外伝

耐えがたく遠い過去

 あるところに、一人の少年がいました。

 彼は普通の人にはできないことができ、村の人からは異端児と言われて迫害されていました。

 腹を痛めて産んだ母親も、父親も、その少年の兄弟さえも、誰も彼もが彼のことを『バケモノだ』と言って忌避しました。

 少年は自分自身のことを『バケモノ』であると受け入れ、一人でいることを当然のように思っていました。


 そうやって過ごすのが当たり前になっていたある日、少年より少し年上の男の子が少年の元を訪れました。


「友達になろう」


 少年は友達というのが分かりませんでした。

 それでも、話しかけてもらえたことが嬉しかった少年は彼の申し出を受け入れ、二人は友人になりました。

 男の子はよく少年の元へ訪れると、よく少年の持った人ならざる力を見せてと強請りました。今までになかった申し出に少年はいつだって応えました。

 雨を降らして欲しい、害獣が村に来ないようにしてほしい、村の外からの脅威が来ないようにしてほしい。

 少年は男の子のそんな願いに、一つ一つ応えて行ったのです。


 ある時です。

 少年が過ごす小屋ともいえないボロボロな木組みのお家に男の子がやってきました。

 いつもはしゃんと前を見据えていた男の子は、草の数を数えるように顔を俯けて少年の前に姿を現しました。


「ど、どうしたの……?」


 少年はいつもとは様子の違う男の子に尋ねます。

 男の子は少年の声に顔を上げると、少年を睨みつけながら迫ってきました。


「お前のせいだ、お前のせいだ!」


 少年は何のことかもわからぬまま首ねっっこを掴まれて揺すられました。


「お前がいるのに、お前がいたのに! この役立たずのバケモノ! お前なんか生まれなきゃよかったんだ‼」


 ぐわんぐわんと頭を揺すられて、少年はなんだか苦しい気持ちになりました。

 少年は溢れる気持ちのまま男の子を振り切って走り出しました。

 途中、焼け焦げた故郷を通り過ぎましたが、そんなことよりも男の子の声が忘れられなくて、どうしようもなくて、ただひたすらに走りました。



 少年はまた一人になりました。



 ふらりふらりと時を過ごし、孤独だった少年はいつか青年になりました。

 誰と共にいたわけでもなく、誰かを求めるわけでもなく、青年は自分自身に向き合い力を蓄えながら時を過ごしました。


 青年になっていくらか過ぎた頃、青年はある男と出会いました。

 彼は青年を見るなりゆるりと瞳に幕を張り「我が同胞‼」と叫んで抱き着いたのです。

 青年は突然の出来事に驚くよりも先に、自身を包み込んだ懐かしい温かさに黙りこくりました。

 その変わった男は、青年と同じバケモノだったのです。その男曰く、バケモノではなく『魔法使い』というそうなのだが、青年は名前なんてどうでもよかった。

 ただただ孤独じゃないことが嬉しかったのです。


 青年とその男は瞬く間に仲を深め、二人は永遠を誓いました。

 二人とも揃って孤独な境遇を過ごしたため、寄り添い続けてくれる者が欲しかったのです。

 二人は共にあること、何があっても離さない事、どんな時も味方であることをお互いに誓いました。


 二人の魔法使いは強固な絆の元、今までの腹いせを行うかのように、各地の人間に対してに猛威を振るいました。

 実際、人間からひどい扱いを受けた魔法使いは多くいて、救われたものが多くいたのも事実です。

 しかし、行き過ぎた制裁はやがて人間からの報復を生みました。人間と魔法使いの対立は日に日に激化し、もう誰も手が付けられないような事態になっていました。


 そんなある日、二人の住む古城の中で男は青年にこう言いました。


「何があっても、俺達の絆は永遠だよな?」


 青年はおかしなことを言うのだな、と笑いながら男の問いに頷きました。


「そうか、そうだよな。うん、そうだな」


 男は満足そうに笑って青年の居室から出て行きました。

 これが、二人がまともに交わした最後の会話でした。

 この会話の翌日、なんと男が青年のことを告発したのです。

 魔法使いたちを先導し、人々に恐怖を与えた悪魔だ、と。

 青年と男の居城には、青年の敵だけが溢れていました。

 怒りに刃物を振り上げる人々、騙されていたのだと憤って杖を掲げる魔法使いたち。


 青年はまたしても目の前が真っ暗になったかのような錯覚に陥りました。


 男だけは裏切らないと思っていたのに、もう、あんな思うはしなくて済むと思っていたのに、男との長い長い年月はすべてまやかしだったのかと。

 青年は走りました。

 得意の変身魔法を使って鳥になり、誰も知らない土地まで、疲れて羽が動かなくなるまでひたすらに飛びました。

 あの頃は知らなかった頬を伝う雫に困惑しながらも、飛び続けました。



 青年はまた一人になりました。

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