きょうも誰かが横になる/引き継ぎ




赤泉院せきせんいんめどぎ桃西社ももにしゃ鯨歯げいは⑦―



 離為火りいかが姿を隠したあと。


 ……そろそろ後巫雨陣ごふうじんの地も。


 たそがれにつつまれてきたようだ。


 その最奥にて噴き上がる水の柱に。


 夕焼けの色が溶けだした。


 そして。


 筆頭巫女ひっとうふじょ赤泉院せきせんいんめどぎは、その噴出し続ける水柱をじっと見ていた。


(ここには久しく来ていなかったが、少なくともきょうの水の噴き上げ方には違和感があるな)


 地面に敷き詰められた小石の上に座った状態で顔を上げ、上空付近に目を移す。


(噴水はあそこで八方に分かれる。


 つまり正確に捉えれば、水は垂直方向ではなく扇みたいに広がりながら噴出している。


 そこは、いいんだが)


 次は噴水と地面の境に視線を落とす。


 そこでは小石が、噴き上げる水の動きに合わせて震えていた。


(この水の柱のなかは、ほぼ空洞になっている。


 でないと離為火りいかも、ずっとなかで生きられない。


 しかし「外壁」だけを観察しても天上まで届くほどの勢い。


 とすれば、その空洞のなかに水の噴出口が全くないとは考えにくい。


 なかで息ができる程度に、空洞内でも水が噴き上げているということだ。


 その噴出口も「外壁」のそれと同様、扇状に広がっていると仮定すると。


 水の柱に離為火りいかが入った場合、体に当たった水が外縁へと方向を変え。


 地面近くの水の壁……そのかたちをわずかでも歪曲させるのが自然。


 確かに噴水は天上まで届くのみならず、向こう側を視認できないほどの壁を作っている。


 とはいえ華奢な離為火りいかが自由に移動できる程度の勢いでもある。


 離為火りいかがなかにいる状態で壁のかたちが変わらないのは、おかしい。


 しかしその付近を見ても、小石が震えているばかりで「外壁」の変化は確認できない。


 柱のなかの直径は人ひとりが余裕で収まるくらいだから……。


 離為火りいかが以前よりも細くなっていたとすれば……体に当たる水の量が減り、なかの水の方向をほとんど変化させないで済み……「外壁」の変化を抑えることは可能か。


 だがさきほど離為火りいかを見たとき、相変わらず華奢とは思ったけど。


 やせすぎの印象は受けなかった。


 工夫や訓練次第でどうにかなるということか。


 それにしても……なぜわたしはここに違和感を挿入した。


 違和感を思う理由のひとつは、以前との変化を感じ取ったから。


 つまり前にここに来て水の柱を見たとき、わずかでもその外壁は歪曲していたんだろう。


 離為火りいかがそれをどうにかしたいと思っただけかもしれないが、そのきっかけはなんだ。


 ……たとえば「なか」の「なにか」が「なくなった」とか?


 そういや離為火りいかは水の柱のなかで。


 立っているのか、座っているのか。


 離為火りいかの体形なら座ることもできる太さではある。


 だが噴水の根元の壁の無変化を見るに……立っているな、いま。


 そして以前は、座っていたんじゃ……ああ、分かってきた。


 離為火りいかは「椅子」をなくしている)


 ここまで思考を整理し、めどぎはその場でひざをかかえ。


 小石の上に転がった。


 無駄な長考をしたのでもない。


 彼女の当面の目標のひとつは、筆頭蠱女ひっとうこじょ楼塔ろうとうすべらを見つけることだが。


 その目標を達成するのに、今回の推理がのちのち役立つことになる。


 ともあれめどぎは。


 別の話題を、隣にいる自分の付き人……桃西社ももにしゃ鯨歯げいはに投げるのだった。


離為火りいかによるとかんざしは帰ったっぽいけど。


 あいつに道案内の礼を伝えられなかったことが歯がゆいな」


「優しい愚痴ですね」


 鯨歯げいはは地面の上に正座しながら、まばたきを連続させる。


楼塔ろうとうの次女さんに感謝しそびれたことも気にしてましたし。


 筆頭って不真面目なようで、そこらへんをちゃんとしてる印象があります。


 でも気にしすぎも、よくないですよ。


 感謝は伝えられたら嬉しいです。


 でも伝えられなくても逆恨みするようなことではない……そうでしょう?」


 そして鯨歯げいはは、転がっているめどぎの背中に片手を載せる。


「ところですべらさんって、どこにいると思います」


 この質問に対してめどぎは。


(鋭いな)


 と思った。


(さっきまで、わたしはその手がかりについて考えていたんだが……。


 なんとなく鯨歯げいはも、それに関して思いを馳せたか。


 まあ確証がない以上、まだ言うことでもないな)


 もちろん鯨歯げいはも、そんなめどぎの心のうちは読み取れないから。


 そのまま言葉を続ける。


「もし、この後巫雨陣ごふうじんにいるのなら探すの不可能ですよ。


 植物が多いですし、湿り気が方向感覚を狂わせてきますし」


「……後巫雨陣ごふうじんにいる可能性は低いと思う。


 自分を追い込むのがすべらの趣味だからな。


 わたしですら居心地がいいと思う、この地に長居はしないだろう」


「ではすべらさんにとって居心地がいい場所ってどこでしょうね」


「……自分を追い詰めることができる場所だろうな。


 しかし、あいつが消えるの今回が初めてじゃないし。


 いままでも、どこいってたんだろ」




赤泉院せきせんいんめどぎ後巫雨陣ごふうじん一媛いちひめ②―



 じきに夕焼けも終わり。


 あたりは薄暗くなってきた。


 噴水の柱に映る像も見づらくなったためか。


 そこから目を離し、後巫雨陣ごふうじん一媛いちひめが。


 ようやくめどぎたちのほうに。


 直接、顔を向けた。


「一泊するつもり?」


 地面に転がるめどぎと。


 正座する鯨歯げいはは。


 夜が明けるまで、ここに居座る構えのようだ。


 めどぎはそのまま転がり。


 水の柱のそばに直立する一媛いちひめに。


 目礼らしき仕草を返す。


「悪いね」


「構わない」


 一媛いちひめは、今夜の一泊を了承する意を伝え。


 めどぎのそばに、しゃがみこむ。


「ときにすべらについて。


 ワタシも彼女はここにいないと思う」


 どうやら一媛いちひめも、さきほどの会話……すなわちすべらの居場所に関する話題をしっかり聞いていたらしい。


「行き先を聞いても答えてくれたことはない」


「ふーん」


 めどぎは、やはり転がったままに応じる。


「行き先というか消え先か」


刃域じんいきにすらいないのかも」


「じゃあ、あいつ地上のどこからも消えてたりして。


 なんにせよ、これを最後にしてほしいよな……」


 しかし。


 めどぎはここで、眠ってしまう。


 ……そして薄暗さも終わり。


 真っ暗に変わる。


 一媛いちひめ鯨歯げいはも横になって、就寝。


 だが彼女たちは建物などの屋内にいるのではなく。


 小石だらけの地面の上に。


 じかに寝ている。


 冷気はあるが。


 そんなに寒くもなく、また暑いこともなく。


 むしろ快適。


 天上は遠巻きの植物たちに切り取られ。


 中心には水柱が立つ。


 はるか頭上で分裂する水たちが。


 点在する星々を背景に。


 月の光を吸っている。




桃西社ももにしゃ鯨歯げいは後巫雨陣ごふうじんえつ①―



 ……そして。


 朝になる。


 今度は夜明けの太陽を受け、水の柱がきらめいた。


 鯨歯げいはは、それにまぶたを刺激され。


 目をあけた。


 だが、別のものにも気付いた。


 彼女のほおを。


 ぐりぐりする手があったのだ。


 どうも左右のほおに何者かが。


 中指と人差し指の先を押し当てているようだ。


 両手の指によるものだから、計四本のそれが鯨歯げいはのほおをぐりぐりしてくる。


 鯨歯げいはは指から手首、手首からひじ……と視線を移動させ。


 指の持ち主の正体を見る。


 そこにあったのは。


 後巫雨陣ごふうじんの三女、えつの顔だった。


 巫女ふじょにして「みこ」……そして一媛いちひめ離為火りいかの妹の。


 えつ


 水の柱が立つ、ここ最奥の。


 周辺に好んで潜むのが、彼女。


 きのうは顔を見せなかったものの、きょうは出て来た。 


 鯨歯げいはが起きたのを確認してからえつは。


 ほおから四本の指を離す。


 代わりに。


 利き手の中指と人差し指のあいだに。


 とある葉っぱをはさむ、えつであった。




後巫雨陣ごふうじん⑤―



 後巫雨陣ごふうじんの地では、さまざまな植物が生い茂っている。


 えつが持ってきたのは。


 そのうちのひとつから、もいだ葉っぱだ。


 それを鯨歯げいはの口にやるえつ


 鯨歯げいははなんの抵抗もせず。


 食べる。


 ……これを口に含むと。


 存外の弾力に驚かされるだろう。


 葉っぱは分厚く、歯を当てた瞬間に。


 樹液のような水が口内を満たす。


 甘さと。


 からさが。


 七と三。


 葉脈をかみちぎれば。


 すっぱさが、はじけとぶ。




巫女ふじょ蠱女こじょ⑤―



 葉っぱをかみつつ、鯨歯げいはが礼をもごもご述べる。


 えつはそれにうなずいたあと。


 転がって眠っているめどぎの横に移動し。


 さきほど鯨歯げいはに対して、していたように。


 めどぎのほおも、ぐりぐりする。


 なお。


 めどぎたちの一泊を許した当人の一媛いちひめは。


 すでに起き。


 水の柱を見つめ、立っていた。


 そのそばに。


 小さな影が、あった。


 鯨歯げいはは咀嚼した葉っぱを飲み込み、あいさつする。


「おはようございます、むろつみさん。


 お姉さんから聞いています。


 道案内を引き継いでくれるということで……。


 うちの筆頭ともども、よろしくお願いします」



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