耐えがたくも遠くもない

 飛びつかれた先で青年はひっそりと暮らしました。

 もう誰にも会うことが無いように、人の立ち入らない森の奥深くで暮らしました。

 しかし青年はどうしようもなく優しかったのです。


 森の奥深く、ある日旅人が迷い込んできました。

 その旅人はどうやら魔物に追われていたようで、死に物狂いで走り回っていました。

 青年はその光景にいつかの情景を重ね、その旅人に手を差し伸べました。

 しかしその旅人はというと。


「お前……お前だな、俺をこんな目に遭わせたのは! 殺してやる、このバケモノめ!」


 旅人は、青年のことを森にすむ魔物だと勘違いして、猟銃で彼のことを撃ちました。

 青年は今までにない痛みに悲鳴を噛み殺しながら、またしてもその場から去ることにしました。


 魔法使いでいることがダメなのならば、初めから人でいればいいのではないか。

 長い年月を生きてようやくそれに気が付いた青年は、魔法使いであることを隠し、普通の人であるようにふるまって人里に住むことにしました。

 遠い昔、名もない自分にそれをくれたのは一生を誓った男だった。

 なんとなく心臓の辺りが痛むからと封じていた名前を使い、青年はある街に暮らすようになりました。


 街での青年は人当たりのいい好青年としてすぐに溶け込むことができました。

 普通の人であるようにたくさんのことを学び、普通の人であるように振る舞って、普通の人にしか見えないような暮らしをしていました。


 しかし、些細な不幸が街で立て続けに起こりました。

 盗賊が街に押し入っただとか、どこそこの誰かが病で亡くなっただとか、作物が不作だとか。

 人々の不満はたまり、理解する間もなく押し寄せる不幸に、人々は刃の向け先を探していたのでしょう。

 その標的になったのは青年でした。


 青年は至って普通の人間にしか見えませんでした。

 しかし、世間的にそういうブームがあったのです。

 いわゆる魔女魔法使い狩りと呼ばれるそれに、青年は不幸にも巻き込まれてしまったのです。


「昔、人々を恐怖の底に突き落とした悪魔と同じ名だ!」

「流れ者なんか入れるんじゃなかった」

「こいつは悪魔だ、早くどうにかしろ!」


 穏やかな顔ですごしていたはずの街の人々は一変し、青年のことを糾弾し始めました。


 青年は、今度こそどうでもよくなってそれを受け入れました。

 何度やっても上手くいかない、どうしたって自分は生きることに不向きなんだ。

 そう思って、街の中央にある広場で磔にされることを受け入れてしまいました。

 隣の家に住んでいた住人が松明を持って近づいて来ても、青年は何も言いませんでした。


 青年はとうとう諦めてしまいました。


 ふっと青年は意識を取り戻しました。

 魔法使いは別に不老不死ではない。

 ならばなぜ己は息をしているのだろうか、青年は久しぶりのふかふかのベットで横たわりながら思案しました。

 そうこうしていると、青年の元へ一人の魔法使いがやってきました。

 どうやら青年は別の魔法使いに助けられたということに気づき、お礼を伝えて魔法使いの願いを叶えるという約束をしました。


 魔法使いはその申し出に目を見開くと、目を伏せながらこう言いました。


「花が、貴方の花が欲しいです」


 青年は魔法使いの言っていることが始め分かりませんでした。

 しかし、青年はあることを思い出しました。

 魔法使いは死ぬと花を咲かす。

 そしてその花を食すと人間は魔法使いの力を得て、また魔法使いもまた食した分の力を得るということを。


「どうしても必要なんです、お願いです。どうかどうか……!」


 誰かに願われたことなどいつ以来だろうか。

 青年は眩しい過去に想いを馳せながら魔法使いに事情を尋ねました。



 曰く、もう少しすると大きな争いが起きる。

 それは魔法使いと人、魔物も巻き込んだとんでもなく大きな戦争だ。

 人が憎い、しかし自身がが愛してしまったのもまた人だった。

 どちらにも幸せでいて欲しい、どちらにも傷ついてほしくない。

 愛した人はとても優しくて、もう生きてはいないけれど生きていたらこの現状を何とかしようとしたはずだ。

 彼女の生きていたかもしれないこの世界を、何としてでも守りたい。

 不毛な争いなんてやるだけ無駄だ。


 しかし、自分にはそれをどうこうする力がない。

 魔法使いとして生きて来た知識も、人として蓄えた知識も浅く稚拙。

 魔法使いは人を憎んで、人は魔法使いを憎んで、誰もがこの戦争を望んでいる。

 止められるのはもう誰もいないんだ。

 だからこそ、なんとしても強大な力が必要で、でもそれは今持ち合わせていなくて。



「だからこそ、伝説に語られる貴方の花を頂きたいのです」


 魔法使いは涙ながらに語りました。


 青年は魔法使いを見ながらしばらく思案していましたが、やがてこう答えました。 

 魔法使いの頬に流れる涙がなんの色もなく、ただただ嘆きを映しており、それがどうしても許せなくなったのです。

 目の前の魔法使いが泣いている現状が納得できず、いてもたってもいられなくなったのです。


「花こそ渡せないが、力を貸そう」



 こうして青年……否、大魔法使いローレンは新たな約束を結びました。

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