第41話今の人生


 結果として、店は全壊した。


 死傷者が出なかった事だけが幸いである。シズが早期に避難を呼びかけてくれたおかげであろう。表彰されてしかるべき働きだったし、表彰した。


 それからというもの俺の部下や館の使用人に、シズは何度もお礼を言われていた。主である俺の不祥事で死人を出さないようにしてくれたので、感謝は当たり前のことである。


 さらに、シズは倒壊の危険がある建物から俺達を救い出したのだ。もはや、感謝してもしきれないほどだ。キャリルも最愛の娘を助けてくれたシズを恩人として、とても丁寧に扱うようになった。


 キャリルと使用人たちは、シズにいくらでも屋敷にいてくれと言い。シズは俺の炎上事件の恩人として、あらゆる人々から大歓迎されたのであった。


 俺はというと、店の弁償と様々な費用を支払うだけとなった。俺が全面的に悪いのだが、領主を処罰するわけにはいかないからである。


 だから、立て直しの費用は金額を負担し、その間の店主および従業員の生活費も支払った。建て替えられた店はより乙女チックになったが、それでも俺は罪悪感でいっぱいだ。


 店主には、とても悪いことをしてしまった。店主は過ぎた保証だと言われたが、これぐらいは当然だ。むしろ、足りないぐらいだと思った。




「お兄様。では、行ってきます」


 火事の騒ぎ後で、聖女の一人が亡くなった。


 しきたりに乗っ取り、貴族令嬢たちが王都に集められることになった。そこで、次の聖女が決まるのだ。


 そこにはリリシアも含まれていて、選定の儀を受ける。リリシアが聖女になることは決まっているのだが、それは俺とオリンポス女しか知らないことだ。


 俺は領地のことがあるので、王都にはいけない。そのため、リリシアとキャリルの二人が王都に行くことになった。


 この親子のことを考えると道中の方が心配だ。喧嘩しないだろうか。いや、喧嘩はするだろう。せめて、激化しないことを祈ろう。


「リリシア様は、聖女に選ばれるかね?」


 遠ざかる馬車を見送りながら、シズは小さく呟いた。


 そこは問題ない。


 もう何年も前から、リリシアが聖女になることはオリンポス女が決めてしまっている。問題があるとしたら、本人が聖女になる気があまりないことだろう。成人するまでは俺の側にいたいと聞かないのである。


 聖女になることをリリシアが嫌がったりしたら、説得するのも俺の仕事になるのだろうか。だとしたら、聖女の教育係の仕事はまだまだ終わらないことになる。


「まったく……あのオリンポス女め。人使いが荒いぞ」


 あの火事の後、ルーシュ先生は姿を消した。死体はなかったから、魔法でも使って逃げ出したのであろう。


 ルーシュ先生は、二度と俺の前に姿を表すことはないはずだ。それぐらいの分別はある人だと思う。俺もルーシュ先生は死んだものとした。


 俺とルーシュ先生は、前世の記憶を持っている。それが今世には関係ないと分かっていても、俺達は引きずってしまい殺し合うだろう。


 だって、俺はルーシュ先生を許す事ができない。


 けれども、ルーシュ先生の顔を見なければ忘れることはできるような気がした。なにせ、この世界には俺が青春を謳歌するには足りないものが多すぎるのだ。


 俺の聖女の導き手としての役割は、まだ続くのだろう。けれども、それを嫌だとは俺は思わない。


 だって、俺は今の人生を愛している。

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幼き聖女候補は眉毛な兄に導かれる 落花生 @rakkasei

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