お姉ちゃん/わたしたちって、滅びるの?




巫女ふじょ蠱女こじょ⑥―



 その日の午後……場所は巫蠱ふこの守る地のひとつ、宍中ししなか


 あたり一面に広がる草を蹴りながら。


 彼女たちは、その地の唯一の建物である、宍中ししなか十我とがの家を目指していた。


 太陽は西に移り始めているが。


 まだ空に、赤色は混じっていない。


 草を蹴るたび虫たちが、逃げるように。


 はねる。


 筆頭巫女ひっとうふじょ赤泉院せきせんいんめどぎは。


 宍中ししなかの三女である十我とがの家に向かう途上において。


 十我とが本人と合流し、彼女と共にその家に向かっているところだった。


 疲れているのか、ずっと下を向いて進んでいるめどぎ


 そのそばに桃西社ももにしゃ鯨歯げいはがぴたりとくっつき。


 めどぎと歩調を合わせていた。


 一方、十我とがは。


 小さな人影を背負っている。


 その人影はまぶたを下ろし、わずかな息を漏らしながら眠っていた。


 あどけない寝顔を見せる彼女……之墓のはかむろつみは。


 自分の体に手持ちの画板をくくりつけ。


 十我とがの背中で揺れていた。


 つまり。


 いま十我とがむろつみをおんぶして。


 自分の家へと帰っている。


 その十我とがの後ろに。


 めどぎ鯨歯げいはが続いているかたちだ。


 ところで、なぜ。


 彼女たちのなかで、とくに十我とがむろつみをおぶっているのか。


 確かに十我とがむろつみは同じ「思われる者」……蠱女こじょであり。


 めどぎ鯨歯げいはのような「思う者」……巫女ふじょではない。


 だが、その区別はここにおいて関係ない。


 そもそも彼女たちは巫女ふじょ蠱女こじょ以前に、自分たちを巫蠱ふことまとめて呼び。


 仲間意識を十二分に共有していた。


 だから理由はもっと単純なこと。


 人並み以下の体力しかないめどぎでは、体重の軽いむろつみですら運べなかっただけであり。


 また、鯨歯げいはに関しては体力はあるが。


 彼女の背はとても高く。


 小さな体格のむろつみを安全に背中に乗せることができなかった。


 それだけの話なのだ。


 だから。


 むろつみを背中に乗せられるのは。


 この場では、十我とがしかいなかったのである。


 なお「だっこ」はむろつみが嫌がるので、やらない。


 十我とがが前に歩を進めるたび、むろつみの体が揺れる。


 両手でむろつみのふたつの太ももをささえる十我とが


 むろつみ十我とがの右肩にあごを載せ、両手を垂らす。


 垂れた腕がわずかに振られ、その頭部が軽く前後し。


 まるで心地よく舟を漕ぐように。


 むろつみの寝息と連動する。


 十我とがは、緩めの前傾姿勢を保ちつつ。


 速すぎないよう、遅すぎないよう、酔わせないよう。


 進んでいた。


 そのとき、むろつみの寝息に。


 寝言のような音が混じった。


「お姉ちゃん……」




蠱女こじょたち②―



 むろつみは。


 自分と同じ巫蠱ふこのほとんどに対し。


 名前の下に「お姉ちゃん」を付けて呼ぶ。


 たとえば「めどぎお姉ちゃん」「鯨歯げいはお姉ちゃん」「お姉ちゃん」といったふうに。


 しかし。


 之墓のはかむろつみが単に「お姉ちゃん」と言うとき。


 すなわち「お姉ちゃん」の上に、なんの名前も添えなかった場合。


 それはむろつみの実の姉のひとり……之墓のはかかんざしを指している。


 よって十我とがが聞いた、むろつみの寝言の「お姉ちゃん」は。


 十我とがではなく、むろつみの姉のかんざしに向けて発せられたものと思われる。


 おそらくむろつみは心地よく十我とがの背中で揺られながら。


 かんざしを夢にでも見たのであろう。


 ところでむろつみにはかんざし以外に、之墓のはかいみなという姉もいるが……。


 いみなのほうをむろつみがどう呼ぶかは、定かでない。


 だが少なくとも。


 むろつみはふたりの実姉を


 これ以上なく好いていた。


 彼女は手持ちの画板の上に紙を載せ、絵をかくのが好きだが。


 その趣味のような行動は、ふたりの姉を意識してのものでもあった。


 現在、彼女の寝息を右の耳元で聞いている十我とがも。


 むろつみの姉妹愛を感じ取り、顔を少しほころばせるのだった。


 とはいえ。


 十我とがは、むろつみの気持ちをそっくり理解しているわけではない。


(わたしには、姉というものがよく分からない)


 十我とがは、宍中ししなかの三女として生まれた。


 長女の御天みあめと次女のくるうを姉に持つ。


 だが十我とがにとって御天みあめくるうも。


 姉という感じがしない。


 妹としか、思われないのだ。


 そもそも宍中ししなかにある一軒の家……その所有主が三女の十我とがであるのは、なぜか。


 これは宍中ししなか蠱女こじょの。


 生まれ方に起因する話である。


(改めて、わたしはなぜ生まれたのかと思われるな)


 しかし十我とがは深刻に考えるのを、ここまでにとどめた。


 草から飛び出す虫たちが相変わらず人にみえて、こちらの心を乱してくる……。


 という理由もあったが。


 深刻になれば、それに気をとられるあまり。


 背中のむろつみを激しく揺らしてしまうかもしれない。


 ……なんにせよ。


 草が生えているだけの平坦な地、宍中ししなかを歩くのは大した困難でもなく。


 空に赤が溶ける前に。


 十我とがの家が、みえてきた。




宍中ししなかくるう刃域じんいき服穂ぶくほ①―



 ゆっくりと振り返り、十我とがは後ろのふたりを視界に入れる。


めどぎ鯨歯げいは


 ここまで、おつかれ」


 声は控えめだった。


 それに対してめどぎは顔を上げる。


「ああ、ここまで……ありがと。


 おまえ本当は……後巫雨陣ごふうじんにいこうとしてたところで、わたしたちと鉢合わせたんだろ……。


 それなのにわざわざ付き合ってくれて……どうも」


 このめどぎの言葉に鯨歯げいはも反応を示す。


「え、そうだったんですか。


 わたしも十我とがさんに感謝しますね」


 めどぎ鯨歯げいは十我とがと同様、声を抑えていた。


 十我とがの背中で寝ているむろつみへの配慮のためだろう。


「いや……めどぎ筆頭巫女ひっとうふじょとして動いてくれているようだし。


 鯨歯げいはもそれを手伝っているようで……わたしは安心しているよ」


 そして十我とがは自分の家に向き直る。


 いよいよ。


 十我とがの家。


 それは取り立てて描写する必要もない、ただの。


 木造のあばら屋。


 そんな十我とがの家で待っていたのは、ふたりの巫蠱ふこだった。


 ひとりは、宍中ししなかくるうという蠱女こじょ


 御天みあめを姉に、十我とがを妹に持つ、宍中ししなかの次女である。


 そしてもうひとりは、刃域じんいき服穂ぶくほという巫女ふじょ


 刃域じんいき巫女ふじょは、彼女たち自身が守っているはずの刃域じんいきに住んでいない。


 めどぎが手紙を書いていた刃域じんいき宙宇ちゅううもそうなのだが。


 巫蠱ふこの守るほかの七つの土地をめぐりながら暮らしているのが、刃域じんいきの姉妹なのだ。


 いまはちょうど、宍中ししなかに居候する時期ということで。


 刃域じんいき服穂ぶくほ十我とがの家にいた。


 ところで。


 服穂ぶくほの姉の宙宇ちゅううに関しては、姿がない。


 十我とがが言っていたとおり、すでに外出しているようだ。


 そして服穂ぶくほにも妹がいる。


 名は、刃域じんいき葛湯香くずゆか


 だが葛湯香くずゆかも、ここにいないらしい。


 彼女はある思いから、筆頭巫女ひっとうふじょめどぎと顔を合わせたがらないのである。




宍中ししなかくるう十我とが①―



 ともあれ。


 十我とがは家の入り口までめどぎ鯨歯げいはを連れていく。


 その入り口の戸をあけた彼女は。


 ただいまと言って。


 家に入る。


 すると、そのなかにあったふたつの人影が。


 おかえりと返した。


 ちなみに十我とがの家は。


 玄関をとおれば、そのなかでもっとも広い部屋に出る間取りである。


 そして十我とがは、落ち着いた寝息を立てながら眠っているむろつみを。


 自分の背中から、その部屋のゆかに。


 そっと下ろした。


 その際。


 むろつみの体にくくりつけてある画板を外そうとした十我とがであったが。


 眠りながらもそれをしっかりつかもうとするむろつみの姿が目に映ったので。


 画板をくくりつけるのに使用されている、ひもを緩めるにとどめた。


 その後、家のなかにあった人影の片方……十我とがの姉のひとりであるくるうが動き。


 布団を出して、むろつみをそこに寝かせた。


 十我とがくるうに礼を述べ。


 あけたままにしておいた入り口の戸のほうを振り返る。


めどぎ鯨歯げいはも、あがって」


 だが家に入ろうとしためどぎに対して。


 くるうが言う。


「わたしたちって、滅びるの?」


 対してめどぎは即座に、無感情に答えた。


「うん滅びるよ」



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