。

 もう知る人もいなくなってしまった、誰かの思い出。

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花の魔法使い 幽宮影人 @nki

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