きょうも誰かが横になる/引き継ぎ
―
……そろそろ
たそがれにつつまれてきたようだ。
その最奥にて噴き上がる水の柱に。
夕焼けの色が溶けだした。
そして。
(ここには久しく来ていなかったが、少なくともきょうの水の噴き上げ方には違和感があるな)
地面に敷き詰められた小石の上に座った状態で顔を上げ、上空付近に目を移す。
(噴水はあそこで八方に分かれる。
つまり正確に捉えれば、水は垂直方向ではなく扇みたいに広がりながら噴出している。
そこは、いいんだが)
次は噴水と地面の境に視線を落とす。
そこでは小石が、噴き上げる水の動きに合わせて震えていた。
(この水の柱のなかは、ほぼ空洞になっている。
でないと
しかし「外壁」だけを観察しても天上まで届くほどの勢い。
とすれば、その空洞のなかに水の噴出口が全くないとは考えにくい。
なかで息ができる程度に、空洞内でも水が噴き上げているということだ。
その噴出口も「外壁」のそれと同様、扇状に広がっていると仮定すると。
水の柱に
地面近くの水の壁……そのかたちをわずかでも歪曲させるのが自然。
確かに噴水は天上まで届くのみならず、向こう側を視認できないほどの壁を作っている。
とはいえ華奢な
しかしその付近を見ても、小石が震えているばかりで「外壁」の変化は確認できない。
柱のなかの直径は人ひとりが余裕で収まるくらいだから……。
だがさきほど
やせすぎの印象は受けなかった。
工夫や訓練次第でどうにかなるということか。
それにしても……なぜわたしはここに違和感を挿入した。
違和感を思う理由のひとつは、以前との変化を感じ取ったから。
つまり前にここに来て水の柱を見たとき、わずかでもその外壁は歪曲していたんだろう。
……たとえば「なか」の「なにか」が「なくなった」とか?
そういや
立っているのか、座っているのか。
だが噴水の根元の壁の無変化を見るに……立っているな、いま。
そして以前は、座っていたんじゃ……ああ、分かってきた。
ここまで思考を整理し、
小石の上に転がった。
無駄な長考をしたのでもない。
彼女の当面の目標のひとつは、
その目標を達成するのに、今回の推理がのちのち役立つことになる。
ともあれ
別の話題を、隣にいる自分の付き人……
「
あいつに道案内の礼を伝えられなかったことが歯がゆいな」
「優しい愚痴ですね」
「
筆頭って不真面目なようで、そこらへんをちゃんとしてる印象があります。
でも気にしすぎも、よくないですよ。
感謝は伝えられたら嬉しいです。
でも伝えられなくても逆恨みするようなことではない……そうでしょう?」
そして
「ところで
この質問に対して
(鋭いな)
と思った。
(さっきまで、わたしはその手がかりについて考えていたんだが……。
なんとなく
まあ確証がない以上、まだ言うことでもないな)
もちろん
そのまま言葉を続ける。
「もし、この
植物が多いですし、湿り気が方向感覚を狂わせてきますし」
「……
自分を追い込むのが
わたしですら居心地がいいと思う、この地に長居はしないだろう」
「では
「……自分を追い詰めることができる場所だろうな。
しかし、あいつが消えるの今回が初めてじゃないし。
いままでも、どこいってたんだろ」
―
じきに夕焼けも終わり。
あたりは薄暗くなってきた。
噴水の柱に映る像も見づらくなったためか。
そこから目を離し、
ようやく
直接、顔を向けた。
「一泊するつもり?」
地面に転がる
正座する
夜が明けるまで、ここに居座る構えのようだ。
水の柱のそばに直立する
目礼らしき仕草を返す。
「悪いね」
「構わない」
「ときに
ワタシも彼女はここにいないと思う」
どうやら
「行き先を聞いても答えてくれたことはない」
「ふーん」
「行き先というか消え先か」
「
「じゃあ、あいつ地上のどこからも消えてたりして。
なんにせよ、これを最後にしてほしいよな……」
しかし。
……そして薄暗さも終わり。
真っ暗に変わる。
だが彼女たちは建物などの屋内にいるのではなく。
小石だらけの地面の上に。
じかに寝ている。
冷気はあるが。
そんなに寒くもなく、また暑いこともなく。
むしろ快適。
天上は遠巻きの植物たちに切り取られ。
中心には水柱が立つ。
はるか頭上で分裂する水たちが。
点在する星々を背景に。
月の光を吸っている。
―
……そして。
朝になる。
今度は夜明けの太陽を受け、水の柱がきらめいた。
目をあけた。
だが、別のものにも気付いた。
彼女のほおを。
ぐりぐりする手があったのだ。
どうも左右のほおに何者かが。
中指と人差し指の先を押し当てているようだ。
両手の指によるものだから、計四本のそれが
指の持ち主の正体を見る。
そこにあったのは。
水の柱が立つ、ここ最奥の。
周辺に好んで潜むのが、彼女。
きのうは顔を見せなかったものの、きょうは出て来た。
ほおから四本の指を離す。
代わりに。
利き手の中指と人差し指のあいだに。
とある葉っぱをはさむ、
―
そのうちのひとつから、もいだ葉っぱだ。
それを
食べる。
……これを口に含むと。
存外の弾力に驚かされるだろう。
葉っぱは分厚く、歯を当てた瞬間に。
樹液のような水が口内を満たす。
甘さと。
からさが。
七と三。
葉脈をかみちぎれば。
すっぱさが、はじけとぶ。
―
葉っぱをかみつつ、
転がって眠っている
さきほど
なお。
すでに起き。
水の柱を見つめ、立っていた。
そのそばに。
小さな影が、あった。
「おはようございます、
お姉さんから聞いています。
道案内を引き継いでくれるということで……。
うちの筆頭ともども、よろしくお願いします」
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