怪しいセールスマン
帆尊歩
第1話 天使の化石
僕の前には、身なりのきちんとした青年が座っている。
なぜ僕がここにいるのは未だに分からない。
こいつはセールスマンらしいのだけれど、なぜ僕はこいつの前に座っている?
「本日はお時間をいただき本当にありがとうございます」
「いえ、お礼を言われる筋合いはありません。なぜ自分がここに座っているのかさえ分っていないのだから」
「まあ、そうおっしゃらず。絶対に損はさせません」
「損をさせる人間はみんなそういうんだよね」
「そんなに虐めないでくださいよ。数十分後には、なんて自分はラッキーなんだろうと、神に感謝すると思いますよ」ここまで言い切られると、騙されるより笑ってしまう。
「実は本日お持ちしたのが、これです」と男は桐の箱の中から小汚い石ころを出して来た。
「これは?」
「聞いて驚くなかれ。ズバリ、天使の化石です」
「はい?」
「天使、ご存じですか?」
「いや、その羽根の生えている赤ちゃんみたいな奴でしょう」
「ああ、それは小天使ですね。智天使の呼び名チェルブと等しいことから、智天使の別の姿という説のある奴ですね」
「えっ、何」僕は、男に身を乗り出して聞き返した。
「智天使。ご存じのとおり、天使には九つの階級がありまして」知らねーよ、と僕は心の中で突っ込んだ。天使に階級があるなんて、誰が知っているんだよ。
「あれ、ご存じない?」僕は黙った。
「ああ、天使には上から、セラフィム、ケルビム、スローンズ、ドミニオンズ、ヴァーチューズ、パワーズ、プリンシパリティズ、アークエンジェルス、エンジェルス、とありまして、今の智天使は二番目のケルビムのことです」
「ああ、まあどうでもいいんですけれど。天使なんて大天使ミカエルくらいしか知らないし」
「大天使はアークエンジェルスなので、結構下っ端」
「ああ」
「で、順番に説明していきますと」
「あっ、いえ結構です」
「そうですか。実は悪魔は天使と言われています。堕天使がサタンになったという説が」
「あの、その話いつまで続くんですか?」
「いくらでも。何しろ天使の話は聖書がらみですから。何せこれを専門に学ぶ学問がありますから、神学と言えば、海外ではとんでもなく崇高な学問でして」
「ごめんなさい、そろそろ」
「そろそろ、買いますか?」
「違う」
「考えて見てください、天使ですよ。この天使の化石があれば、美しく可愛い天使が現れるかもしれない。いや現れなくても、この化石があれば可愛い天使といつも一緒にいられるん
ですよ。想像してみてください、天使」
そう言われると、僕は想像した。
「今思いましたよね。白いドレスを着た可愛い女の子の天使を」
「いや」
「一回飲みに行くくらいの金額で、天使を側におけるんですよ」
「ああー」これは買うと言わないかぎり、ここから解放してくれなさそうだ。
僕はタイパを考える。
ここで不毛な時間を過すのと、一回飲みに行くくらいの金額ならその方が。
「ちなみにいくらするんですか」
「小さいのが三千九百円からです」男は穴が開くほど僕の顔を見つめた。
「分りました。買いますから、その天使の化石買いますから、勘弁してください」
「そうですか。まだ十分の一も話していないんですけれど」話したいのかよと僕は心の中で叫んだ。
「いや本当に、ああ、天使の化石、欲しいなって思っていたんですよ」
「そうですか。じゃあ、四千九百八十円です。消費税は、こちら負担で結構ですよ」
「三千九百円じゃないの」
「あー、売り切れてしまいまして。てへ」てへじゃねーよ。
帰宅すると僕は天使の化石を、本棚の開いているスペースに置いた。
いや、どう見ても石コロにしかみえないが。
まあ、これが可愛いの女の子の天使の一部ならと考えることにした。
あの営業スタイルは、ある意味恐喝だよなと僕は思った。しゃべりまくって、ここから解放されるために、買ってしまう。おまけに出せなくはない程度の金額。
寝ていると、妙な気配で目が覚めた。
目を開けると。薄汚い爺さんが立っている。
「おっ、起こしてしまったか。すまぬの。一言礼が言いたくて出てきた」
「誰だ」
「お前が手に入れたのは、化石になってしまった、私の体の一部だ。これからは私が守護天使となってお前を守ってやる。感謝しろ」
「あの」
「なんだ」
「羽根とか、天使の輪とかはあるんですか?」
「羽根はあるぞ、しかし天使の輪とはなんじゃ」
「ちょっと振り返ってもらっていいですか」
そう言うと天使はぎこちなく一回転した。背中に汚い羽根が生えている。
「あの」
「なんだ」
「天使って、可愛い女の子とかじゃないんですか」
「なんだそれは。女の天使などおらん」
「えー」
「安心しろ。私がお前の側を片時も離れず守ってやるからな」
「はー」騙された。可愛い女の子の天使はどうなったんだよ。
まあ、でも本物の天使の化石ではあったみたいだ。
怪しいセールスマン 帆尊歩 @hosonayumu
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