意味とかたちがあるならば




宍中ししなか十我とが赤泉院せきせんいんめどぎ④―



 思われる者たる蠱女こじょのなかでも、とくに強大な存在である宍中ししなか御天みあめ


 彼女が終わり始めたことを知った、筆頭巫女ひっとうふじょ赤泉院せきせんいんめどぎは。


 自分たち巫蠱ふこ全体の終焉をも察知し。


 その現状について情報共有を図るべく。


 付き人の桃西社ももにしゃ鯨歯げいはを連れ、仲間たちのいる各地を訪ねていた。


 現在は居場所が分からない、筆頭蠱女ひっとうこじょ楼塔ろうとうすべらを探しながら……。


 もちろん。


 情報共有だけでなく、今後どう動くべきかも考えなければならない。


 手始めにめどぎは。


 妹の岐美きみに、ことづけて。


 巫女ふじょ刃域じんいき宙宇ちゅううに、その布石としての手紙を送っている。


 そして。


 いまめどぎ宍中ししなかの地において。


 御天みあめの妹のひとりの。


 宍中ししなか十我とがの家に入ろうとしていた。


 そのとき。


 十我とがの姉にして御天みあめの妹でもある宍中ししなかくるうが。


 こんなことを口走った。


(わたしたちって、滅びるの?)


 めどぎは、それへの返答として。


(うん滅びるよ)


 と迷わず言った。


 ここで。


 そのやりとりを聞いていた宍中ししなか十我とがが。


 大声をあげた。


めどぎ!」


 自分の名前を呼ばれた当人は。


 家にあがろうとしていた、その足をとめた。


 彼女のそばについていた桃西社ももにしゃ鯨歯げいはも、合わせて静止する。


 めどぎに質問をしたくるうは。


 十我とがめどぎとのあいだで、自分が遮蔽物になっていることに気付き。


 ふたりの視界を確保すべく、その身を鯨歯げいはのほうへと寄せた。


 当の十我とがは家の部屋のなかから。


 玄関口のめどぎに向かって、叫んだわけだ。


 そのとき十我とがの近くで、なにかがずれる音がした。


 十我とがのそばには布団が敷かれ。


 そこに蠱女こじょ之墓のはかむろつみが眠っていたのだが。


 彼女が、寝返りを。


 うったのだ。


 むろつみは愛用の画板にしがみつき、寝息を漏らしている。


 十我とがはその呼吸を聞き。


 声を抑える。


「……めどぎ宙宇ちゅううに、外出を要請する手紙を託したんだろ。


 なにを頼んだ。


 宙宇ちゅううにいかせたのは、それを。


 わたしたちの終わりを、回避するためじゃないのか」


「ある意味ではそうだな」


 めどぎは息を整えながら、言葉を選ぶ。


「あいつに頼んだのは、ふたつ。


 御天みあめの仕事が終わったあとに、世界平和が実現したか確かめることと。


 その際、同封した手紙を世界一えらいやつに渡すこと。


 そしてわたしは宙宇ちゅううに追加の手紙を渡したいとも思っている。


 同封した手紙には、そとのやつらと会談するむねも書いてあってな。


 でも会談場所については言及していなかったから……。


『その場所に楼塔ろうとうの道場を指定する』という書面を添付したいんだ」


 ここでめどぎはよろめき、両手をひざの上に載せる。


 だがその視線は、相手に向けられたままだった。


十我とが……少なくとも、わたしたちは。


 これまでの巫蠱ふこのままでは、いられない。


 そとのやつらと正面から向き合う場面が、遅かれ早かれやってくる。


 そういう意味では、わたしたちは確実にひとつの終焉を迎える。


 だからやるべきは、その終わりを無理に回避しようとすることじゃない。


 その終わりに、どんなかたちを与え。


 どんな意味を持たせるか。


 ……その答えをわたしたち自身の手で、つかむことだと思う」


 めどぎはここまで口にして、下を向いた。


 体勢を崩している彼女を見て、十我とがの心はわずかに動いた。


(体力なんてないくせに……筆頭巫女ひっとうふじょのくせに。


 鯨歯げいはにも頼らず自分の足だけでずっと歩いてきたんだな)


 十我とがめどぎに近づいて、その上体をささえる。


「わたしは『滅びる』と決め付けるその言い方に納得していない。


 でもそれが、いい加減な思いから出た言葉じゃないとも……分かったよ」


 それからめどぎをゆっくり家にあがらせる十我とがであった。


 直後、小さな声で付け加える。


「さっきは急に大声を出してしまって、すまなかった」




宍中ししなかくるう桃西社ももにしゃ鯨歯げいは①―



くるうさん」


 十我とがめどぎの話がいったん終息したあとで、鯨歯げいはくるうを見下ろした。


 一方のくるうは、長身の鯨歯げいはを見上げる。


「なあに、鯨歯げいは


「さきほど『わたしたちって、滅びるの?』と言ってましたが。


 その『わたしたち』って、くるうさんや御天みあめさまといった蠱女こじょのことですか。


 楼塔ろうとうの三女さんも『思われなくなる』と怖がってましたので。


 どうも気になって、こんなこと聞くんですけど」


 確かに楼塔ろうとうの地を訪れたとき、その屋敷で。


 その地を守る姉妹の三女……流杯りゅうぱいのおびえる姿を鯨歯げいはは見ていた。


 くるう鯨歯げいはの頭頂部の少し上の空間に焦点を合わせ、答える。


流杯りゅうぱいらしいね。


 でも鯨歯げいは、ひとごとみたいに言ってるけど」


 この瞬間、くるうは。


 つま先立ちになって、顔を鯨歯げいはに近づけた。


「全滅するのは……巫女ふじょもだよ」




宍中ししなか十我とが桃西社ももにしゃ鯨歯げいは①―



 くるうのその発言を。


 めどぎを家の布団に寝かせながら、十我とがが聞いていた。


 なにか言おうとした十我とがだったが。


 彼女は、それを押しとどめ。


 鯨歯げいはに、早く家にあがるよう声をかける。


 その後、鯨歯げいはが家のゆかを踏むと同時に。


 くるうが玄関の戸を閉めた。


 鯨歯げいはは。


 横になっているめどぎへと近寄り。


 十我とがに頭を下げる。


「すみません、歩きも慣れてきたと思ったんですけど」


 対して十我とがは首を横に振る。


「……いいんだ。


 宙宇ちゅううへの手紙を持ってきたあと、岐美きみちゃんが話してくれた。


 三日前から歩いてたんだろ」




宍中ししなか十我とが桃西社ももにしゃ鯨歯げいは②―



「おとといは楼塔ろうとうの湯につかって、のんびりしてましたけどね。


 ところで、うちの次女さんは帰ったんですか」


 鯨歯げいはは、小声である。


 すでに眠っためどぎたちを起こさないようにしているようだ。


 かたや十我とがも、ささやきに近い調子で受け答えする。


岐美きみちゃんなら、きのうに。


 あしためどぎが来るんじゃないかって言い残して」


「道理で、きょう都合よく十我とがさんと鉢合わせたわけです。


 そのとき十我とがさんは後巫雨陣ごふうじんに向かう途中だったようですが……。


 だからといって。


 わたしたちが後巫雨陣ごふうじんを出たときと、ちょうど時間が合うのは。


 できすぎた偶然でしたからね、気になってたんですよ。


 あわよくば十我とがさん、最初から筆頭と鉢合わせるつもりでしたね。


 それと。


 くずゆかの不在も、うちの次女さんの予想によってですか」


 鯨歯げいはの言う「くずゆか」とは、宙宇ちゅううの妹のひとり刃域じんいき葛湯香くずゆかのことである。


 本来なら現在、彼女は宍中ししなかにいるはずだったが……。


 どうやら、いまは十我とがの家から姿を消しているようだ。


 彼女は、ある理由からめどぎと会わないようにしている。


「筆頭が来るかもって、うちの次女さんが言ったから。


 確証がないとはいえ、くずゆかは筆頭と顔を合わせないように十我とがさんの家を出ていったんでしょう」


「そうですよ」


 ここで鯨歯げいはに反応したのは。


 十我とがではなく。


 その家のゆかに座りながら、ここまで巫蠱ふこたちの様子をずっと観察していた者だった。


 名は、刃域じんいき服穂ぶくほ


 葛湯香くずゆかの姉であり。


 宙宇ちゅううの妹である巫女ふじょだ。




桃西社ももにしゃ鯨歯げいは刃域じんいき服穂ぶくほ①―



 さて。


 もう夜だ。


 めどぎたちが十我とがの家に着いたときは夕暮れですらなかったはずだが。


 気付けば昼は終わり。


 家の窓から、そとを覗いても。


 入ってくるのは闇ばかりである。


 寝息を立てているのは三人。


 めどぎむろつみ……そして、いつの間に眠ったのかくるうも、それに加わっている。


 起きているのも三人。


 十我とが鯨歯げいは……そして服穂ぶくほ


 最低限のあかりをともし。


 ひざを突き合わせ、静かに話す。


 まず鯨歯げいはが切り出す。


「筆頭は、ちゅーうに追加の手紙を渡したいようですが、どうします」


「いま姉さんは、そとですからね。


 居場所を探るのは、なかなか難しいでしょう。


 ですので。


 わたくし刃域じんいき服穂ぶくほが届けましょう。


 しかしその前に現状を正確に把握したいと思います。


 今宵を使って……」



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