水滴石を穿ち、砂越えて泥。

加賀倉 創作

水滴石を穿ち、砂越えて泥。

__水滴石を穿つ。それは、故事成語の一つ。たとえ小さなことでも根気よく続ければ、やがて大きなことを成し遂げられるということ__



月曜日。創造者は、宇宙と岩石の惑星をつくった。創造者はさらに、漆黒の闇の中で、光をつくり、昼と夜ができた。


火曜日。創造者は、空をつくった。


水曜日。創造者は、大地をつくり、海が生まれた。地上と水中に、植物が繁茂した。


木曜日。創造者は、黄色い恒星と、月と、星々をつくった。


金曜日の朝。創造者は、鳥と獣と魚をつくり、それぞれ空、陸、海へと放った。


金曜日の昼。創造者は、生き物たちを一目見ようと、下界に降り立った。


金曜日の夜。創造者は、あろうことか自らのつくった生き物たちに襲われ、暗くて狭い場所に閉じ込められてしまった。


土曜日。創造者は、どうすることもできず、寝た。


日曜日。創造者は、引き続き、寝た。


二回目の月曜日。創造者は、目を覚まし、あることを思いつく。闇の中で、硬い壁をどつき始めた。しかし、びくともしない。


二回目の火曜日。創造者は、今日も壁をどつく。何も変わらないので、途中、好奇心から壁を火で炙ってみたが、効果はいまひとつのようだった。しかし、明かりが得られたので、いくらか心が落ち着いた。


二回目の水曜日。創造者は、今日も壁をどつく。壁に水をかけて湿らせてからどつくと、壁は少しへこんだように見えた。


二回目の木曜日。創造者は、今日も壁をどつく。昨日水で湿らせたところを、木の棒でどついてみた。すると、壁はほんの少し削れた。


二回目の金曜日。創造者は、今日も壁をどつく。昨日使った木の棒を、金属の棒に変えてみた。すると、壁は少し、だが確実に、昨日よりも深 く削れた。


創造者は毎日、休みもせず、壁をどつき続ける。




そして時は流れ、三百十三回目の日曜日。創造者は、渾身の一撃を壁に浴びせる。とてつもなく厚い壁は、崩壊した。


久しぶりの恒星の光。眩しさのあまり、目がおかしくなりそうだが、それは紛れもない祝福の光だ。


創造者は、辺りを見渡した。生き物の気配がまるでない。


創造者を壁の中に閉じ込めた動物たちは、どこか別の大陸に行ってしまったようだ。


「さて、これからどうしようか」


創造者はひとり呟いた。


しばらく考え込んで、ふと地面に目をやると、崩れた壁は、おびただしい数の石となって、転がっていた。


「よし、これを使おう。私を閉じ込めていた壁を、今度は私の方が利用してやるのだ」


創造者は、石を拾い上げ、木や金属からできた道具を駆使して、それを粉々に砕く。


今度は、石を砕く日々。


しかし、壁の中でやっていたような、無休で体に鞭を打つような真似は、もうしない。


今度は休み休み、である。


そう長くない時が経ち、創造者は、全ての石を砕き終わった。


「よし、これでいいだろう」


創造者は、見渡す限りの砂山に囲まれている。まるで、砂丘にいるかのようだ。


「ここに水を加えてっと」


創造者は、サラサラとした砂に、水を与えた。すると、砂は固まり、土塊つちくれになった。


「そうそう、これが欲しかったんだ」


創造者は、土塊をこね始めた。それは次第に、頭部と、胴体と、四肢とを持つ、人形のようになっていった。


「いいぞ、なかなか似ているじゃないか。化身Aの完成だ」


創造者は、砂から土塊を作るために貯めた水溜りを覗き込む。


創造者と、出来上がった化身Aの顔は、瓜二つだった。


「私の化身には、パートナーが必要だ」


創造者はすぐさま、化身Aよりも少し髪の長い、化身Bをつくった。


「お前たちふたりで協力して、土塊の作品を、好きなだけつくるといい」


「「はい」」


ふたりは、元気な大声で返事をした。


「それから、私を酷い目に合わせた動物たちを、上手く手懐けてくれたまえ。おそらく、他の大陸か、島にいるだろうから。


「わかりました。主がそうおっしゃるのなら、そういたします」


創造主と瓜二つの顔がそう言った。


「頼んだよ。何か困ったことがあれば、そこにある箱を開けるといい。火やら、飲み水やら、木材や金属なんかが入っている。ぜひ有効活用してくれ」


「「どうも」」


ふたりの声が揃う。


「では、達者でな」


創造者はふたりにそう告げると、空高く舞い上がり、雨粒ほどに小さくなり、やがて、見えなくなった。


しばしの沈黙の後、ふたりは顔を見合わせる。


「化身Bさん、早速箱を開けてみません?」


化身Aは、化身Bに無邪気に声をかける。


「え、もう開けるんですか?」


と驚く化身B。


「もちろん。ささ、その箱を開けてみてください」


「……わかりました」


化身Bはためらいながらも、最寄りの箱のそばに行って、それを開ける。


「よいしょっと」


箱が開いた。


「中には何が?」


と、駆け寄る化身A。


「水が」


化身Bは淡々と答える。


「なるほど。それで量は……二ポンドですね。ふむふむ。これをそこらじゅうの砂に使って、土塊の作品をつくれと、主はおっしゃいましたよね」


「違いますよ、これは飲み水! 明らかに少ない、貴重な飲み水! 砂を固めるのには、そこの水溜りの水を使うべきです!」


「あはは、そうですよね。冗談です、冗談」


と、陽気な化身A。


「もう、ちゃんとしてくださいよ」


と、しっかり者の化身B。


「じゃあ、そうとわかったら早速……」


化身Aは、化身Bに目配せをする。


「「毎日創造、頑張っていきましょう」」


〈完〉



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水滴石を穿ち、砂越えて泥。 加賀倉 創作 @sousakukagakura

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