水に囲まれ生きる人
―
「……じゃ、わたし帰るね」
道案内の役目を果たした以上、ここにとどまる理由もない。
確かに
大量の植物や湿った空気が方向感覚を狂わせてくる、迷いやすい土地。
とはいえ。
あしたは
よって
「姉さんには、うまく言うつもり」
姉さん……すなわち実の姉の
ひいては。
自分たち
いま
「それと
げーちゃん」
ここ。
背を向ける。
「あした、むろつみがここに来るから道案内してもらって」
そう言って去りかける
しかし彼女を。
水の柱の流動する表面に揺らめく、
鏡のように周囲を反射する、それには。
さらには地面の小石などに加え。
別の顔もあった。
その部分の流水に
自身の両手を。
その手首が隠れるまで。
刺していた。
下から噴き上げる水が彼女の腕にてふたつに分かれ。
流水は、そこを迂回したあとで即座に合流し。
再び上昇を見せる。
その流れが、ぴくりぴくりぴくりと震えた。
それは
水の柱の内側……向こう側で彼女の手をつかんでいる者の。
言葉だった。
「待って」
水の柱に映り込む
薄く重なる影が出来た。
「
―
振り返りはしなかった。
ともあれ
水の柱に刺していた両手を。
引き抜く。
最初に手をつっこんだとき彼女は、なにも持っていなかったはずだが。
今度は。
なにかを手に引っかけている。
濡れた彼女の二本の指に。
別の人間の指が引っかかっていた。
その人間の。
手首、ひじ、肩が順に現れ。
流水の壁から引き抜かれ。
最後に足が。
噴水を抜けた先の、地面の小石の上におりる。
水の柱のなかに潜んでいた彼女。
なのに華奢。
彼女こそが
姉の
自分の人差し指と薬指をからませている。
それをふわりと、ほどいて。
まだ振り向かない
その背中をなぞった。
指で字を書いたのだ。
それは簡単な一文だった。
「あっちで話そう」
―
そして
ふたりきりになれる場所に移動する。
三人の
噴水や、その周辺を敷き詰めていた小石や。
さわやかな冷気は消え失せて。
巨大な植物と。
べとべとした空気に囲まれた場所にふたりは立つ。
あたりを観察する。
というのも。
別に
聞かれたくないことは、
そんな
「
だって、きょう
そして
あらかじめ、聞かないようにと。
「そう……つまりお姉さんも、少なくともわたしが訪れることは聞いていたわけだ」
しかし。
思う者たる
思うことによってなにかを実現するとされる。
とすれば。
そのなかでも特別な「みこ」として
しかし
むしろ
思っていた。
つまり
なおかつ
会って話したいとも思っていた。
だから会えた。
矛盾を含むような理屈ではあっても。
ともあれ
口を近づける。
お互い、どこにも座らず、あたりの植物に寄っかかることもなく、立って向かい合ったまま。
「さびしい?」
うなずく
さきほどまで水の柱のなかにいたためか、
それがあたりの湿り気を吸い、重くなり。
一回、
「乾かしてよ」
吐き捨てるようなその言葉を聞いた
右手を近づける。
その手の人差し指と薬指を立て、
なにか、じゅっと。
音がした。
左手を添える。
「そういう意味じゃないよ。
でも、ありがとう」
―
そんな調子で
噴水の柱の近くに残った
こんな会話をしていた。
「
筆頭がそっけないの、なんで」
それが気になったらしい。
問われた
「無愛想な返答は、疲れのためでしょう。
でも話せるだけマシだとは思います」
と答えた。
「
ここ
だから疲れていて当然……なんですが、きょうは思ったより疲れていないようです。
倒れてませんし」
「ここ湿り気が多いだろ。
泉に沈んで瞑想している感があって、居心地いいんだよな」
座ったまま、説明する
事情を聞いて、
(筆頭も頑張っている。
ワタシも変に追及するのは、やめよう)
―
また時間は経過し……。
「
そう言って歩いてくる。
「なにを話したの」
と
「乾かしたの」
と
彼女は姉の
地下水が噴き出して柱のようになった場所に足を付け。
すっと、なかに入る。
その際、
「筆頭。
わたしが必要なら、いつでも言ってね」
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