今宵を使って




宍中ししなか十我とが桃西社ももにしゃ鯨歯げいは③―



 宍中ししなかの地にある十我とがの家。


 時間は夜。


 家のなかの一室では。


 巫蠱ふこの三人が、それぞれ別の布団で眠っているようだ。


 その三人とは。


 筆頭巫女ひっとうふじょ赤泉院せきせんいんめどぎと。


 蠱女こじょ宍中ししなかくるう之墓のはかむろつみである。


 そして同部屋には。


 わずかなあかりも、ついていた。


 眠っている者たちを横目に。


 なにやら小声で話し合っている人影が三つ。 


 ひとりは、右のこぶしを右のほおにあてがっている。


 彼女は、蠱女こじょ宍中ししなか十我とが


「……服穂ぶくほの言うとおり。


 今晩のうちに、わたしたち巫蠱ふこの現状を整理しよう。


 わたしもめどぎとあした話すつもりだから。


 寝る前に最低限のことは把握しておきたい」


「なるほど今宵をそう使いますか」


 十我とがの言葉を継いだのは、もうひとつの人影。


 そのかたちは、縦に長い。


 こちらは、巫女ふじょ桃西社ももにしゃ鯨歯げいは


 そして。


 三つのうちの最後の人影が。


 鯨歯げいはの長い影を凝視しながら、浅い息を漏らす。


 その息は、巫女ふじょ刃域じんいき服穂ぶくほのもの。


 ともかく十我とがは。


 服穂ぶくほ鯨歯げいはを交互に見ながら。


 まずはめどぎが書いたという「手紙」について確認する。


めどぎは眠る前。


 宙宇ちゅうう宛ての手紙について内容を明かしていたけど。


 実際の文面がどうだったかは分からない。


 鯨歯げいは、その手紙の中身は分かるか。


 それに同封したとかいう、そとの人たち向けの手紙に関しても」


「いえ」


 鯨歯げいはは首を横に振る。


「筆頭は、わたしだけでなく誰にも見せていないでしょうね。


 じかに目をとおしているのは現状、筆頭と、ちゅーうの。


 ふたりだけかと」


「そうだろうな。


 宙宇ちゅううもここで手紙を開封したとき、なかをわたしたちに見せなかった。


 まあ秘密を守るためには当然の処置だから、それでいいんだが。


 あと、同封した手紙を『世界一えらいやつ』に渡すようめどぎ宙宇ちゅううに頼んでいるらしいが……。


 なんだその『世界一えらいやつ』って」


「分かりかねます。


 そもそも人は、みんなえらいと思いますがね」


 鯨歯げいはの返答に十我とがが呆れる一方で、服穂ぶくほは身を震わせて笑いをこらえている。


 当の鯨歯げいはは真面目に、こう続ける。


「そもそもわたしは、ただの祝意を伝える手紙だと思ってたんですけどね。


 あ、そうそう。


 ちゅーうへの追加の手紙の件ですが。


 ……はい、ぶくほが届けてくれることになったやつです。


 筆頭がそれを出すと決めたのは、楼塔ろうとうの次女さんと話したあとっぽいです。


 御天みあめさまからの知らせを受けて、その日のうちに筆頭は楼塔ろうとうに向かいました。


 さらに翌日、筆頭はふたりきりで楼塔ろうとうの次女さんと話し合ったんです」


「そのときに、あの道場を会談場所にすることにしたのか。


 ぜーちゃんも複雑だろうに」


「ちなみに十我とがさん、まだ筆頭は追加の手紙を書いていませんよ。


 当然と言えばそうですよね、後巫雨陣ごふうじんを通過してきたんですから。


 湿り気の多いあの地に紙を持ち込んだら。


 ふやけちゃいますからね。


 手紙を用意するなら、そこを出てからでしょう。


 たぶん、あした起きてから書くと思います」


 鯨歯げいはの報告に対して、十我とが服穂ぶくほもうなずいた。


 とくに十我とがは、自分のほおに当てたこぶしを微動させ。


 鼻孔からゆっくり息を出す。


「ほんとめどぎ鯨歯げいはがついてきてくれて助かった。


 情報共有が円滑になる。


 ともかく手紙についての確認は、こんなものだろう。


 あとは改めてめどぎの動きと。


 わたしたち巫蠱ふこ全体に関する、情報共有の進み具合を知りたい。


 鯨歯げいは、ここ四日間のこと話して」


「……十我とがさんは、うちの次女さんからわたしたちが三日前に出発したって聞いていたんでしたね。


 それじゃあ、かいつまんで」




宍中ししなか十我とが②―



 鯨歯げいはは本当にざっくりと、これまでの歩みを語った。


 赤泉院せきせんいんをあとにし、ここ宍中ししなかに来るまでの。


 めどぎと歩いた四日間を。


 十我とがが、その話をまとめる。


「……まず御天みあめ赤泉院せきせんいんの屋敷に来て、自分が廃業間近であることをめどぎに知らせた。


 それを受け、めどぎ宙宇ちゅううへの手紙を岐美きみちゃんに託したあとで。


 鯨歯げいはを連れて楼塔ろうとうに向かう。


 翌日は移動なし。


 ぜーちゃんと話し合う。


 ついでに楼塔ろうとうの湯につかる。


 三日目はかんざしの道案内のもと後巫雨陣ごふうじんの最奥に到達し、一媛いちひめたちの世話になる。


 きょうになって、後巫雨陣ごふうじんの帰り道をむろつみに先導され、ここ宍中ししなかに入る。


 途中でわたしと合流し、そのまま一緒に我が家に着き、いまに至ると」


 十我とがはここで鯨歯げいはの目を見る。


 鯨歯げいはは「合ってますよ」と小さな声で返した。


 それに対して十我とがは首を縦に軽く振り、続ける。


「なお一連の移動の主目的は、うちの……筆頭蠱女ひっとうこじょ楼塔ろうとうすべらを探すこと。


 確かに現状うちの筆頭にも早く御天みあめのことを知らせたほうがいいし。


 探すなら同じ筆頭であるめどぎ以外、ありえないとも思われる。


 しかしすべらの捜索をおこないながら歩いてきたとはいえ、いまだ本人は見つからず。


 まあ宍中ししなかにもいないな。


 丈もそんなに高くない草ばっかりで、隠れるところもないし……。


 一方、平行して進めている情報共有は順調。


 わたしたち巫蠱ふこ全体に、今回の件は確実に行き渡っている。


 規模の面から考えて、御天みあめの最後の仕事はすぐに終わるものじゃない。


 だから楼塔ろうとうの風呂にのんびりつかっていたからといって。


 めどぎの行動を悠長だと言うことはできない。


 むしろ、そういう時間も適度に必要だろう。


 とはいえ御天みあめの廃業が、いつ訪れるかは予想しづらい。


 御天みあめの知らせを受けた直後に宙宇ちゅううへの手紙を書くなど、めどぎの行動に迅速さが混ざっているのは。


 その不確定要素を考慮してのことと思われるな」




宍中ししなか十我とが③―



 こうしてめどぎの動きを整理した十我とがは。


 次に、情報共有の進捗をまとめる。


 いま彼女たち巫蠱ふこ全体に共有されるべき情報とは。


 当然、御天みあめが終わり始めたことだ。


「話を聞く限り、今回の件をすでに知っているのは。


 わたしたち二十四人のうち……。


 御天みあめ本人。


 それを知らされためどぎ、彼女についている鯨歯げいは


 手紙をもらった宙宇ちゅうう、届けた岐美きみちゃん。


 うちの筆頭への伝言を頼まれたという、ぜーちゃん。


 楼塔ろうとうの屋敷にいた流杯りゅうぱいかんざしむろつみ


 後巫雨陣ごふうじんの三姉妹である、一媛いちひめ離為火りいかえつ


 いまわたしの家にいる、服穂ぶくほくるう、わたし自身。


 現在ここにいない葛湯香くずゆかも、もう今回のことを分かっている。


 そして。


 めどぎ赤泉院せきせんいんの屋敷を出る前、睡眠すいみんには事情を伝えたんだよな」


 十我とがの問いに鯨歯げいはは首肯する。


「はい、そう言ってました。


 必要と思ったらうちの三女さんに伝達してくれと筆頭は眠り姉に……うちの姉に頼んだようです」


「そうか、じゃあ身身乎みみこの耳にも入っていると仮定して。


 ……いみなは、どうだろう」


かんざしさんが知らせてくれるようです」


玄翁くろおたち三人にも、いち早く伝えないといけない」


楼塔ろうとうの三女さんがさしに飛んでいくとかで、心配ありません」


 軽快に答えていく鯨歯げいはに、十我とがは「さすが」と言うしかなかった。


 また、鯨歯げいはは付け加える。


「それとですね、筆頭はえつさんに対して。


 直接、御天みあめさまのこと言ってないと思いますよ。


 まあえつさんも、すでにお姉さん経由で今回の件を聞いているでしょうが」


「……へえ」


 十我とがはここで、少し意外そうにしたが。


 すぐに気を落ち着け。


 まだ確認していないことについて鯨歯げいはに質問をおこなう。


「ところで阿国あぐに桃西社ももにしゃか」


 阿国あぐにとは、鯨歯げいはの妹である。


 鯨歯げいはとその姉の睡眠すいみんは普段、めどぎと共に赤泉院せきせんいんの屋敷で暮らしているのだが。


 彼女たちの妹の阿国あぐにに関しては。


 ずっと桃西社ももにしゃの地に。


 


 ともかく。


 鯨歯げいはは答える。


「そろそろ会いにいきます」


「……つまり今回の件をまだ知らないのは」


 十我とがはあくびを交えつつ、話をしめくくる。


阿国あぐにと。


 うちの筆頭だけだな」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る