終演

雨が降る

「うわっ」


 突然別の場所に放られたアッシュは、地に足が着くとたたらを踏んだ。


「アッシュ!」


 よろよろとしていると、アッシュの肩に手を添えて支える人物が一人。彼の先生であるホーソンがそこにいた。


「先生、ただいま戻りました」

「お帰り、アッシュ」

「無事で何よりじゃの」


 サバトの会場に戻ったアッシュは、先生の杖を返すとそのままわしゃわしゃと頭を撫でられた。老齢の魔法使いにも「よくやった」と褒められて、アッシュはとても嬉しそうにしている。


「わ、先生ってば!」

「頑張ったね」


 犬を撫でるように弟子を撫でまわすホーソンは、しばらくそうしていたが、フッと突然手を止めた。アッシュのローブに何か入っていることに気が付いて、そこへ手を伸ばす。


「先生?」

「いやフードに何か入っていてね」


 手に取るとそれは羊皮紙の切れ端のようで。一見何も書かれていないただの紙切れだが、ホーソンが神の構造を瞬時に把握して少し魔力を流し込むと、文字が浮かび上がってきた。


 ぼんやりと浮かび上がった文字を見てホーソンは目を見開く。



『もう、俺のことは忘れろ』



 ぶっきらぼうに書かれたその文章に、ホーソンはわなわなと震えた。

 その文章の書き方、筆の運び方に酷く見覚えがあったためだろうか。手に持っている紙切れにぽつりぽつりと雫が落ちていく。小さな羊皮紙に落ちた雫は、文字をだんだんとにじませていくかと思ったが、不思議なインクを使っているのだろう。滲むことは無かった。まるで「この言葉を忘れるな」とでも言うように。


「先生⁉」


 弟子に心配されながらもホーソンはずっとその紙きれを握りしめていた。知らぬ間に涙まで流していたようだが、それにも気づかず静かに涙を落とす。


「変わろうとしていた。君はいつだってそうだった」


 いつの間にか力の入らなくなった膝では立つことも難しく、ホーソンは弟子の前だというのに地面に膝をついて紙面を握りこむ。

 膝をつき拳を握りこんだホーソンは、まるで神の前でお祈りをしているか、懺悔をしているかのようだった。


「変われないのは、変わりたくないのは――……ボクだけみたいだ」


 月がぼんやりと微笑む。神は、どこかでその告解を聞いているのだろうか。否、この世界に神など存在しない。あるのは神秘を扱う魔法使いと、科学を頼りに発展を繰り返す人間と、神秘を身に宿す精霊のみ。


 神は、どこにもいなかった。

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